道草レンアイ
海辺で泣いてたらサエが来た。
いつもみたいに涼しい顔でほてほてと歩いてきて、私を見て「やあ」とか言っちゃって。そのまますとんと隣に座りこまれた。
何、と思って睨みつけたら、瞼にいきなり冷たいペットボトルを押し付けられた。
「ちょ、なにこれ」
「水分と塩分補給。君が干からびちゃう前に」
「余計なお世話」
「また振られたんだ?」
「ほんとに余計なお世話!」
それでも火照った瞼に冷たいイオン飲料のペットボトルはひんやり心地よくて、私は乱暴にそれを奪い取るとキャップを捻ってごきゅごきゅと飲み干した。
やわらかく喉を通る液体は、微かな柑橘系の爽やかな香りとくどすぎない甘さで私の乾いた喉を潤す。水よりも早く体に浸透する電解質。
…確かに、涙の分補給したかんじ。
薬みたいに、心にもちょっと効いた。
「…これ、サエみたいな味」
思わず呟いたらサエは物凄く変な顔で私を見た。
「俺みたいな味、って」
「サエの事食べたことなんかないけど。食べたらきっとお腹壊すけど」
「ひどいなあ」
ひどいなあって言いながら、ちっともダメージを受けてない平気な顔で笑うサエ。無神経でデリカシーゼロの私の幼馴染み。
「それにしても君も懲りないよね。なんで毎回毎回ああいうタイプの男を好きになるのかな」
「サエあんたマジでうるさい邪魔もうほっといて」
なんでって私が訊きたい。
ねえ神様、なんで私はほんとに毎回毎回、俺様主義の男尊女卑の威張りくさった勘違いタイプの男に惚れてしまうんですか。すぐに大喧嘩して別れる羽目になるのに。
「ほっとけないよ」
…そう、そして毎回毎回、この無神経極まりない幼馴染みは振られた私の元へ慰め?にやって来てくれる。心から余計なお世話なんだけどね…。
「だから俺にしておいたらっていつも言ってるのに」
そういう事を真顔でさらっと言うし…。
私はぐすりと鼻を啜った。すかさずサエがポケットティッシュを差し出してくれたので遠慮なく洟をかませて頂いた。ずびー。
「…だってサエ、私の好みじゃないんだもん」
もう何度目になるかわからない台詞を言う。言われたサエがやれやれと肩を竦めるのもいつもの事だ。
「君、男の趣味が悪過ぎるよね」
「知ってるよ。でもしょうがないじゃん。私だって、サエみたいな優しい人を好きになれたらって思うよ」
「俺、優しいかな?」
「優しいよ! 優しくて、馬鹿みたいに優しくて。無神経装ってるくせして実はすごーく気を遣ってくれてるところとか、口調は軽いけど内心めちゃめちゃ心配してくれてるところとか、私の事いつも本当に見てくれてるところとか、そういうところが大好きで、……って、あれ?」
言いながら自分でびっくりした。
目の前のサエも、きれいなおっきい目を真ん丸に見開いて、ぽかんとまぬけに口を開けて私を見つめていた。
「…………えっと、君、今」
「……え……あれ…?」
物凄く自然に、イオン飲料が体に浸透するみたいに自然に、今、好きって言葉が出た。大好きって。そしてその言葉に全然嘘がない事も自分で分かってしまった。なんで今。
「──ねえ」
ふわり、と。
本当にうれしそうにサエが笑って、私は生まれて初めてこの幼馴染みにどきりとした。
「さっきさ、それが俺みたいな味って言ってたけど」
それ、と私が持ったままのペットボトルを指差される。
爽やかな香りの、やさしい甘い液体。乾いた体に沁み渡って、涙を補給するイオン。
「本当かどうか、試してみる?」