ボーイ・ミーツ・ガール
「佐伯さくらっておまえ?」
「へ?」
給食のあとのおそうじのじかん。
しょうこうぐちをほうきで掃いていたら、いきなりなまえをよばれて。
かおをあげたら、背の高い男の子がたっていました。
…6年生くらいかな。
パパよりはひくいけど、ふじくんくらいはあるかも。
「そうですけど」
答えたら、ふうん、なんて言って、わたしをじろじろとながめてる。
なにこいつ。…あ、しつれいしました、このひと。
高学年は、1年生から見たらおとなみたいなものです。
わたしはほんとうのかっこいいおとなのひとをしってるから(パパとかふじくんとか!)、いくら背が高くてもまだまだがきんちょだなって思えるけど、いっしょにそうじしてた他の1年生の女の子たちなんて、ほら、離れたところでかたまっちゃってる。
「なにかごようですか?」
ほんとになんの用? おともだちがこわがってるじゃない!
ちょっといらいらしながら聞くと(ごめんなさいわたし気がみじかいの)、男の子はびっくりしたかおをしました。
「用ってほどのことじゃないけど」
じゃあなによう。おそうじのじゃまだからどいてほしいなあ。
「たすくが、かわいいかわいいってうるさいから。どんな子なのかと思って」
…………?
「…たすく?」
「高坂たすく。登校班一緒なんだろ」
「あ、高坂くんのこと」
高坂くんは家が近くて、同じ登校班の班長さんです。6年生。
高坂くんとおともだちなのかな、この子。やっぱり6年生かな。
…って、かわいいって聞いたから見に来たって。ガキんちょか!
6年生にもなって男の子ってほんとバカみたい。
やっぱり男のみりょくは、パパくらいの年になってからです。
「わたしがさえきさくらです。よろしく。で、あなたはどなたですか」
「…おれのことしらない?」
「しりませんけど」
「…そう」
がく、なんてうなだれてる。へんなひと。
どうでもいいけど、はやくどっか行ってくれないかなあ。おそうじの時間が終わっちゃう。
「こーら西森! なに1年生いじめてんだ?」
そこへ、からかうような声が降ってきた。あ、この声。
ぽすん、と6年生の彼の頭を軽く出席簿で叩いて割り込んできたのは。
「バネちゃん!」
「げっ、バネ! なんだよ、いじめてないよ。話してただけ。な、さくら?」
「お前らなぁ…黒羽先生、だろ!」
口ではそう言いながらも面白そうに笑ってる、くろばねはるかぜせんせい、ことバネちゃん。
6年生のクラスの先生です。
それからそれから、パパのおともだちで、お店を直してくれたなかまのひとりです。
わたしはちいさいときからしってます。えっへん。
「話してただけぇ? へえぇ」
バネちゃ…くろばねせんせいはすごくたのしそうに笑って、男の子の頭の上の出席簿をぽすんぽすん弾ませました。
「なんだよ! ほんとだって。な、さくら! おれいじめてないよな?」
…どうでもいいけどこのひと、『さくら』って。なんでいきなりよびすて?
おそうじをじゃまされていらっとしてたのもあって、わたしはぷいとそっぽをむいてみました。
「しりませーん」
「1年生はこう言ってるぞ〜。どうなんだぁ? 西森」
「さくらー!」
…西森くんっていうのか。
さっきまではおおきく見えた6年生も、バネちゃ…くろばねせんせいの前だとすごくこどもっぽい。
やっぱり、小学生なんてまだまだだなー。
「それよりお前、掃除は?」
「音楽室! もう終わったし先生のOKももらったよ! おれはちょっと、たすくの話でこいつがどんなやつか気になって…」
むか。…どんなやつ、とか。
なんで男の子ってこうことばづかいが乱暴なのかな。
パパは絶対、そんなこと言わないのに。
「さくら!」
もうよびすて決定なのね。気に入らないけど、話が進まないから「なんですか」ってお返事してあげました。わたしオトナです。
「おまえさ、ハハオヤいないってほんとか?」
「へっ?」
「わ、西森このバカ!」
とつぜん思ってもないことを聞かれてわたしがぽかんとするのと同時に、バネちゃ…くろばねせんせいの出席簿がばしんと音を立てて西森くんの頭に落とされました。
あ、これってぎゃくたいになっちゃうんじゃないのかな。バネちゃんだいじょうぶ?
「おっまえなあ! 何いきなりプライベートなこと突っ込んでんだよ! 相手の気持ち考えてからモノ言え! しかも相手は1年生の女の子だぞ」
「なんだよ! おれはべつに…」
「お前に悪気がないのなんてわかってるよ。てか悪気があったらこんなもんじゃすまさねー。あのな、人にはいろいろ事情があって、何がそいつの地雷になるかわかんねえの。悪気がなきゃ何でも聞いていいってもんじゃねえの。6年ならそんくらい考えろ」
バネちゃんいいこと言いますね。さすがせんせい!
…わたしは、ちょっと考えました。
おかあさんいないのって訊かれることは、じつはぜんぜんめずらしくない。
せけんはバネちゃんみたいに考えてくれるひとばっかりじゃなくて、いい年した大人のひとほど遠慮なしに訊いてくるものなんです。
でもそのたびにちょっとなやんでしまうんです。
ママは、いない、わけじゃないと思う。ちゃんと元気にしてるってパパが言ってるから。でも一緒にはいない。離れて暮らしてるし、覚えている限りでは話したこともない。
それはいっぱんてきに、せけんてきに、「いない」ことになる、の?
うーん。
わたしが下を向いてだまってしまったせいか、西森くんはなんだかあわててことばを続けました。
「だからどうって訳じゃねーけど! なんかそう聞いたから。おれんちもチチオヤいないし、だからどうって訳じゃねーけどっ。だからその…、そのことでなんか言ってくる奴とかいたら、おれに言えって話! おれががつんと言ってやっから!」
どもりながら、一気に喋る西森くん。
わたしの周りには、わかりやすくムダにすらすらと話すひとが多いから(パパとかふじくんとか!)わたしはきっと同世代のことばの『どっかいりょく』にかけているんだと思います。すぐには彼の言ってることが飲み込めませんでした。
だけど……ああ、そういうはなしか。
おれが守ってやる的な。
てゆか西森くん、今あなたがわたしに「そのことでなんか言って」きてるんですけど、それについては気にしない方向でってことなのかな。
とりあえず西森くん。
「わざわざそれ言いに来たの?」
「お前、んなこと言う為にわざわざ1年の昇降口まで来たのか?」
あ、敬語ぬけちゃった。そしてバネちゃ…くろばねせんせいとせりふかぶった。
「そうだよっ!」
下級生と先生に呆れた顔をされて、赤くなる西森くんはちょっとかわいいです。
「…だってさ。どうするさくら?」
バネちゃ…くろばねせんせいがにやにやしながらこっちを見ました。また楽しそうな顔になってる!
どうするって、うーん。
「んと、ママはいないわけじゃなくて、遠くで元気にしてます。パパとはりこんしてわたしはパパと住んでるから会ってないってだけです。でも、ふつうの言い方で言えば、ママはいないってことになるのかも。で、そのことを訊いてくるひとはいっぱいいますけど、こうやって自分でちゃんとせつめいできるし、そのことでからかったりいじわるをいってくるようなコドモはようちえんのころから相手にしてないから、西森くんになんとかしてもらわなくてもぜんぜんへいきです」
「……あ、そう」
西森くんはちょっとへんなかおをして、バネちゃ…くろばねせんせいはぷっと吹き出しました。
バネちゃんは絶対、わたしがこう答えるのわかってて聞いてました。
「しっかりしてるだろ、こいつ。西森もちょっとは見習え」
「んだよう」
西森くんの髪の毛をわちゃわちゃかき回すバネちゃんは、生徒がかわいくてしかたない!ってかおしてる。楽しそうです。
パパとも時々こんなふうにじゃれてるけど、そのときとはまた違うかおなんだなぁ。
パパのおともだちの、パパの知らないかおを見られるっておもしろい。
「っとにかく、それだけ! あとおれは西森はやと、児童会長! 覚えといても損はないと思う! じゃ、またなさくら!」
バネちゃんのかわいがりこうげきから逃れた西森くんは一気にまくしたてると、すごい速さで走って行ってしまいました。…逃げるねこみたい。あと児童会長さんだったんだ。自分のこと知らないって言われてへこんでたのそのせいか。
「こら! 廊下を走るな! …じゃあな1年生、掃除の邪魔して悪かったな」
バネちゃんはわたしの頭もくしゃりとなでて、少しはなれたところでこっちを見ていたクラスの女の子たちにもなにかやさしく声をかけて頭をなでで、それから大股で西森くんが走って行った方向にずんずん去って行きました。
あっという間にちいさくなる背中。
バネちゃん…それ、たしかに走ってないけど、ふつうのひとが走るくらいの速さはあるんじゃないかな…。
「きゅうにびっくりしたぁー!」
「さくらちゃんだいじょうぶ?」
女の子たちがわっと集まってきました。なんだか魔法がとけたみたい。
「だいじょうぶ。こわいひとじゃなかったし」
「さくらちゃんすごいね! せんぱいと普通に話せるなんて!」
「あはは」
それはまあ…お兄さんみたいなひとたちに慣れてるから。
何度も言うけど6年生なんてぜんぜんこどもです。
「でも西森せんぱいやっぱりかっこいいね!」
「ねーっ!」
「ええ!?」
ひとりの子がぼうっとしたかおで言ったせりふにみんながうんうん頷くから、わたしはびっくりしました。
今のってかっこよかったの!?
「朝礼の時いつも思ってたんだ」
「わたしもわたしも!」
「さくらちゃん話せていいなぁ」
……。
えぇー…。そうなんだ…。
女の子にもてるひとだったんだ。知らなかった。
わたしはとりあえず、あはは、と笑っておきました。
パパとかふじくんとかダビデくんとか…テレビにでてくる俳優さんよりかっこいいひとが周りにふつうにいるから、たぶんわたしの目はかなり厳しいんだと思います。
だってパパとかさ…ほんともう、ありえないくらいかっこいいし。
やさしいし、あたまもいいし、声もすてきだし、お料理もできるし…。
カンペキです。ちょっとセンスおかしいところとか抜けてるところはチャームポイントです。
パパと暮らしてたら、男の子に対する基準がありえないほどあがっても仕方ないと思うの。
わたし…しょうらいカレシとかちゃんとできるのかな…。
すこし不安になった、おそうじの時間でした。
あっ。おそうじの時間だったんだ!
はやく片付けて、5時間目をこなして、さっさと帰らなきゃ!
パパのところに!
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