存在理由が欲しいのなら僕のせいにすればいい
あまりにもつらい出来事が、君から笑顔を奪ってしまった。
あんなにもきれいに笑う君だったのに。
その笑顔に何度救われたか知れないのに。
「また倒れたんだって?」
保健室のベッドにちょこんと座った君は、駆け付けた俺を見て「サエ」とちいさく名前を呼んだ。
その声も、布団からはみ出た白い手も、ぞっとする程にか細い。
「…また痩せた?」
思わず口に出すと、君はとても困った顔をした。
「おなかがすかなくて…ごはんがね、たべられないの」
「駄目だよ。少し無理してでも食べないと」
「うん。でも…あの…がんばってたべてもね、はいちゃう、から」
──吐いちゃうから。
消え入りそうにちいさい声で君が言った言葉を、理解するのに数秒を要した。
理解すると同時にがつんと頭を殴られたようなショックが襲う。
そんなにも。あの出来事が君に残した傷の大きさに愕然とする。
「サエ、心配かけて、ごめんね」
君は本当に申し訳なさそうな顔で俺を見上げた。
「あのね、もう私のこと、ほっといてくれていいよ。私たぶん…ずっとこんなだし、私といてもサエを悲しませるだけだし」
「──っ、嫌だ!」
「……サエ?」
俺が急に叫んで強く抱きしめたから、君は少し驚いたようだった。
抱きしめても君はもう笑ってくれない。笑って、ふざけ過ぎる俺を叱ってくれる事もない。
細い、薄い肩。この小さな体に降りかかったあの不幸な出来事を俺は心底憎む。
「どこにも行かないで。ここにいて。俺のそばに」
「……サエ、ごめんね。それはむりだよ」
優しい声で、君はひどい事を言う。
「サエならだいじょうぶだよ。私なんかいなくても。ね?」
…それは、俺を置いてひとりで逝こうとしている。そういう意味の言葉だ。
「嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ!」
俺は小さな子どものようにかぶりを振った。
「サエ」と子どもをあやすような優しい声と共に、細い君の手が俺の頭を撫でる。そんな、あきらめてしまった君の仕草が悲しくて、俺は少しだけ顔を離すと真っ直ぐに君の目を見て告げた。
「駄目だよ。死のうとするなんて許さない。君がそんな事になったら、俺は絶対に後を追うよ」
「……サエ」
君の目が本当に悲しそうに揺れて、透明な水をたたえるのがすぐ近くで見えた。きれいだなと思う。そして少しだけ希望を持つ。涙は感情の発露だから。
君は、まだ俺の為に泣いてくれる。
「酷い事を言ってるってわかってる。でも生きて。ここにしがみついて。俺が手を握ってるから、絶対に離さないで。…俺が、そうしてほしいから」
「でも、私」
「俺のことが好き?」
傷ついて、頑張る事に疲れきった死にたがりの女の子に、俺は残酷な質問をした。
大きく見開かれた君の目から、じわりと盛り上がった透明な雫がついに溢れだしぽろぽろと頬を伝って落ちた。
祈るような気持ちで俺は君の答えを待つ。
「…すき」
消えそうにちいさな声でも、しっかりと届いたから。
俺は息を吐き出して君を再びつよく抱きしめた。
「お願いだから諦めないで。俺と生きて。俺がそうしてほしいから。君がここにいる理由も、苦しいのも全部、俺のせいにしていいから」
君は何かを囁いた。ありがとう、と聞こえた気がしたけれどそれは俺の自惚れかも知れない。本当は「サエのばか」と言いたかったのかもしれない。
けれど震える細い手が俺の背中に回ってシャツをぎゅっとつかんだ、それだけで、もう十分だった。