いっしょにごはん | ナノ


ノスタルジック・タウン


1年生になったら、ひとりでおつかいにいってもいい。

パパが約束してくれたこと。
今日、ついに念願の、『ひとりでのおつかい』がかなう日がきました!



「車に気を付けて。道路を渡るときは必ず右左右を見てね! 知らない人にはついていかない。お菓子あげるからとか言われても絶対駄目だよ!」

…パパ、しつこい。
そんなにりきせつしなくてもわかってることばっかり。パパはさくらをどれだけあかちゃんだと思ってるのかな。

もうすぐ夕方になるじかん。
お店の中はぐうぜんお客さんがいなくて、パパとふじくんとわたしの3人きり。
ふじくんはグラスをみがいていて、パパはカウンターの席に座って仕入れ伝票を書いていて、わたしはそのとなりの席にすわっていました。
しゅくだいのプリントはとっくに終わってしまって、裏側に絵を描いたりしながら、3人でお話してました。
わたしのだいすきなじかん。
そして会話の流れで今日の夕ご飯はお魚にしようという話になって、でももうすぐお店が忙しくなるじかんだから、わたしがお魚を買いに行く!ってことになった、はずだったんですけど。

…パパがごねてるのです。
わたしを心配してくれるのはわかってるけど、わたしもう1年生なのにな。
ひとりでおつかいくらいへっちゃらなのに。

むぅ、とだまりこんでいたら、パパはそのきれいな眉毛をきっと寄せて、エプロンを外しかけました。

「やっぱりまだ早い。俺、一緒に行…」

「やだ!」

「…………さくら」

そんなさびしそうな目でこっち見てもだめ!
わたしはずっとパパの役に立ちたくて、お手伝いをしたくて、おかいものだってひとりで行ってパパを楽させてあげたいって、ずーっとずーっと思ってたんです。
やっとのきょかがでた、このチャンスを逃しはしません。

「佐伯うるさい。さくらちゃんならしっかりしてるから大丈夫だよ」

ふじくんがいいこと言いました!

「でも不二…」

「さくらちゃん」

ふじくんはパパをさらっと無視して(ふじくんってきほんてきにパパにちょっとひどい…)カウンター越しにちょっとかがんでくれました。
私の目をのぞきこんで、にっこり笑って。

「ほんとにだいじょうぶ? どうしてもひとりで行きたいの? 君のパパが心配で鬱陶しい人になってるんだけどな」

そう言うふじくんの目にも心配の色が見えたから、わたしははっきりと頷いて、ふじくんの目をまっすぐ見返しました。だいじょうぶだよって。

「うん。わたし、ひとりで行きたいの。車に気を付けるし、絶対飛び出したりしないから。知らない人にもついていかない。走らないで歩いて行くから。行かせて」

「……さくらちゃんって」

ふじくんはなぜだかちょっと間をおいて「ほんと、佐伯に似てる」と笑いました。
え? なんでそこで笑うのかな。
横目でパパが心配そうに見てるのがわかります。
ふじくんは笑った顔のまま、パパと反対側のわたしの耳に口を近づけて、こしょこしょないしょばなしみたいに囁きました。

「…パパを助けてあげたいんだ?」

「……」

ふじくんってまほうつかい?
ときどき、こんなふうにこころを読まれちゃうことがあります。

わたしのへんじを待たずに顔を離したふじくんは、やさしい笑顔のまんまで、だいじな話をするときの声を出しました。

「さくらちゃん。君のパパは君を子供扱いしてるんじゃないよ。ただ君が大事なんだよ。わかるよね?」

「…はい」

そう。ほんとはよーくわかってる。
むっとしたりしてさくらはちょっと赤ちゃんみたいでした。
つん、と隣のパパの服をひっぱって、「ごめんなさい」と小さな声で言いました。

「…さくら。…いいよ。わかってるから。俺も心配し過ぎてごめんね」

パパの顔は見られなかったけど、あったかいてのひらが頭をなでてくれて、降ってきた声がいつも以上にやさしかったから。最上級の、とろけそうな、あまーいあまーい顔で笑ってるってわかりました。
…パパのこの笑顔、うっかり見ちゃったお客さんはみんなノックアウトされちゃうくらいすてきで。ほんとパパってずるいなぁと思います。

「君のパパも僕も、君に何かあったら平気じゃいられないからね。君が帰ってくるまでずっとそわそわしてるってこと、ちゃんとわかっていてね」

…パパに負けず劣らずやさしいふじくんのことばを、しっかり聞いて。
それからたくさんのお約束をして。ひとつひとつ、指折りかくにんして。

さくら、はじめてのひとりのおつかいです!



六角の商店街はだいすきです。
夕方は特にすき。いいにおいがして、元気があって。
ここでおいしいものを買ってこれからおうちに帰って夕ご飯をつくるぞってひとたちと、おいしいものを安く売ってあげたいぞってお店のひとたちの声であふれてる。

わたしはぴろぴろしたビニール製のお花の飾りが下がってるアーケードの下を、ひとのあいだをすり抜けながらすいすい進みます。
手にはかわいいマルシェかご。去年ふじくんがパリに行ったときに買ってきてくれたおみやげです。「この街には似合うと思って」って。
パパとお買い物に来るとき、いつもこのかごバッグを持って行きます。

でも、きょうはひとり。

いつもパパとつないでいる左手がちょっとだけさびしいけれど、わたしがひとりでおつかいに行ってるあいだに、パパはお店のことができるもの。
わたしはまだこどもでパパに頼ることばっかりで、パパはパパの役わりもママの役わりもしなくちゃいけなくて。だけど、わたしもパパに頼られたいの。わたしたちはふたりきりの家族だから、たいとうなかんけいになりたいんです。
今日はそのための第一歩です。

夕方でもまだ早いじかんで、お店の軒先の電球はまだ灯っていません。オレンジのあかりが灯るところ、だいすきなんだけど。
でもそんなじかんのおつかいは、さすがにパパもふじくんもまだ許してくれなそう。

わたしはまっすぐに目的のお店に入って行くと、元気にあいさつをしました。

「さとしくん、こんにちはー!」

『こんばんは』の方がよかったのかな。でもまだ明るいから『こんにちは』で間違ってないよね?

「いらっしゃい! …れ? さくら、ひとりなのか? サエは?」

威勢よくあいさつをかえしてくれたお兄さんは、しゅどうさとしくん。パパのおともだちで、お魚屋さんです。
今日もぴしっとはちまきをして、黒い長ぐつをはいて、腰に白いエプロンをきゅっとしめてる、かっこいいお兄さん。
…パパとふじくんもそうだけど、かっこいい男のひとがエプロンするとかっこよさ倍増です。どうしてでしょ。

「今日はひとりでおつかいなの」

えっへんと胸を張ると、さとしくんは素直にへえ!と感心した顔をしてくれました。

「えらいなーさくらは。さすが1年生」

「えへへ」

…ほんとはね、えらくもなんともないって思ってるけど。
まだまだこんなんじゃたりなくて。もっともっとパパのお手伝いができるように、はやくなりたいんだけど。
でもすなおにほめられたのはうれしくて、はずかしくて笑っていると。

「…え、何、さくらひとり? よくサエさん許したね」

後ろから、すごくいい声がしました。パパより低くて大人っぽい声。

「ダビデくん!」

勢いよく振り返って飛びついちゃう。ダビデくんは「うおっ!」と驚きながらも、少しもよろめかないでしっかり受け止めてくれました。
わたしが全力で飛びつくと、パパだったらちょっとよろめいちゃうんだけど。ダビデくんはさすがです。がっしりした固いからだ。

「よ、ダビ。いらっしゃい。今日はオジイのおつかいか?」

「うん。なんかおすすめくれる?」

「よっしゃ、ちょっと待ってな。さくらは今日はどうすんだ?」

さとしくんに訊かれて、あっそうだ注文まだだった!って思いだしました。ぐうぜんダビデくんに会えたのがうれしくて、ちょっと頭から飛んじゃってました。

「えっとね、パパからのでんごんで、お夕飯に焼くおさかなを3切れ、しゅるいはさとしくんにおまかせで!」

パパから言われていた通りに、かごバッグからがま口のおさいふを取り出して、そのまんまさとしくんに渡しました。

「了解。さくらもちょっと待っててな」

おさいふを受け取って、ダビデくんにはりついたままのわたしの頭をぽんぽんってやさしくたたいて、さとしくんはてきぱきとお店の中を動き回ります。
さとしくんのお店のお魚は、みんなぴちぴち、つやつや。目なんてきらきら。
他にもお客さんはたくさん来ていて、さとしくんは迷ってるひとには「今日はこれがおすすめ」「こいつは醤油と味醂でさっと煮るとうまいっすよ」なんて声をかけながら、手は素早く動いてて。プロです。かっこいい。

「さくら、今日はサエさん店忙しいの?」

さとしくんを眺めながらダビデくんが訊いてきて、「そうじゃないけど、今日はわたしひとりなの」って答えました。
ダビデくんはじぃっとわたしを見下ろして、ひとこと。

「……さくらはがんばってるんだな」

がんばってる。
えらいってほめられるよりもずっとうれしくて、わたしはまたダビデくんに飛びついちゃいました。
ダビデくん、だいすき!

…そうそうダビデくんのごしょうかいを忘れてました。おさっしのとおり、このひともパパのおともだち。こうはいさんです。
ものすごくかっこよくて(パパの次くらいに!)、背が高くて(パパよりも!)、大工さんみたいにいろんなものを上手につくる魔法の手を持っているお兄さんです。
あんまりしゃべらないから一見ちょっとこわそうに見えるけど、すごーくすごーくおもしろい人なんです。

「ダビデくん、この頃うちに来てくれないからさびしかったよ」

「悪い、ちょっと忙しくて…忙しいときにはいそ…」

「よっ! おまたせ!」

ダビデくんがなにか言おうとした続きを遮って、さとしくんが威勢よく戻ってきました。
オジイんとこにはこれな、こっちがさくらの分、とダビデくんとわたしにそれぞれビニール袋を渡してくれて、「お釣り」とがま口を返してくれました。
ダビデくんの分のお会計も済ませると、さとしくんは

「んじゃさくら、気をつけて帰れよー!」

元気よくお店に戻って行きました。お客さんがたくさん待っていて、忙しそう。

「はぁい。またねさとしくん! おしごとがんばって! ……ダビデくん今なにか言いかけた?」

「…………いや、いい」

ダビデくんはなんだかふくざつなかんじで黙ると、目線でわたしをうながして帰り途をたどり始めました。



大好きな商店街を、ダビデくんといっしょに歩きます。
パパと歩くときとちがって手はつながない。でもとなりでならんで。

足の長いダビデくんがわたしの歩く速さに合わせてくれるのがうれしくて、なにも話さなくても、八百屋さんのぴかぴかのトマトとか、お肉屋さんから流れてくるあげたてのコロッケのおいしそうなにおいとか、おんなじものにこころひかれてるのがわかります。

ダビデくんといると、とってもたのしい。
話さないのに、会話してるかんじ。
わたしはまだちっちゃくて、パパやふじくんみたいにむずかしいことを言えないし、自分の気持ちを上手に伝えることすらときどきできないけれど。ダビデくんとは、もっとずっとちっちゃいころから、ことばじゃなくてたくさんのことを会話してる気持ちになれて、いっしょにいるとすごく楽なんです。ふしぎ。



商店街の端までいっしょに歩いて、わたしの家は右、ダビデくんが帰るオジイちゃんの家は左、って分かれ道。
さびしいけどばいばい、またお店にあそびにきてねって手を振ろうとしたのに、ダビデくんは右の道に足を進めました。

「…ダビデくん?」

「もう少しいっしょにいたいから。送らせて」

…いっしょにいたいからって。
心配だから、ってこどもあつかいじゃない言い方をしてくれるのがうれしいな。
にこにこえがおが止められなくなって、子犬みたいにダビデくんの腰にまとわりついちゃいます。

「ダビデくんだいすき」

「俺もさくらがすき。さくらといるとなんか楽しいし」

「いっしょだね!」

「うぃ。いっしょだな」

商店街からお家へ。歩いてすぐの道のりが、今日はちょっと物足りません。
もっともっと、長くたっていいのにな。





…あーあ、あっという間に家についちゃいました。ざんねん。

ダビデくんとおわかれするのはかなしい。でもパパのところに帰ってきたのはうれしい。ふくざつな気持ちでお店のドアを開けました。
ちりんちりん、ドアについてるベルがかわいい音を鳴らして、

「さくら!」

カウンターの中からパパが思いっきりの全開の笑顔でお出迎えしてくれるから。
…あー、お店の中にいっぱいの高校生のおねえさんたちから「きゃーっ」て悲鳴が上がってます…。パパ、うかつにそのキラキラ笑顔ふりまくのだめです…。

「ただいま…」

「おかえりさくら! だいじょうぶだった? なにか困ったことなかったかい? もちろん全然心配なんてしてなかったけどな!」

「……うん、だいじょうぶ。ちゃんとおさかな買ってきたよ」

かごバッグを渡すと、パパはあからさまにほっと顔で「ごくろうさま」と微笑んであたまをなでてきました。

「えっ、さくらちゃんひとりでおつかい?」

「すごい! えらいねえ!」

ヤバイいまのみた?ちょうかっこいい!写メ写メ!なんて騒いでいた常連のおねえさんたちが、びっくりしてわたしに声をかけてくれました。
…またほめられちゃいました。えへへ、なんて笑ったら、またまた「きゃーっ!かわいい!」の合唱で、ちょっと耳がいたいですおねえさん方…。

「サエさん」

わたしの後ろからダビデくんがのっそりと入ってきて、パパにちいさく挨拶しました。

「ダビデ。ひさしぶり」

「うぃ」

「さくらを送ってくれたんだ。ありがとな」

「いや、俺も一緒に歩きたかったから。…さくらをひとりでおつかいに出すなんて、サエさんも大人になったんだね」

「ははっ。どういう意味かな?」

苦笑しながら「何か食べてく? ダビデスペシャルつくるよ」と尋ねるパパに、ダビデくんは「いや、今日はオジイのとこに泊まるから。これあるし」と生のお魚の入ったビニール袋を持ち上げて答えました。…帰っちゃうのかあ。さびしいな。
あ、ちなみにダビデスペシャルとは、あまいものがだいすきなダビデくんのための、とくべつ仕様のパフェのことです。

「じゃあまた来る。…ばいばい、さくら」

手を振って帰ろうとするダビデくんを、「ちょっと待ってダビちゃん!」と引き留めたのはふじくん。

「うぃ?」

「これおみやげ。オジイにもよろしくね」

ふじくんがダビデくんに手渡したのは、かわいいちいさい紙袋。中身はたぶん、お店用の焼き菓子です。ふじくんのマドレーヌはすごくおいしいんです。

「ありがと不二さん。じゃあまた」

一見無表情なんだけど、よーく見ると嬉しそうなのがわかる顔のダビデくんは、入ってきたときと同じくちょっと窮屈そうにドアをくぐって行きました。
ちりんちりん。

ドアが閉まってしまうと、お店の中はいつも通り。
おねえさんたちのおしゃべりでいっぱいのにぎやかさ。
その中からかすかに「今のひとかっこいいよねえ」「でもちょっと怖そう」なんて会話が聞こえて、ダビデくんはぜんぜんこわくないんだよ!って教えてあげたくなりました。だけど同時に、ひみつにしておきたい気持ちもなぜかあったりして。
ダビデくんはふしぎ。

「さくらちゃん、ごくろうさま。キャラメルミルクティー飲む?」

「んー…」

ふじくんのキャラメルミルクティーのゆうわくはとっても捨てがたいんですが!
わたしはちょっとだけ悩んで首を振りました。

「いい。わたし、ダビデくん送ってくるね」

「うーん。でもそれだと、ダビちゃんに送ってもらった意味がなくなっちゃうような…」

わたしの返事がわかってたみたいに、くすくすと笑うふじくん。

「だいじょうぶ! すぐそこまでだから」

ふじくんに答えながらパパにも目を向けると、やっぱりやれやれってかんじで笑ってました。

「すぐ帰ってくるんだよ。もう暗くなるからね」

「はぁい」

いいお返事をして、急いでドアを開けます。ちりんちりん。

いつの間にか外はすっかりオレンジいろ。
ダビデくんは……ああもうあんなに遠くに!
わたしといっしょのときはゆっくり歩いてくれてたけど、ひとりだとダビデくんの歩く速さはうんと速い。足、すっごく長いもんね。

わたしは、坂の下の曲がり角の向こうに消えようとしているひとを急いで追いかけました。






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