ロミオとジュリエット





こーちゃんがいてくれて海があればもう大丈夫っていきなり強くなれる気がしたり、そんな魔法みたいな事あるわけないって神様に叱られるようにぺしゃんと凹まされたり、でもやっぱりこーちゃんがいてくれて海があるからまた立ち直るのも早くて。必死でいたら、時間が過ぎるの早過ぎてびっくりした。
気がついたら季節が巡ってまた春が来ていたなんて。

桜を見上げてぽかんと立ち尽くす私に、こーちゃんが「どうしたの? 朝練遅れるよ?」って笑いながら手を差し出してくれた。
当たり前のように「花音のものだよ」って差し出してくれる手の温度、その手を取る事、いつでもどきどきする。当たり前なんかじゃない、物凄く貴重なものだって知ってるから。
一度は離そうとした手。大事に大事に重ねたら、大事に握り返された。

「行こう」
「うん」

海沿いの道を手を繋いで歩いて、学校へ。大好きなテニスの朝練へ。
繋いだ手の上に、桜、ひらひらと降り注ぐ。

今日から新学期。私達は二年生になる。



──六角中って、すごい。
転校して来てからもうすぐ一年近くなるのに、何度でも私はびっくりする。
潮干狩り選手権とか(みんな本気過ぎて怖い)、夏の六角花火大会とか(綺麗すぎてちょっと泣いたけど最後のマイムマイムは意味が分からなかった)、秋の運動会の盛り上がりとか(すごく怖い迫力の騎馬戦でこーちゃんが転んで死ぬかと思った)、文化祭ならぬ収穫祭の規模とか(町内巻き込んでのお祭り騒ぎ!)、真冬の校内マラソン大会とか(砂浜を走る…ほんと、死ぬかと思った)、クラス対抗合唱コンクール(選曲がフリー過ぎ。ゴスペルVSシャンソンとか演歌とか。そしてやっぱりみんな本気過ぎ!)とか。
で、極めつけがこれ。

『六角中・春のお花見会』

新学期初日、最初のホームルームで。
みんなの自己紹介もそこそこに、最初の日直の子(まだクラス委員も決めていないから今日は日直さんが暫定司会。出席番号、1番じゃなくて良かった…)が黒板にでかでかと書いた文字を見て私は首を傾げた。
お花見会って何? 桜を見ながら歌でも詠むのかなあ、ってちいさく呟いたら、隣の席のこーちゃんに耳ざとく拾われて吹き出されて、その後ろのバネちゃんには盛大に笑われた。

「さすが。女子校出身者っぽい風雅な意見だね」
「あまいぜ花音! お花見会は戦だ! 呑気に花を眺めてる暇なんかねえ!」
「え。い、いくさ……?」

ていうか。

「『お花見会』、だよね? 花を眺めてる暇ないっておかしくない…? や、おかしいよね?」

私が混乱していたら、「あ、そーか。花音って転校生だった」「え、水沢ってそうだっけ?」「去年の事知らないんだー」って声が教室のあちこちから上がって。

「そうだよー。お花見会って何なの? お花見するんじゃないの?」

ぐるっと首を回して教室を見渡しながら口を尖らせる。それなのにみんなはニシシって笑うばかりで説明してくれない。ちょっとひどい。

「見てのお楽しみでいいじゃん」
「そうそう」
「どうせ佐伯に教えてもらうんでしょ」
「サエ、おもしれーから黙っとけよ」

……みんな面白がってる。確実に。
薄々ね、分かってはいた。私って地元っ子じゃないし、六角の前は「東京の私立」だし、この学校では結構毛色の違う「ぼやぼやしたテンポの遅い子」で。最初の頃は事情もあってかなり挙動不審だったと思うし、みんなが当たり前に盛り上がる行事にいちいちびっくりして笑われて。そういう私の「びっくり」は地元っ子のみんなにはすごく新鮮に映るらしくて、最近ではわざと私の反応を見て面白がってる節がある。ほんと、みんなひどい。
知らず知らずのうちにほっぺたが膨らんでたみたいで、「水沢、ハムスターみたいな顔」って斜め前の席で相馬さんが吹き出して、クラス中が笑い出した。え、なにこれいじめ?

「大丈夫だよ花音ちゃん! ハムスターってすごく可愛いもん」

里緒ちゃん、それフォローになってない。

「ええと……花音、俺は好きだよ、ハムスター」

こーちゃんがめっちゃ笑いながら言って、教室のあちこちからヒューヒューって囃したてる声が飛んできたけれど、そんなんじゃ照れない。このノリを流せなくちゃ六角中ではやっていけない。私も学びました。
──そうそう、新しいクラスはこーちゃんと一緒。
これすごくうれしいけれど何だかいろいろと怖いなあ…って思った。
バネちゃんも一緒。里緒ちゃんも一緒。そしてなんと相馬さんも一緒。なんだろうこの面子。それからさっきから教室の隅でひたすらクスクス笑ってるのは木更津くんちのあっちゃんだ。……なんというか、派手なクラスって気がする。

いろいろ脱線しつつも『お花見会』についての話し合いは進み、私もようやく分かってきた。
新学期始まって最初のイベント、『お花見会』。新入生歓迎会を兼ねたこの会は、二、三年生がクラス毎にお芝居や歌などの出し物をするイベントのようだった。最後に一年生の投票で優秀賞が決まるってところが六角中らしい。
…ほんと、お祭り大好きな校風だなあ。つくづく感心しちゃうよ。
一年生の時に嫌というほど分かった事。六角中ってお祭り大好き。それから「クラス対抗」が大好きでみんな物凄く真剣に燃える。潮干狩りでも運動会でもマラソンでも合唱でも、そして何故か収穫祭までもいつの間にか勝負事になっている、それが六角中。お花見会って優雅な名前のイベントでも、やっぱり例外じゃないのだ。
なるほどねえ。運動能力が壊滅的に絶望的にどうしようもなく駄目な私は運動会でもマラソン大会でもちっとも役に立てなかったけれど、収穫祭と合唱コンクールではちょっとは役に立てた気がしてる。農作業も料理も好きだし、歌も嫌いじゃないから。だから、お芝居や歌を出し物にするイベントなら楽しめそうって思った。

「時代劇」
「アクションやりたい!」
「じゃあいっそロックミュージカルで」
「幕末ロック!?」

いろんな意見が上がってる。すぐにいろんな案が出てくるあたりが六角中のみんなのお祭り好きを表してると思う。私はすぐにそんな案を出せないから、すごいなあってみんなの意見を聞いていた。

「花音は? 何かやりたい事ないの?」

こーちゃんがこっちを見てちょっと笑って、小さな声で訊いてきた。

「…うーん、こういうの初めてだし、すぐには思い浮かばない」
「ふうん。じゃあ、花音が観客だったら? 見てみたいものは?」

見てみたいもの?
そう言われてピーンと閃いてしまった。

「あ、白雪姫」
「え」

え、ってこーちゃんの笑顔が引き攣る。

「こーちゃんの白雪姫、もう一回見たいなあ」
「却下」
「え」

今度は私が固まる番だった。

「こーちゃん却下早過ぎ。こーちゃんが『見たいもの』とか言うから素直に答えたのに」
「駄目」
「駄目って…」
「あれはもう封印。花音も忘れて」
「え。絶対やだ」
「絶対って…」

真剣に嫌そうな顔で口籠るこーちゃんの後ろで、バネちゃんが机に突っ伏して笑いを噛み殺してる。
そんなやり取りをこそこそとしてた私達は、日直の子がクラスのみんなの意見をどんどんまとめてるのに気付かなかった。

「──じゃあ、演目は『ロミオとジュリエット・六角版』、主役は佐伯で。賛成の人〜」

え!?ってこーちゃん(と私)がぎょっとして顔を上げた時にはクラス中が「さんせーい!」って声を上げて拍手していた。クラス替えしたばかりなのにすごい団結力。

「ちょっと待って」

こーちゃんが慌ててる。私もびっくりしたけど、こーちゃんだもんね、主役で当然だと思う。だってこーちゃんだし。仕方ないこーちゃんだもん。
『ロミオとジュリエット』っていうのも素敵。『六角版』ってよく分からないけどオリジナリティを加えるって事かなあ。
それより何より…ロミオとジュリエットの主役といったらジュリエットだ。お嬢様だ。また超絶可愛いかっこいいこーちゃんの女装姿が見られる!

「賛成!」

私も拍手に加わったら、「花音!?」ってこーちゃんが真剣に焦った顔をした。

「花音あのね、ロミオとジュリエットって」
「え?」

私に向かってこーちゃんが言葉を続けるより早く、日直の子が黒板にでかでかと「佐伯」って書いた。

「じゃあ彼女の許可も下りた事だし、ロミオは佐伯に決定―!」
「え」

わーって盛り上がる教室。こーちゃんはがっくりと肩を落とし、私はぽかんとした。え、ロミオ?

「ついでにジュリエットは水沢でいいよなー」
「え」

またしてもわーって盛り上がる教室。
え。え。え。ていうか、え?

「なんで私がジュリエット!?」

訳が分からなくて叫んだら、相馬さんが「はあ?」って呆れ顔で振り向いた。

「水沢何言ってんの? ロミジュリってキスシーンとかあるんだよ? 佐伯が他の女とキスシーンしてもいい訳? っていうかできると思ってんの? その子が可哀想じゃん、あんたがやるしかないじゃん。諦めな」
「キッ……、他の子とキスシーンはやだ! …っじゃなくて、そうじゃなくて、なんで私!? こーちゃんがジュリエットじゃないの!?」
「……………………は?」

相馬さんの目が点になった。クラス中の目が点になった。
それから。
ブッって最初に吹き出したバネちゃんに釣られるようにして、クラス中が爆笑。

「水沢あんたバッカじゃないの」
「イロモノじゃないんだから」
「サエがジュリエット……ヒー」

私がとんでもない思い違いをしてた事ももう分かってたし、なんで笑われてるのかも分かってた。でもやっぱり私がジュリエットなんて全然似合ってないし主役なんか出来ないし駄目だよって思って、今更ながらさーって血の引く音が聞こえてきそうだった。あれ、なんかふらふらしてきた…。

「あの、ごめん、私無理……」
「花音」

辞退したいって言いかけた、んだけど。
こーちゃんが私を呼ぶから。私は口つぐんでこーちゃんを見た。こーちゃんに呼ばれたらそっち優先してしまう、どうしても。
こーちゃんは少しだけ困った顔してた。だけど、ふーって息をついて笑った。すごくやわらかく。

「仕方ないよね」

小さく肩を竦めて、王子様みたいに手を差し出す。

「まあ、なんとか頑張ろうか。よろしくね、ジュリエット。──お手をどうぞ?」
「…………」

えええええーっと……。
………………駄目だ。逃げ道なんてない。陥落するしか、ない。

クラス中が(先生まで…)にやにやと見守る中、ハイって蚊の鳴くような声で言って、手を重ねるしかなかった。


→ ジュリエットの葛藤
(または魅惑の白タイツ)


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