いっしょにごはん | ナノ


黄色いばらのつぼみ


すごく晴れた日。
今日も海がとてもきれい。

パパのお店にはちっちゃなテラス席があって、こんなお天気のいい気持ちのいい日にはそこはとっておきの「とくとうせき」。
きらきらひかる海を見ながら、おいしいコーヒーを楽しめます。カップルさんにぴったりです。コーヒーが苦手なら紅茶もおすすめ。ケーキもあるよ!



日曜日の午後、『SAE CAFE』は満員。
ちいさなお店はひとでいっぱいで、パパとふじくんがいそがしく立ち働いています。
だけどふたりとも、いそがしそうな顔はぜんぜんしないで、よゆうの笑顔。
あれは接客のプロ根性でしてる笑顔じゃなくて、もとからああいう顔のひとたちなんですね。…おんなのこたくさん泣かせてきたんだろうな…。
なあんて考えてるいじわるなわたし。
べつに、せっかくの日曜日にパパとどこにも行けなくてつまんない、なんてコドモみたいなこと思ってません。
大事なお仕事だもん。いつものことだもん。もんっ。

「…さくら、眉間にしわ」

まゆげの間を、長い指でちょんとつつかれて、わたしはむぅっとしました。

「ダビデくん、女の子にむかってしわとか言ったらだめ!」

わたしの正面に座ってパパ特製『ダビデスペシャル』パフェを食べていたダビデくんは、きょとんとして、それから首をかしげました。

「…だめなのか?」

うっ。
パパよりおっきい体して、外人さんみたいに彫りの深いかっこいい顔して、無造作ふうに整えられた髪型も芸能人よりかっこいい、おとこのひとのくせして。
そんなにかわいい態度ははんそくです!

「だめなの! おぼえといたほうがいいよ、ダビデくん」

「うぃ。さくらといると勉強になる」

…小学1年生にさとされてどうするんですかダビデくん。
ダビデくんはパパのひとつ下だから、31さい。
31さいのおとこのひとがこんなにかわいくていいのでしょうか。

わたしとダビデくんは、テラスのとくとうせきで向かい合って座っていました。
ダビデくんはスペシャルパフェとアイスコーヒー、わたしは黒糖ジンジャーシフォンケーキとキャラメルラテ。
…わたしのキャラメルラテの、コーヒー部分がわたし用にめちゃくちゃうすーいコーヒーになってるのがちょっと不満ではあるんだけど。
はやく、濃いエスプレッソを飲めるようになりたいな。パパのエスプレッソは絶品だってみんな言うもの。

「…さくら、なんか、今日怒ってる?」

きれいな銀のスプーンで生クリームをすくいながら、ダビデくんがおそるおそる、といったかんじで私を見ました。
わたしはにっこりと笑って見せます。

「なんで? なにも怒ってなんかないよ?」

「……」

ダビデくんはちょっと目を丸くして、それからすいっとその目を横にそらすと、

「さくら、その笑顔サエさんそっくり…」

とぼそぼそとつぶやきました。むか。なんでそんな嫌そうに言うのかな!

…ほんとに、怒ってなんかいないんだけどな。
なんかちょっと胸のあたりがざわざわするの。ちりちりするの。ふしぎなかんじ。
怒ってるのとは、ちょっとちがうと思うんだけどな。

だけど、せっかくひさしぶりに遊びにきてくれた(正確に言うと遊びに来たのではなく、オジイちゃんの畑のお野菜を届けに来てくれたんだけど)ダビデくんを居心地悪くさせるのはかわいそうです。
わたしは、このところずっと気になっていたことをさっさと伝えてすっきりしちゃおうと決めました。

「ダビデくん」

「う、うぃ?」

だからなんでそんな怯えたうさぎさんみたいな目をするかなあ。
気に入らないけどまあいいや、とにかく話を進めちゃいます。

「あのね、これ、なぁに?」

「? これ? ……っっ!!」

わたしがテーブルの上に出した雑誌の表紙を確認するなり、ダビデくんはそれこそ彫像のようにぴしりとかたまりました。うん、かっこいい彫像です。

「さくら、これ、どこで…?」

「ふじくんがくれたの。ふじくんの写真が載ってるから」

「不二さん…そ、そうか…」

そう。紅茶を淹れるすがたがあまりにもはまっていてときどき忘れそうになっちゃうけど、ふじくんの本業はカフェの店員さんじゃなくプロの写真家さんなのです。

テーブルの上の雑誌は、ピンクのお花につつまれた白いドレスの女の人が表紙。
いわゆる、けっこんじょうほうしです。
この号の企画は海外ウェディング。ハワイでの挙式を紹介したページに、ふじくんが撮ったハワイの風景の写真が使われています。
青い空と海、とってもきれいな写真です。

数日前ふじくんにこの雑誌を見せてもらって、ふじくんの写真をうっとりと眺めたあと、なにげなくぱらぱらとページをめくっていたわたしはものすごいものを発見してしまって。
口をパクパクさせるわたしに、ふじくんは面白そうに「今度本人に会ったときに聞いてごらん?」と笑いました。…ふじくん、絶対わかっててわたしに見せた。

それが、これ。
わたしは雑誌の表紙をめくって、すっかり開きぐせのついたページを開きました。
ダビデくんがわたわたと目を泳がせます。そんなに怯える必要、ある?

『貸切マナーハウスで、自由なスタイルのウェディング』
たっぷり見開き2ページ使った結婚式場の広告のページ。
他のページとおんなじに、ここでもウェディングドレス姿の新婦さんとタキシードの新郎さんがしあわせそうに寄りそう写真がどどーんと載っています。
新婦さん、とってもきれい。
そして新郎さん、めちゃくちゃかっこいい。
だって。

「これ、ダビデくんだよね?」

写真の新郎さんを指さしてにっこり笑うと、ダビデくんは、あー、とかうー、とかぐるぐる目を泳がせたあとで、あきらめたようにわたしを見て、「…はい」と言いました。

「…俺、昔からサエさんのその笑顔に逆らえた試しない。さくら最強だな…」

「わけわかんないよダビデくん」

「…うぃ」

「ダビデくんモデルさんだったんだね」

「…いや、ほんとにたまに、やるくらいで」

「知らなかったなぁ。教えてくれればよかったのに」

「いやその…はい」

「うん、でもしかたないよね。ひみつにしておきたいことだって、あるよね」

ちょっと下を向いてしょんぼりした様子をつくってみたら、ダビデくんはあわてて身を乗り出しました。

「ち、違うぞ! さくらに知られるのが嫌だったとか、そんなんじゃないぞ!」

…ダビデくん、ちょっとちょろすぎやしませんか。
やだな、心配になってくる。モデル業界のお姉さま方に遊ばれちゃってないかな。

「いいよ。ダビデくん大人だし、わたしの知らない顔をたくさん持ってるんだよね。ふだんわたしと遊んでくれるときは、わたしに合わせてくれてるだけなんだよね。子どもに言えないことだっていっぱいあるよね…」

いじわるすぎるかなと思いながら、本心だったから、言ってしまいました。
ほんとわたし子どもです。
いつもはこんな本音、ちゃんと隠せているのに。
ダビデくんの前では隠したくないの。なんでだろう。

「さくら!」

へ?

きゅうに目の前がまっくらになって、なに?と思ったらダビデくんが席を立ってわたしをだきしめていました。ちょ、ダビデくんくるしい…。

「…悪かった、そんなふうに思わせて。そうじゃなくて…言わなかったのは、その…ただ、はずかしかっただけだ」

「…へ?」

ただはずかしかっただけ? なにが? モデルさんやってるのが?

「なんでぇ!? モデルさん、かっこいいのに!」

「かっこよくない。似合わない服着せられて、変なポーズ取らされて、おかしくもないのに笑わなきゃいけなくて。人形になった気分になる。撮られるのも凄く苦手だし、出来た写真を見るのもいやだ。…だから、言わなかった。悪かった」

「…そ、そうなんだ」

……。
ひとにはいろんな苦手なものがあるんだなあ。
ダビデくんって誰が見ても振り返るくらいめちゃくちゃかっこいいのに、やっぱりものすごく変わってる…。

「あの、そんなに苦手ならなんでやってるの?」

「…お金、結構もらえるから」

…あ、はい、そういう理由。
たしかにダビデくんは決まったお仕事についてなくて、オジイちゃんのところでウッドラケット作りのお弟子さんみたいなことをやりながら、商店街のだれかに呼ばれたら行って大工仕事をするような、べんりやさんみたいなそんざいで。
お金は必要だろうなって思う。

…あ。やだ。
わたし、すごい赤ちゃんみたいないじわる言ってダビデくんこまらせちゃった。
なんであんなこと言っちゃったのかな。

あの写真を見つけたとき、すごく胸がざわざわした。ちりちりした。
タキシード姿のダビデくんのとなりで微笑むウェディングドレスの新婦さん。きれいなマーメイドラインのドレス。こんなの、わたしには着られない。だから。
…なに、このきもち。ぜんぜんわかんないよ。

「さくらを子どもだと思って、合わせたことなんかない。さくらといると自然でいられる。さくらといるときの俺が本当の俺だ」

…うわ。うわー。
わたしをおひめさまみたいに抱き上げて、一体なに言ってるのかなダビデくんは!
はずかしい! うれしいけどはずかしい!

「わ、わかった! さっきのはわたしもちょっといじわるでしたごめんなさい! だからもう下ろしてくれないかな!」

「…さくら、ちゃんと俺のこと信じてる?」

だーかーらっ! 31さいがそんな小動物みたいなかわいい目をするの禁止です!

「信じる信じる! だからダビデくんもう下ろして!」

じたばたするわたしを、ダビデくんがじっとりと疑り深い目で見ています。

そこへ。

「……何をやっているのかな」

すずしげな声が、割り込むように降ってきました。
こんなすてきな声の持ち主はひとりしかいません。

「パパ!」

「…サエさん」

「あのなダビデ。こんなところで人の娘といちゃつくのは遠慮してくれる? 店が凄いことになってるんだけど」

え。
パパのうしろを見ると、お店からテラスにつながる窓のところにお客さんのおねえさんたちがいっぱいいて、みんなしてきらきらした目でこっちを見ていました。
奥でふじくんが体を折ってうつむいているのも見えます。あれ、知ってる。しずかにばくしょうしてるときのふじくんだ。

うお、とか言ってダビデくんはわたしを下ろしました。
やっと足のうらに床がついて、ほっとします。

「あ、やめちゃった、もったいないっ!」

「映画みたいだったのにー」

「さくらちゃんもう1回! アンコール! 写真撮るから!」

…おねえさんたち、今日も元気ですね。

「あ、さくらちゃん照れてる!」

「「「きゃーかわいいーっ!!!」」」

きゃっきゃっ。盛り上がるおねえさんたちの方が、ずぅっとかわいいです。
『SAE CAFE』のお客さんはいいひとばっかりでうれしいなぁ、とちょっと遠くを見つめるわたしです。

「…サエさん怒ってる?」

「どうしてだい? 怒ってなんかないよ」

「…やっぱり親子だ。同じ笑顔怖い…」

「ははっ。ダビデは相変わらず面白いなぁ」

にこにこと笑うパパ。
すごすごと席に戻り、ダビデスペシャルの残りを崩しだすダビデくん。

わたしは。
ざわざわしてた胸はいつの間にかおさまって、すっきりしてます。
ダビデくんのおかげ。
今日はうれしいことたくさん言ってもらえちゃいました。
ひとつも忘れないようにしようと思います。

…お礼のかわりに、さいごにもうひとつわがまま言っていいかな。
きっとまた困らせてしまうけど、その顔を見てみたい気がして。

「ダビデくん、おへやに飾りたいから、この写真にサインしてくれないかな」

ぶーっ!

ダビデくんがアイスコーヒーを思い切り吹き出して、「こらダビデ!」とパパに叱られました。
うん。こうなるのわかってて言いました。ごめんねダビデくん。






「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -