9/27





『誕生日までの3日間、3つの疑問』
1日目(9/27)




ひとつめの疑問。
こいのはじまりは、いつ?



私の場合でいうと、きっかけはとても些細な事だった。

中学生になったばかりの時。黒羽くんの落とした消しゴムを拾ってあげた。

休み時間で、黒羽くんは友達と話してた。すごい笑顔で楽しそうだなあってなんとなく目を引かれて見ていたら、彼の肘が机の上の消しゴムに当たって、消しゴムがころんと落ちてきた。偶然にも私の足元に。私はそれを拾い上げて彼の机の端に置いた。
ただそれだけ。偶然、私の足元に落ちてきたから。それだけの事。もし消しゴムが私と反対側に転がっていたら、私はわざわざ立っていって拾ってあげたりしなかっただろう。
黒羽くんは消しゴムを落とした事にも、私が拾った事にも気づいた様子はなかった。私も気にしなかった。感謝されたくて拾った訳じゃないし。
そうしたら、黒羽くんと話していた友達(やたら綺麗な顔をした男の子で、新入生の中でも目立って女の子に騒がれてた)がつんつんって黒羽くんの腕を叩いて何かを囁いた。どうやらその子は私の動作を見ていて、それを黒羽くんに伝えたらしい。黒羽くんが驚いた顔で振り返ってこっちを見た。

「悪い、ありがとな!」

彼は私に向かってニカッと笑った。

すごくびっくりした。
男の子というものは──少なくとも私がそれまで知っていた同年代の男子というものは──、こんな些細な事でわざわざお礼なんて言わないと思ってた。しっかり振り返って私の顔を見て笑って、大きな声ではっきり「ありがとう」なんて。男の子にきちんと言われたのは初めてだったかもしれない。私はびっくりしすぎて「あ、うん」と返すのが精一杯だった。
彼は「おう!」とまたニカッと笑うと、友達に向き直りお喋りの続きに戻った。

たったそれだけの事。
そんなきっかけではじまってしまった、私の初恋。
現実は、おとぎばなしみたいな素敵な出会いじゃない。

その時の私にはまだ恋に落ちた自覚はなかったものの、それからやたらと彼に目が惹きつけられるようになり。
よく笑う事とか。
友達がたくさんいる事とか。
テニスが大好きな事とか。
少しもじっとしてない事とか。
笑ったり怒ったり焦ったり、表情、くるくる変わる事とか。
それからやっぱり、どんな些細な事にでも「ありがとう」「ごめんな」ってちゃんと言う事とか。
いろんな彼の事を知っていって。その度に胸があったかくなるような気持ちがして。
鈍い私でもさすがに分かった。ああこれが恋だ。

私は自分で言うのもなんだけれどおとなしく、地味で目立たない女子だ。いつも人の輪の中心にいる黒羽くんは、私には遠い存在。あんな遠くの人に恋をしてしまうなんて仕方がないなあ。悲しかったけれど私は最初から諦めていた。告白なんて出来るわけないし、ましてや両思いに…なんて奇跡でもおきない限り無理無理。
同じ教室にいられるだけで幸せだった。運よく中学の3年間はずっと同じクラスで、私の中学生活の運はもう使い果たしたと思った。

ところが、そうじゃなかったのだ。



「俺、秋山が好きだ」

黒羽くんは言った。
私の目の前で確かにそう言った。幻聴じゃない。はっきり聞こえた。

今日は土曜日で学校は休みだったけれど、私と黒羽くんはたまたま一緒になった美化委員会の当番で、校庭の落ち葉を二人で掃いていた。
生徒達のいない学校はとても静かで、秋の空気が清々しく気持ちよくて、「このまま焼きイモでもしちゃいたいね」って話をして笑っていた。私と黒羽くんはあんまり話す機会もなかったし共通の話題もなかったけれど、焼きイモの話は何故だか盛り上がって私はホクホクとうれしかった。そんな時いきなり黒羽くんが言ったのだ。「俺、秋山が好きだ」(私の脳内でリピート)。

「…………」

私は竹ボウキを手にしたまま動きを止めた。

「…………黒羽くん」
「ああ」

黒羽くんは真面目な顔で私を見ている。おかしいな、ついさっきまで焼きイモの話して笑ってた筈なのに。

「黒羽くん言い間違ってるよ、『秋山が』好きなんじゃなく『焼きイモが』好きなんでしょ?」

黒羽くんは盛大にずっこけた。私は、何もない所でずっこけた人を初めて見たので驚いてびくっとした。

「──違う!」
「ち、ちがうのですか」
「確かに俺は焼きイモが好きだ、でも焼きもろこしの方が好きだ!」
「あ、そうなんだ」
「でもそれよりも秋山が好きだ!」
「────」

言った。また言った。今度こそ聞き間違いじゃないし、言い間違いでもない(確認したもん)。
なにこれ。なんだこれ。
黒羽くんは真剣な目で私を見ている。こっそり見に行ったテニスの試合でしてたような目だ。それが私に注がれているなんて。ほっぺたが少し赤い。どう見ても冗談を言っている顔ではない。彼は真面目だった。黒羽くんは嘘が下手。3年間見てきたから知ってる。彼は人を傷つけるような冗談は言わない。

「秋山!?」

黒羽くんが文字通り飛び上がってうろたえた。

「なんで泣くんだ!? もしかして、いやもしかしなくても俺のせいか? 俺のせいなんだな? 泣くほど嫌だったのか、キモかったのか! 悪い、もう言わねーから許してくれ!」

……笑えばいいのか、泣けばいいのか。
とりあえずどっちもした。

「……黒羽くんのせいだけど、」
「まじか! やっぱりか!」
「でも嫌だったからじゃないよ、うれしくて泣いてるんだよ」
「えっ」
「私も、黒羽くんが好きだから」
「えっ」

えっ、って言ったきりぽかんと立ち竦んだ黒羽くんが、みるみるうちに真っ赤になっていくのをスローモーションのように見ていた。きっとこの光景は一生忘れないだろうなあ。忘れたくない。

「……悪い秋山、さっきもう言わないっていったけど取り消させてくれ。やっぱり好きだ」



神様。
あの時、黒羽くんの消しゴムを私の足元に落としてくれてありがとうございました。


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