たいせつなこと





天根→佐伯
件名:困ってるかと思って
本文:花音探してる?

佐伯→天根
件名:Re:困ってるかと思って
本文:今どこ

天根→佐伯
件名:返信早い
本文:海だけど、サエさんは学校? 花音送ってく?

佐伯→天根
件名:Re:返信早い
本文:待って。花音はどうしてる?

天根→佐伯
件名:サエさん早すぎ怖い
本文:めっちゃ泣いてたけどもう大丈夫っぽい

天根→佐伯
件名:サエさん?
本文:大丈夫?

天根→佐伯
件名:
本文:サエさーん?

天根→佐伯
件名:へんじがない
本文:ただのウニのようだ

佐伯→天根
件名:Re:へんじがない
本文:ダビデ、悪いんだけど花音家まで送ってやってくれる? 今日はもう準備大丈夫だから。明日早く集まるから迎えに行くって伝えて。あとお前そろそろLINE入れない?

天根→佐伯
件名:がってん
本文:しょうちのすけ。りね?ってなに?



「花音」

携帯をしまったダビちゃんが私を振り向いて手を出して、私はその大きな手をじーっと見た。これは…。

「花音。サエさんが、今日はもう家に帰っててって」
「え……えええ!?」
「準備の方は大丈夫だって」
「えええ…」

それって。それって…。
つまり、こーちゃんは今私に会いたくないって事かな。私の顔なんて見たくないとか…。
でも酷い事言って走って逃げてきちゃったのは私だ。そう思われても仕方な──

「花音」

ぐるぐる頭で考えてまたフリーズしてる私の手、ダビちゃんがぎゅっと握った。びっくりして思いきり肩を跳ねさせてしまったけど、怖くはない。大丈夫。心配そうに覗き込んでくれるダビちゃんに私はなんとか笑って見せた。笑えた、と思う。

「花音。大丈夫だよ。サエさんきっと気を遣ったんだよ。花音が泣いた後の顔で教室戻らなくていいように。あの人そういう人だから」
「……」
「花音はサエさんと仲直りしたいんだろ?」
「…うん」

したい。あんなこと言ってしまったけど、あれは確かに本心だったけどそれでもちゃんと好きなんだよって言いたい。
…それで、できたら、受け入れてくれたらいいと願ってる。

「じゃあ大丈夫だ」

ダビちゃんがからからと笑った。あったかい風に吹かれて、ダビちゃん自身がお日さまみたいに。

「仲直りはいいぞ! 前よりもっと仲良くなれるから。ケンカだってたまにはいいもんだ。花音とサエさんももっとケンカしたらいいんだ、言いたい事言って」
「…えええ〜」

でも、そんなの怖いよ。
さっきのがただのケンカの範疇に入るのか私には分からない。ダビちゃんは「痴話ゲンカ」って言うけどやっぱり分からない。こーちゃんとケンカなんてした事なかったから。
…本当に、これがダビちゃんの言う「痴話ゲンカ」なら。
全然、駄目だ。こんなのちっともよくないよ。ケンカする程仲がいいなんて言うけど私には耐えられない。こんな、心臓潰れそうな想いを何度も繰り返すなんて嫌だ。

「花音。帰ろう、大丈夫だから」

こーちゃんより大きくてがっちりした手で私の手を包んで揺らしながら、ダビちゃんは本当に自信たっぷりに「大丈夫だ」って言う。ダビちゃんって中身はこんなに可愛い子なのに外見は凄く大人びてて迫力のある美形さんだから、有無を言わさず頷いてしまう謎の説得力がある。
こーちゃんに「大丈夫だよ」って言われると私は本当に大丈夫になるけど、ダビちゃんに言われると「大丈夫になってあげないとダビちゃんがかわいそう」って思考になって無理矢理元気出さないと!って使命感にかられる。…なんか、可笑しくなって私は笑った。
私が笑うとダビちゃんがほっとした顔になる。それを見て私もほっとしたりして。
そういうふうに、こーちゃん以外の人とも、ちゃんと、繋がっていける。少しずつ、「大丈夫」が増えてく。部活のみんなとも、クラスのみんなとも。
こーちゃんに守られて手を引かれて歩いて……だけどいつの間にか、ひとりでも歩けるようになってきていた。知らない間にここまで連れて来てくれたのはこーちゃんだ。
こーちゃんに言ってしまった事はすべて本当で。いつも怖いのも、不安なのも、やめられない。これはもうどうしようもない。

(でも、好き)

それをさっき伝えなかった。いつでも一番に伝えなきゃいけない事だったのに。
言わなくても伝わってるとか、甘えたら駄目だった。

ちゃんとしなきゃ。紫に暮れていく空を見ながら私はぎゅっと唇を噛みしめた。
帰ったらつめたい水で顔を洗って目を冷やして、ごはんを作って食べて早く寝る。ダビちゃんの言うようにこーちゃんが私を気遣ってくれているなら、気遣い、無駄にしちゃ駄目だ。さっさと寝て、言われた通りに明日は早く起きて学校行って、最高のジュリエットになる。クラスのみんなと頑張ってきた分、無駄にしない。絶対いい劇にする。
そして、ロミオとジュリエットが終わったら。
ちゃんと言う。好き。情けない私でも好きでいて下さいって。





私の決意はしっかり顔に表れていたようで、翌朝、私の顔を見たこーちゃんはいきなり笑い出した。

「花音、顔、怖い」
「…………」

……あれ? 私、こーちゃんから泣いて走り去らなかったけ、昨日? あれってちょっとした「修羅場」ってやつじゃなかったのかな…。
私が呆然としていると、こーちゃんはひいひい笑いながら(そんなにまで!?)「ごめん」と謝った。

「ジュリエットってもっとこう儚げな感じで…確かに花音似合ってたけど…。今日の花音は戦に挑む武士みたいだね。勇ましい」
「ぶ、武士!?」
「うん。でもいいよ、そんなジュリエットも。俺は好きだな」
「す、す…っ」
「好きだよ」

ふわって優しく笑うこーちゃんの指が私の目元をそっと撫でた。指がつめたくて気持ち良くてはっとした。

──やっぱり、ちょっと腫れてる。
──もしかして泣いたりした?

小学生の時のお芝居の前にもこうされた事、思い出して私の顔に血が上った。うわあ、うわあ、こーちゃんあの頃からもうこーちゃんだった。っていうか成長してもこーちゃんだって言うべきか。とにかくこーちゃんはこーちゃんでいつでもこーちゃんで…

「本当に、つよくなったね。いや、花音は昔から強かったよね、心。ずっと。俺が圧倒されるくらいに」
「こ、こーちゃん…」

私の目元を撫でる指があんまり優し過ぎて、凄く、大事で愛おしいものに触るみたいで、泣きそうになって慌てて目に力入れてこーちゃんを睨んだ。

「私は凄く強いけど弱いってこーちゃんが言ったんだよ」
「うん、そうだね」
「そうだよ。よわよわなんだよ、私。だから泣かせようとするの駄目!」

ぎゅっと睨んで言い切ったら、こーちゃんは一瞬言葉に詰まった。

「……そういうつもりは……ないんだけど…」
「そういうつもりなくてナチュラルに泣かせにくるのが駄目。こーちゃんはもっと自分の威力を自覚するべき。ちゃんと自覚して、それで…私以外の女の子にそのキラキラを発揮するのやめてほしい」
「…………びっくりした」

本当に心底驚いた!って顔でこーちゃんが私をまじまじと見る。
…あ、呆れたかな。ちょっと怖い。こういう、嫉妬みたいなの、私はずっと知らんぷりして見せないようにしてたから。天然装って気付かない振りしてた。でも本当は気付かない訳ないでしょう。こーちゃんくらいキラキラを垂れ流しにしてたら!ねえ!

「…花音が俺と同じ事考えてたとか」
「……おなじ、事?」
「花音こそ自分の魅力を自覚してほしい。俺以外の男に無自覚に可愛いの振り撒かないでほしい!」
「──はあああああ!?」

何それ。いつ私が? ていうかこーちゃん相変わらず目がおかしい。かわいそう。逆に心配になって、私はこーちゃんの目を覗き込んだ。凄く綺麗な明るい茶色の目。蜂蜜みたいに甘い色。この目はなんでも見えるのに(八等星さえ見えるのに!)、なんで簡単な事実が見えないんだろう。

「私の事可愛いとか思うのこーちゃんくらいだよ。こーちゃん趣味が変なの自覚しようよ」
「変だったらよかったんだけどね…」

深い溜め息をつくこーちゃん。そこに「はいはーい!」って割り込んできたのは相馬さんだ。キレ気味なのはなんで?

「朝から! イチャつかない! この! バカップル!」
「……紗那ちゃ…相馬さんなんでいちいち語尾に『!』ついてるの」
「そりゃつけたくもなるよー」

あははは、って笑いながら里緒ちゃんが頷いてる。笑ってるけど目が笑ってなくてちょっと怖い。

「り、里緒ちゃん?」
「花音ちゃん。昨日ね、みんなで話し合って脚本改善したの」
「へ?」
「結構いろいろ変えたんだー。おかげですごく良くなったよ! クラスのみんなもますます盛り上がっちゃって」
「え。え…待って私それ聞いてない」
「しょうがないよね。花音ちゃん昨日いなかったもん」

私は慌てた。とにかく慌てた。だって、台詞もう全部しっかり頭に入ってるのに。

「仕方ねーよな。花音いなかったし」
「そうそう。水沢がいないのが悪い」
「まあ…いなかったのは仕方ないよね」

バネちゃんはけらけら笑ってるし、相馬さんも頷いてるし、結城くんまで苦笑しながら言って、「半分以上テメーのせいだろ!」って相馬さんに台本ではたかれてた。

「という訳で花音」

落ち着いた声でにっこりと笑ったのはあっちゃん。

「もう時間がないから花音だけぶつけ本番になっちゃうけど、大丈夫、安心してね」
「あああああっちゃんんん! それ絶対安心できないよ! どう安心したらいいの!」
「──花音、大丈夫だよ」

パニクって泣きそうになってる私の肩を、後ろから優しく叩いてくれたひとがいた。その声を聞いた瞬間力が抜けて、ああ大丈夫だって思ってしまえたから私は単純だ。いくらなんでもこのひとの事が好き過ぎない?って自分で笑いそうになるくらいに。
こーちゃんが大丈夫って言ってくれたら私は本当に大丈夫になる。

「変えたのは俺とのシーンだけだから。俺がリードするから、花音は合わせてくれればいい。花音の思うままアドリブでいいから」
「あ、アドリブって…」

そんなのいい訳ないんじゃ…って思ったけど、何故かみんなもうんうん頷いてるし。

「大丈夫。楽しもう、ロミオとジュリエット」
「……う、ん」

流されてると思う。完璧、流されてる。でもそれだけじゃなくて。
流されてるけど、自分でも選んでるんだ、ちゃんと。いつでもそうだ。どんな時でも。どこかで肝を据えて、「えーい、やってやる」って気持ちになってる。

「こーちゃん、私、こーちゃんに謝りたい事が」
「うん、俺も。花音、劇が終わったらちゃんと話そう」
「うん」

準備で慌ただしい教室の中で、それだけ、ちゃんと約束して。
衣装に着替えに行くこーちゃんの背中に、桜の花弁が一枚くっついてるの見つけて少し笑った。

ロミオとジュリエットの話はかなしくて、少しだけおかしい。
愛し合う二人が死んでしまう悲劇のものがたり。
ロミオの後を追ったジュリエットはロミオに会えたのかな。二人は二人だけの世界で幸せになれたのかな。

私達のものがたりは、どんな結末になるのかな。

もうすぐ、舞台の幕が上がる。


→ ロミオとジュリエット 2


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