10/1





『誕生日の3日間、3度のごちそう』
3日目(10/1)





今年の『誕生日の3日間』は3日ともきれいな晴れの日だった。
空は青く、風は爽やかで、金木犀が香る。
とっても気持ちがいいな、って思う。そういう些細な事で、私はいつも幸せになれる。

「かんならしいな」

バネちゃんが笑ってくれたからますます幸せになった。

「うん、私はいつでも幸せ。バネちゃんも幸せそうだし、うれしい」

バネちゃんは照れくさそうな顔をする。ちょっとだけ大人びたかな。15歳になったばかりのバネちゃん。4ヶ月振りの冬服姿が何だか新鮮だった。入学する時「育つから」って理由でぶかぶかの学ランを着せられていたバネちゃんだけれど、今となってはその学ランも少しきつそうだ。

「でもね、サエちゃんがあんまり幸せそうじゃない。今日はサエちゃんの誕生日なのに」
「あー…」
「だから今日言おうかなって思ってる」
「……ああ」

バネちゃんはふっと笑って、私の頭を撫でてくれた。バネちゃんの頭の撫で方は乱暴だ。髪の毛がくしゃってなる。でも私はその撫で方がすごく好きだった。世界で2番目に。
……秋山さんにはきっと、もっと優しく触れるんだろうな。

「そっか、かんなもやっと言うのか」
「うん」
「サエ、泣くかもなー! 泣いて喜ぶぜ、きっと」

バネちゃんはカラカラ笑うけど、実はサエちゃんは昨日もう泣いてるんだよ……私はこっそりと溜め息をついた。

「サエちゃん、喜ぶかどうか分かんないけど…。もしかしたら今度こそ不幸のどん底に叩き落としちゃうかもしれないけど」
「まああいつバカだからなー」
「バカっていうか……まあ変わってるよね。面倒な人だよね」

でもそんな面倒な人が、私は。

「あのさ、七夕の短冊事件、覚えてるか?」

ふいにバネちゃんが言って、私は思わず笑ってしまった。

「覚えてる。ていうか昨日サエちゃんとも話してた」
「まじか。じゃああの時サエが短冊に何て書いたかも聞いたのか?」
「……そういう事は聞いてない」

元はと言えばバネちゃんが私とサエちゃんの短冊を見ちゃった事が元凶なのに、バネちゃんはちっとも悪びれていない。こういうデリカシーのなさがバネちゃんだなあ…。バネちゃんのいいところだ、うん。

「じゃあ教えてやろうか」

面白そうに言うなあ…。私は首を振った。

「ううん、いい。ていうか当ててみようか」
「お、そう来るか」
「なんとなく分かる気がするから。あの時サエちゃんが短冊に書いたのは、『かんなとバネが両想いになれますように』…ってとこじゃない?」
「……」

バネちゃんは目を丸くして、それから明るく笑った。

「すげーな! まるっきりそのまんま!」
「やっぱり……」

あまりにも予想通りの結果だった事に、私は少しだけがっくりした。
仕方ないなあ…って気持ちが胸の奥からせり上がって来る。
本当に仕方のない人だ。サエちゃんは。
どうしようもなく、愛しいな。

「バカだよなー、あいつ」

バネちゃんの笑い声にも愛しさが滲んでいた。
私とサエちゃんがバネちゃんを大好きで、彼女が出来て少し離れて行ってしまうのがさびしいように、バネちゃんもサエちゃんと私を好きでいてくれてる。それはずっと変わらない。

「あいつバカだけど、頑張れよ、かんな」

バネちゃんがまた頭を撫でてくれた。すごく乱暴。髪の毛ぐしゃぐしゃになる。うん、絶対、秋山さんにはこんな撫で方しない。
でも勇気を貰えた。

「うん、頑張る。ありがとう、『お兄ちゃん』」
「おう、俺はかんなとサエの兄貴だからなー!」

たった1日と2日の差のくせに胸を張るバネちゃん。
さびしいくらい澄んだ青空に、私達の笑い声が溶けていった。



「こんばんは、お邪魔します」

夜、うちには今日も誰もいないのに、サエちゃんはいつも通り礼儀正しく挨拶をして入って来た。

「かんな、2時間ぶり」

放課後一緒に帰って、一旦お別れしてからきっちり2時間。そんなとこまで正確に言って笑うサエちゃんの、さらさらの髪の毛がちょっと乱れてた。

「サエちゃん、バネちゃんに会ったでしょ」
「え。何で分かったの?」
「ふふふ。なんとなく」

サエちゃんに「おめでとう」を言いながら乱暴に頭を撫でたであろうバネちゃんの姿が思い浮かんで笑えた。

「あっ、ウニ!」

テーブルに並んだ料理を見てサエちゃんが目を輝かせる。その顔が見たかった私は、ふふんと胸を張った。

「昨日がお寿司だったから今日は洋食にしてみたよ。ウニのクリームパスタだよ〜」

それから、サエちゃんの好きなタマゴ入りのポテトサラダとミネストローネ。可愛いから、トマトの上にモッツァレラチーズとバジルの葉っぱを載せたのも用意した。これは私の好みで。それと組み合わせとしては変だけどやっぱりサエちゃんの好物の卯の花炒り煮も。

「すごいな、ありがとうかんな。あっ、モンブランもある!」
「約束したもんね。さ、食べよー。私お腹空いた」
「俺も。滅茶苦茶腹空かせてきた」

二人してお腹を押さえて笑う。
向かい合ってテーブルに着いて、シャンパンとはいかないからただの炭酸水をグラスに注いで乾杯した。

「サエちゃん、お誕生日おめでとうー!」
「ありがとう。やっと同い年になった」
「1日しか違わないじゃん!」
「いや、1日の差は大きいよ。昨日だけはかんなの方がお姉さんだったから」

サエちゃん、バネちゃんにお兄ちゃんぶられたのかなって想像して私が笑うと、サエちゃんは少し眩しそうに目を細めた。

「かんなはよく笑うなあ」
「うん。だって私はいつも幸せだからね」
「…かんならしい。俺はかんなが笑ってくれるとほっとするよ」
「そう? じゃあいつでも笑ってるね」

うん、ありがとうって笑うサエちゃんは、やっぱりどこかさびしそうだった。
サエちゃん、サエちゃんが隠している気持ちを見せて。そう言ったら困らせてしまうかな。でもね、もう、私も抑えられなくなりそうなの。

「いただきます」って丁寧に手を合わせてごはんを食べるサエちゃん。
私も一緒に食べながらサエちゃんを見つめた。サエちゃんはすごくきれいに食事をする。でもぱくぱくよく食べる。気持ちいいくらいにどんどんサエちゃんの中に消えていくお皿の上のごはんたち。私が作った、私の気持ち。

「ほんと美味いな。かんな、これほんと美味い」
「あはは、ありがと。でもサエちゃんは料理コメンテーターには向かないなあ。何食べてもうまいしか言わないんだもん」
「だって本当に美味いんだから仕方ないだろ」

…私が料理得意になったのって、絶対サエちゃんとバネちゃんのおかげだと思う。家族も勿論褒めてくれるけど、こんなに「うまい」を連呼して幸せそうにたくさんたくさん食べてくれるのはサエちゃんとバネちゃんだけだ。特にサエちゃんは、失敗した下手くそな料理もいつでも食べてくれた。「ちょっと焦げてるけど味付けは美味いよ。かんなは頑張り屋だから次はもっと上手くいくよ」って。

たくさんあった料理も二人ですっかり平らげて、サエちゃんがコーヒーを淹れてくれて、デザートのモンブランを一緒につついた。

「あんまり綺麗だから切るのが勿体ないよ」

ってサエちゃんが言ったからだ。ホールのまま、二人で両側からフォークで崩していく。ちょっとお行儀が悪いけど二人だけだからいっか、ってなった。
今年のモンブランは去年までとは少し違う。お酒を、はっきり分かるくらいに入れてみた。
サエちゃんは一口食べて「!」って顔をした。
もぐもぐもぐ。ごっくん。ゆっくり飲み込んで、それから私を見て笑った。

「わあ、大人の味だね」
「うん。15歳だからいいかなって」

でもやっぱり少しきつ過ぎたかなあ…。とろりと甘くて、栗の香りも引き立っているけれど、

「なんかクラクラするかも…」

うーんと唸った私に、サエちゃんは「あはは!」と笑った。

「俺は全然。すごく好きだな、これ。かんなにはまだ早いのかもしれないけどね」
「…むか。やっと15歳になったくせにー」
「たった1日の差だろ」
「さっきまでは1日の差は大きいよとか言ってたくせにー」
「うん、でももう追い付いた」

サエちゃんがにこっと笑って私を見る。すごく余裕の笑顔で。…くちびるに、ちょっとだけクリームが付いてた。

「……今サエちゃんとキスしたら、栗の味がするのかなあ。それともお酒の味かな」
「…………かんな、まさかもう酔ってる?」
「酔ってない」
「いや、酔ってるよ。……全く、かんなは可愛いな」

いやサエちゃんも酔ってるでしょう。お酒を増量したのはやっぱり駄目だった。確かにケーキはすごーく美味しくなったけど、これはやばい。15歳にはまだ早過ぎた。

「なんならしてみる? キス」

ほらやっぱり酔ってる。普段のサエちゃんならこんな事絶対言わない。

「バカ、冗談だよ」

サエちゃんは笑って、またモンブランを口に入れた。

「ていうか、キスって味とかないだろ。舌入れなきゃしないだろう、味なん──」

サエちゃんの言葉、途中で途切れた。私が彼のくちびるにくちびるをつけて、口を塞いだからだ。

「──っ、…」
「………栗とお酒の味」
「っ、かんな!」

さすがに舌は入れなかったけど。サエちゃんのくちびるにはクリームが付いてたから、ちゃんとモンブランの味がした。
サエちゃんはフォークを取り落として、真っ赤な顔で口をぱくぱくさせていた。

「……サエちゃんが『してみる?』って言ったんだよ」
「バッ……この、バカ! なんて事するんだ!」
「……だからサエちゃんが」
「バカ! こういうのはちゃんと好きな奴とするんだ。俺なんかとしちゃ駄目だろ」
「…………」

またそれ。サエちゃんはいつもそうだ。
私はサエちゃんをじーっと睨みつけた。サエちゃんも負けずに睨み返してきたけど、そんな真っ赤な顔で睨まれてもちっとも怖くなんかない。サエちゃんだもん、怖い訳ない。
甘いクリームの味が舌に残ってた。お腹の中はサエちゃんと食べたごちそうでぽかぽか。頭が少しふわふわするのはお酒のせいなのか、キスのせいなのか、両方なのか分からない。でも、今を逃したら駄目。今しかない。自分の中の誰かがそう言ってる。

「っ、かんな」

サエちゃんの見開いた目に私が映ってる。ものすごく思いつめた顔の自分が変だった。ガタンって椅子を倒してサエちゃんが立ち上がる音。気にしないで、サエちゃんの襟を引っぱって引き寄せて、またくちびるを合わせた。
もうクリームの味はしない。代わりにぷにゅんって柔らかくてあったかい感触がした。サエちゃんの体温だって思ったらもっとくっつきたくなって、くちびるをぎゅーっと押し当てた。
は、って息をついてサエちゃんが私の肩を掴んで引き離した。途端にくちびるが冷たくなる。さびしい。かなしい。サエちゃんと目が合った。

「…なんて顔してるんだよ」
「だって」
「だってじゃない」
「サエちゃん、はなれたくないよ。はなさないで」

ぽろん。涙が出た。ああ泣いちゃった、って頭のどこかで思う。サエちゃんは殴られたみたいな痛そうな顔をしていた。人にキスされてその顔はないと思う。ひどい。

「なんで、泣くんだよ」
「…サエちゃんがはなれるから」
「だからって」
「サエちゃんがはなれたらかなしいよ。笑えないよ。私がいつも笑ってるのは、幸せなのは、サエちゃんがいてくれるからだよ。サエちゃんがいなかったら笑えないよ」

一気に言った。サエちゃんは固まっている。その殴られたようなショックを受けた顔はやめなさいってば。傷つくから、私も!

「…ちいさい頃、七夕の短冊に、私、『サエちゃんと両想いになれますように』って書いたんだよ」
「……」
「サエちゃんがすき」
「……かんな」

サエちゃんは今度こそ「ダメージ100、ライフ0」って顔をした。
勇気を出して(お酒の力を借りて、だけど)長年の想いをようやく告白した人に向かってそれはないんじゃないだろうか。まったくサエちゃんはひどい。ひどすぎる。

「サエちゃんのバカ。何にも知らないで、『かんなとバネが両想いになれますように』って書くなんて。最悪だよ。ひどいよ」
「……バネに、聞いたのか?」
「ちがう」

ぶんぶん首を振った。頭くらくらする。

「聞かなくても分かるよ、そんなの。サエちゃんが、ずっと私とバネちゃんをくっつけようとしてたの知ってるもん。だからバネちゃんに彼女が出来て落ち込んだんでしょ?」
「……俺は」

サエちゃんが痛そうな顔で口を開いた。すごく言いにくそうに、でも必死に。

「俺は、バネならかんなを幸せにできるって思ってた。バネはすごくいい奴だから。あいつになら任せられる。バネみたいないい奴はいないよ。……だから」
「だから?」
「っ、だから、書いたんだ。…俺の大好きな女の子が、誰よりも幸せになれますようにって」

ああ、やっと聞けた…。
自信はあるようで全然なかったから、ほっとしてまた涙が出た。私が泣くとサエちゃんがまた悲しそうな顔をする。自分がすごく痛い、みたいな。

「…サエちゃんのバカ。バネちゃんは確かにすごくすごくいい人だけど、大好きな友達だけど、でも私はサエちゃんじゃなきゃ駄目なのに。サエちゃんしか欲しくないのに」
「かんな…」
「サエちゃんがいなきゃ笑えない。幸せになれないよ」

サエちゃんは泣きそうに瞬きを何回もして、ぎゅって唇を噛んで、「バカ」って言った。

「バカ、かんなのバカ。なんで俺なんだよ。なんで俺なんか好きなんだよ、このバカ」

……バカって3回も言ったんですけど。本当に本当にサエちゃん、ひどすぎない?
だけどしょうがない、私もひどい。ひどい男を好きになっちゃって、この期に及んでそんなひどいところも可愛いな、好きだなーとか思っちゃってるんだもの、救えない。

「俺は顔と外面だけはいいけど実は性格悪いし、歪んでるし、いろいろと面倒くさいし、ちっともいい奴なんかじゃないのに。何で俺なんだよ。かんな、お前最悪だ。俺なんかやめろ」

顔はいいって自分で言うか。…まあ、サエちゃんだしな…。

「知ってるよ。サエちゃんが性格悪いのも、実は口が悪いのも、すっごくめんどくさいのも」
「だったら、」
「あとすごくすごく優しいのも知ってる。誰よりも優しいの。優し過ぎてバカなの。私に、バネちゃんとくっつけとか言うの。ほんとバカ」
「……」
「サエちゃんがすきだよ」

「ザ・面倒くさい男」のサエちゃんは、ぎゅうっと眉を寄せて何かを堪えるような顔で私を見ていた。

「…かんな、泣くなよ。笑ってて」
「サエちゃんがいないと笑えない」

サエちゃんの眉間の皺がますます深くなって、私の肩を抑えるサエちゃんの手にぐっと力が籠るのが分かった。ああ、引き離されちゃう。やっぱり駄目なんだ、ってかなしくなった。
だけど、サエちゃんの手は私の肩を引き離さなかった。反対に引き寄せてぎゅっと抱き込んで、びっくりして顔を上げた私のくちびるにサエちゃんはキスをした。しかも、舌を入れるやつ。

「…………」
「…………」

いや、ほんと、びっくりした。呆然としてる私からくちびる少しだけ離して、それでもくちびるが触れそうな距離でサエちゃんが「バカ」って呟く。涙声だった。

「バカかんな。本当に俺なんかでいいの?」
「…………舌入れるキスだとほんとに味するんだ」
「かんな!」

サエちゃんが真っ赤になる。あんな事しといて今更「俺でいいの?」はないでしょ、と可笑しくなって私は笑った。

「……やっと笑ってくれた」

ほうっと息をつくサエちゃんも、「やっと」笑ってるよ。

「笑うよ、サエちゃんがいてくれるなら」

ぎゅうっと抱きしめられてまた笑った。

「お誕生日おめでとう、サエちゃん。生まれて来てくれてありがとう」
「…ありがとう。かんなと会えてよかった。すきだよ」

サエちゃんが震える声で(たぶん彼の精一杯の勇気を振り絞って)私にくれたその言葉に、酔っ払いの私に最後に残っていたなけなしの理性がぱーんと音を立てて弾けて消えた。

「サ、サエちゃん。誕生日プレゼントに私をあげよっか」

なんて超絶バカな事を口走って。
呆れてぽかんと口を開けたサエちゃんに、

「バーカ!」

って大笑いされたのは3秒後。
私は、それでも「ああ、サエちゃんが笑ってくれてよかった」ってほっとした。バカだバカだって今日は散々言われたけれど、本当に私はバカかもしれない。でもいい、サエバカで。

「サエちゃん、私がサエちゃんを幸せにしてあげるからね。絶対大事にするよ」

誓いの言葉は、「こっちの台詞だバカ」って笑われてしまった。
よかった。一緒に笑って今日の日を終えられるから。

できたら、一緒に笑って、さいごまでいよう。ずっとね。


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -