1年後、9/30→10/1





夏の終わりで、秋の初めの。
9月29日、30日、10月1日の3日間はわたしにとって特別な3日間だ。
バネちゃん、私、サエちゃん、って幼馴染みで仲良しの3人組の誕生日が続く3日間だから。
空と海の両方から太陽が照りつけていつでも眩しくて、観光の人で人口がほかの季節の何倍にもなって毎日がお祭りみたいに賑やかだった夏が去って。海の家もすっかり片付けられ、花火やバーベューの名残りで散らかった海辺もいつの間にかきれいになって。衣替えにはまだ早いよねって言いながらも半袖の腕が少し寒くなったり、朝夕の海がしんと澄んできたり、空が、びっくりするほどの青さだったり。一面の白波にも似た蕎麦畑の白い花、稲刈りが終わった田んぼの淵にぎっしりと咲く真っ赤なヒガンバナや、仲良く追いかけっこするトンボ。ふわりと香るキンモクセイ。そういうものに「ああ、秋が来たんだな」って思う。だけど凍える冬にはまだ遠くて。1年で一番過ごしやすい、私の大好きな季節。

今年の『誕生日の3日間』は、今までとはちょっとちがう。

ひとつめ。去年からバネちゃんに彼女が出来た。
だからもう3人で過ごす3日間じゃない。相変わらず幼馴染みの私たちを大事にしてくれるバネちゃんだけれど、この1年で彼の中の優先順位は断然彼女さんがいちばん!になった。バネちゃんの、彼女を大事にするさまといったらもう…はたで見ていてほっぺたがゆるんでにやにやしてしまうほどの大事っぷり。すごく微笑ましい。彼女さんもバネちゃんに負けず劣らずのド天然純情少女なので、ふたりのやり取りは初々し過ぎて私とサエちゃんは毎日「我々は何を見せつけられているのか…」という気になる。純粋なバネちゃんはその可愛過ぎる恋の悩み(という名の盛大なおのろけ)をサエちゃんと私に真面目に深刻に相談してくるものだから、サエちゃんと私の表情筋はこの1年でずいぶん鍛えられた。

ふたつめ。去年からサエちゃんが私の彼氏になった。
これは私にとってはやっとだ。私はずっとサエちゃんが好きだったしサエちゃんも私を好きでいてくれてるんじゃないかなー、万一そうじゃなくても世界中でサエちゃんを一番に幸せにできるのはどう考えても私だよなー、と長年思っていた。ところがサエちゃんの方は、『(サエちゃんにとっての)世界一いい男』であるバネちゃんと私が結ばれる事こそ私にとっての幸せ、と長年思い込んでいた。つくづくバカだし面倒くさいしバカだし愛しい。その面倒くささをなんとか懐柔して無理やりモノにしたのが去年のサエちゃんの誕生日である。
今までずっと3人で迎えて来た『誕生日の3日間』は、今年からは私とサエちゃんふたりだけの『誕生日の2日間』になる。関係の名前が変わっただけ。それはすこしさびしくてすごくうれしい変化。

そしてみっつめ。今年の私の誕生日、9月30日の夜。
「数十年に一度」と言われるとんでもなく大きくて強い台風が町を直撃した。



私は健康優良児なので、午後9時には布団に入ってコトンと寝てしまう。
今日は楽しかったなあ。日曜日で、昼間友達みんなでボーリングに行って誕生日をお祝いしてもらった。バネちゃんも彼女さんもいた。もちろんサエちゃんも。みんなと別れてからサエちゃんとふたりでいいかんじのカフェでお茶して、ちょっと大人っぽいなあこういうの、なんてへらへらしてたらその帰りにはもっと大人っぽいキスをされたりして。
夕ご飯は珍しく両親と一緒でうれしかった。久し振りのお母さんのお料理は美味しかった。多忙な両親は今夜も夜勤で早々に出て行ってしまったけど、忙しいなか私の為に時間を作ってくれたんだって分かったし、サエちゃんも「よかったね」って喜んでくれた。

『おやすみ。寝る前に戸締りちゃんと確認するんだよ』
「サエちゃん、お父さんと同じこと言ってる」

笑いながら電話を切って寝たのはいつものように午後9時頃。そのときは、「雨風が少し強くなってきたかな。やっぱり台風来てるんだな」ってかんじだった。明日はサエちゃんの誕生日だから好きなものいっぱい作ってあげようなんて考えながら寝た。
──で、今、深夜1時。
こんな時間に起きてしまったのには理由がある。風が!すっごい!うるさいからだ!!!
家全体が揺れてる。ガタガタミシミシ。台風に備えて閉め切った雨戸越しでも分かる、叩きつける雨と風の強さ。外から聞こえる凄過ぎる音。風の音だけじゃなくて明らかに何かが壊れたりぶつかったりしてる音が混ざってる。これ、屋根飛んじゃうんじゃない?うちの屋根が飛ばなくてもよその家の何かが飛ばされて来てうちの壁に突き刺さったりするんじゃない?冗談じゃなくそんな恐れを抱いてしまう音だった。
さすがに怖いし、うるさくて眠れないから起きて電気を点けようとしたら点かなかった。

「え。停電…?」

うそー、って固まってしまう。
途端に足元からじわじわと恐怖が込み上げて来た。
海辺の町育ちで台風には慣れている私だけど、こんなにすごい風は初めてで。真夜中でひとりぼっちで。今うちの屋根が飛んだら?窓が割れたら?どうしたらいいんだろう?ちょっと分からない。判断できない。
怖い、と自覚してしまったらもうダメで。
どうしようどうしようって、パニックになりかけた。
どうしよう。こわいよー。
──たすけてサエちゃん。

「サエちゃあん…」

泣きそうなときに呼んでしまうのが親でもなく幼馴染みの男の子の名前って、お父さんもお母さんも笑い話みたいに言うけど、生まれたときからずっといつでも一緒にいて守ってくれたひとだからこれはもう仕方ない。私が今ここにいてほしいひとは頼れる大人の人じゃなくてサエちゃんだった。サエちゃんは学校では頼れる奴だと思われているけれど、実は意外と抜けてるし頼りなくてしょうもないところもいっぱいある、それを知ってるのはきっとバネちゃんと私くらい。
でも今、一緒にいてほしいのはサエちゃんだ。頼れなくてもいい、そばにいてくれたら。
そして手を握ってくれたらいいな。あの体温が今ここにあれば。きっと落ち着けるのに。
それは叶わないことだから、私は一生懸命彼を思い出す事で怯えて縮こまる胸を宥めようとした。こういうときパニックになるのは一番危ないことだ。
──落ち着いて。
──サエちゃんを思い出して。
たとえば。生徒会の役員として、朝礼に立つことの多いサエちゃん。この前も「もうすぐ衣替えです」とか「合唱祭の準備が」とかそんなことを喋ってた。さわやか〜な笑顔で、きれいな声ですらすらと淀みなく。サエちゃんが壇上に立つとそれまでお喋りしてた女子たちが一斉に鎮まるから先生達も苦笑する。あと、なんかいいこと喋ってた。秋と言えば枕草子にこんな一節が、とかなんとか。そういうことさらさらっと言ってうまくまとめて「それでは今日もいい一日を」なんてきらきら微笑むから女の子達がほわっとなってしまうのだ。
…だけど実はサエちゃんは、直前まで話すこと決めてなかったりする。
「あー今日朝礼だ。かんな、何かネタない?」なんて朝一緒に学校に向かいながら呑気に訊いてきたり。
「朝礼にネタとか必要なくない?」私が言うと「それもそうだけど。でも、折角なら楽しんでもらえた方がいいだろ」って笑う。だけど結局思いつかなくて「まあいいか、話しながら考えれば」なんて実際そうしちゃうのがサエちゃんのなんというかすごいというかずるいというかサエちゃんらしいところだ。
…思い出すとおかしくてちょっと笑える。
笑ったら少し落ち着いて来た。サエちゃんの効能だ。役に立つなあ、ありがとうサエちゃん。
なんて感心してたら。

ピンポーン。

相変わらずの激しい雨風の音に混じってはっきりと鳴り響くインターフォン。
夜中の1時に。怖すぎる。やめて。
せっかくサエちゃん効果で落ち着きかけた心臓がまた飛び上がった。聞き違いだと思いたい。けれど。

ピンポーン、ピンポーン。

連打。怖い、怖すぎる。
台風の真夜中に人の家のインターフォンを押す訪問者って何者だろう。しかも今私はこの家にひとりぼっちなのだ。絶対出ちゃダメと本能が言う。もしかしたら心配してくれたご近所さんとか町内会長さんとかの可能性もちょびっとはあるかもだけど(それだって夜中の1時はちょっとないと思う)、もしそうでもあとで「寝てて気付きませんでした」って言えばいい。うん、寝てるふりしよう。やり過ごそう。そう決めて布団を頭から被って。

──ガチャガチャ。

え?
鍵、開ける音で我に返った。怖いの吹きとんだ。
だってうちの鍵を持ってるのは両親と私のほかにひとりしかいない。そして両親は今、私のことを心配はしてくれているだろうけれど仕事の真っ最中だ。こんな日は特に忙しくて必死な、そういう仕事をしている。人を守る仕事を。だから今帰って来るなんてことはあり得ないし、万に一つ帰って来たとしてもインターフォンを鳴らすことはない
だったら今、鍵を開けて入って来るひとは。ドアが開く音と一緒にすごい風の音。すぐに閉められるドア。外がどれだけの嵐なのか、音と振動だけでも十分に分かってぞっとする。
こんな中、来るなんてどうかしてる!

「……おじゃまします…。──かんな?」

それは確かに今一番聞きたかった声だけど、私は同時にかんかんに怒っていた。瞬間湯沸かし器のように。さっきまでの心細い気持ちと恐怖は一瞬で吹き飛んで。
このバカなひとを怒らなきゃ!って。

「サエちゃん!」

大慌てで布団から飛び出して向かった玄関は真っ暗だった。

「かんな、危ないから走らないで!」

サエちゃんの慌てた声がする。あと気配もする。家のなかにひとりぶん、確かに増えた体温。泣きそうに安心したけど同じくらい私は怒っていた。怒ってるんだからね!

「危ないとかサエちゃんにだけは言われたくない!」
「ごめんかんなそれ後で聞くからお願いだから走るな!」

サエちゃんが珍しく声を荒げたと同時に私は玄関マットに躓いてすっ転んだ。サエちゃんの上に。
どちゃ、って間抜けな音と「ぐぇ」って声した。サエちゃん、女の子を受け止めるときに「ぐぇ」とか言うのダメだと思うよ。
でもしっかりと受け止めてくれた。細く見えるけど実は筋肉で固くて意外と太いサエちゃんの腕に抱きとめられる。頭のすぐ上でひどく安心したかんじの溜め息つかれた。頭のてっぺんに顎乗っけられてちょっと痛い。サエちゃんの顎は尖ってる。

「…走るなって言ったのに」
「……」
「どこもぶつけてないよな? 大丈夫?」
「……」
「えっと、かんな。その、俺濡れてるから離れた方が」
「……なんでいるの」
「……あー…」

サエちゃん、逡巡の気配。困ったように笑って目を泳がせてる様子が見なくても分かる。

「危ないでしょ。ダメでしょ、こういうことしちゃ」
「うん、そうだね」
「サエちゃんバカでしょ」
「うん」
「バカ」
「うん。ごめんな」

頭、ぽんぽん撫でられた。死ぬほど安心した。
来てくれてうれしい。すごくすごくうれしい。
でもそれは言えない。だってサエちゃんはとても危ないことをした。いくらご近所とはいえ、嵐の夜中にうちまで来るなんて。濡れると滑る石段や崩れかけの古い塀、家の前の坂道は側溝の水が溢れて川のようになっているはず。そんななか来てくれたことを決して喜んだりしたらダメ。怒らなきゃ、これからもこのひと同じことする。
来てくれてうれしい。ありがとう。
言えなくて、「バカ」ばかり繰り返す私に、サエちゃんは「うん」っていちいち笑う。本当にバカ。

「遅くなってごめん」

バカの極み。そういうことじゃない。

「うん。俺、最初から泊まったらよかったな」

そういうことでもない。
でももう言葉にならなくて、子どもみたいにうえーんと泣きだしてしまった私を、サエちゃんはずっと撫でていてくれた。子どもの頃そうしてくれたみたいに。

「……お風呂」

さんざん泣いてからようやく気がついた。サエちゃんは全身びっしょびしょ、絞らなくても水が出てくる雑巾みたいにかわいそうなことになっている。

「かんなも濡れちゃったし、一緒に入る?」

可笑しそうに訊いて来るサエちゃんに、今度は「バカ」って言わないでただ頷いた。
えっ、とサエちゃんの笑みが引き攣る気配。
だって今離れたくない。そっちが言い出したんだからね。

「サエちゃん」

かわいそうなボロ雑巾みたいなサエちゃんにぐりぐりと頭を押し付ける。ボロ雑巾でもサエちゃんは上等な男の子だった。
来てくれてうれしい。ありがとう。
意地でも言えない言葉の代わりに、毎年伝えてる大事な言葉を口にする。
今年は私が誰よりも一番かな。だったらうれしいな。

「サエちゃん、お誕生日おめでとう。生まれて来てくれてありがとう」
「え…」

日付が変わってサエちゃんの誕生日になってること、今気付いたらしいサエちゃんが息をのむ音がして。

「…うん、ありがとう」

笑ってくれると、あかりが灯るみたい。
サエちゃんはいつもキラキラだ。こんな暗闇の中にいても。

「かんな」

私を濡らさないように微妙に距離を取ってたサエちゃんが、ぜんぶの遠慮をなくした声で私の名を呼ぶ。
やっとか!って私は溜め息をつく。サエちゃんはいつも自制と理性の塊だから。なかなかなかなか、遠慮を手放してくれなくて困るの。
外は台風。ちょうどいい。ちょっとくらい盛り上がってオーイエスカモンとか声を上げちゃってもお隣さんに聞こえることもないだろう(ほんとにオーイエスカモンなんて言ったことないけど物の例えとして)。
台風、グッジョブ。
さっきまで本気で怖がってたくせに、サエちゃんと仲良くする為なら掌返しで歓迎しちゃう現金な私です。

「サエちゃん」

来てくれてありがとう。ほんとにありがとう。
危ないことしたらダメだよ。心配するよ。
だけどありがとう。
うれしい。うれしいよー。
言えない言葉をいっぱい飲み込んで、サエちゃんの首に腕を回す。
名前呼んだだけなのにサエちゃんは「うん」って何度も言う。全部分かってるよって。

サエちゃんの誕生日、なのに。
私は神様に感謝する。
サエちゃんを私にくれて、ありがとうございました。一生、一生大事にします!
とりあえず今日の今、これから、めちゃくちゃ愛しますね!

「…ええと、かんな、それ誰に宣言してるの」
「神様」
「えええ〜?」


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