いちご風味の恋愛事情
ぱらぱらぱら。
放課後、ダビちゃんは部室に入って来るなり、部誌を書いている私の前に立ちはだかり机の上にいくつかのものを落としてきた。
「…ダビちゃん?」
アポロチョコ。飴玉。いちご味のグミ。みんなダビちゃんの好きなもの。
それから、きらきらひかるラムネ玉。水色のボタン。白い貝殻。いちごの匂い付きの消しゴム(使いかけ)。
ポケットの中のものをありったけ出したみたいなラインナップだ。
私はそれらを一通り眺めると、もう一度顔を上げて無言のまま佇むダビちゃんを見上げた。
「……持ち物検査?」
がく。
ダビちゃんの肩が傾く。あ、違ったみたい。
「違う!」
あ、喋った。
「違うんだ? じゃあこれ、なあに? どうしたの?」
「……先輩が」
「私が?」
「昨日、誕生日だったって…聞いたから……」
「…あー…」
なるほどなるほど。ということは。
「これ、もしかしてプレゼント?」
こくり。今度はしっかりと頷くダビちゃん。ああ、そういうことね。
「どうもありがとう!」
笑ってお礼を言ってさっそく飴玉の包み紙を開くと、ふわりと甘い匂いが広がった。うん、しあわせ。
「美味しいよ」
「……」
「ねえ。私はうれしいのに、なんでダビちゃんはそんなに浮かない顔をしているのかなあ」
「……」
無表情、なんてよく言われがちな後輩だけど、本当は全然そんなことなくて。いつも一緒にいるからわかる。今のダビちゃんはちょっと落ち込んでる。そしてちょっとだけ不機嫌。拗ねてる…みたいな。どうして?
ん?と先輩特権の笑顔を駆使して迫ったら、ダビちゃんはようやく重い口を開いてくれた。言いにそうに。
「…昨日が誕生日だったなんて、俺、聞いてない…」
「……」
あー。たしかに…言ってなかったかもしれない。
「俺、さっきバネさんに聞いて初めて知って、それで」
「……」
あー。それで拗ねてるのか。そして落ち込んでるのか。
ああもう! なんでこんなにかわいいんだろう!
「ダビちゃんごめんね。私の誕生日なんて、別に大した事じゃないとおもって」
「大したことある! 誕生日だぞ、大切な人の!」
「えっ」
「あっ……」
馬鹿みたいにぽかんと口を開ける私。はっとしたように口元を押さえて黙り込むダビちゃん。
「…………」
「…………」
お互い真っ赤になって黙りこむ。
沈黙を破ったのは、「ぷっ」というサエの吹き出す音だった。
「ぎゃ! サエ!?」
「サササササエさんっ!?」
「うんごめんね。実は俺もいたんだよね、大分前から」
あははと爽やかに笑うサエ。いや、ここは部室だからサエがいたってなんの疑問もないんだけど。
「二人ともかわいいね。でも今回は君が悪いかな」
ね?なんて私の肩をぽんと叩いて、「ダビ、バネには上手く言っておくけど、なるべく早くおいでね。でないと蹴られるぞ?」と物騒な台詞を残してサエは部室を出て行った。ダビちゃんのほっぺたがぎくりと引き攣る。
「あ、そうだ。ダブルス練習始まっちゃう…」
私も慌てて部誌を閉じて立ち上がった。
立ち上がってもまだまだずっと上にあるダビちゃんの整った顔を見上げる。
「ダビちゃんごめんね。ちゃんと言っとけばよかったね」
「いや…俺こそガキみたいなこと言ってごめん」
「いいよ。そこが好きだから」
「すっ…!」
「ねえ、かわいいプレゼント、ほんとにうれしい。どうもありがとう」
「ら、来年はもっと、ちゃんと祝わせてくれ…ください」
「うん。ふたりっきりでね」
「ふっ…!」
「でもその前に」
まだちゃんと聞いてないよ? ダビちゃんの口から言ってほしいなあ。
背伸びをしてそのなめらかなおでこをこつんと叩くと、ダビちゃんは一瞬ぐっと押し黙った後で、私の一番好きな少し照れたみたいな顔で笑って言ってくれた。
「…先輩、誕生日、おめでとう」