いっしょにごはん | ナノ


なにもなくてもとくべつな



ちりーん。
風鈴の音って、すずしげです。

風鈴。
風の、すず。すてきな名前の、音をかなでるもの。
ガラスの風鈴をパパがSAE CAFÉの窓辺につるしたとき、ふじくんはびみょうな顔をしていました。ふじくんはパパにかわってお店のふんいきづくりを大事にしてくれているひとだから、いかにも「じゅん・和風!」な風鈴と、洋風な白い板ばりのお店との相性を気にしたんだと思います。わたしもちょっと、気になりました。だけどふじくんとわたしの心配をよそに、ガラスの風鈴はふしぎとSAE CAFÉになじみました。まるで最初からからそこにあったみたいに。

ちりーん。ちりーん。
今日は風が強いから、風鈴の音はたえまなく。音色はすずしげ。
…だけどね、じっさいはぜんぜんすずしくないの。暑い、です。すごぉく。
気温はなんと35℃もあります! あとたった1℃で体温に追いついちゃう。窓から吹きこむのは、すごくあつい、熱風です。遠くの海に台風があるから。風があるのに暑いっていう、なかなかしんどい日です。まあ、風がぜんぜんないのにくらべたらまだマシなんだと思います。…こんなあつい風でも…そう、冬の日にファンヒーターから出てくる風みたいでも…。

「さくらちゃん、大丈夫? 汗びっしょりだよ」

そう言って不二くんが持って来てくれたガラスのグラスも、汗をいっぱいかいていました。とうめいなグラスに入ったレモネード。ミントの葉っぱがちょこんとのっています。すごくかわいいです。わたしののどがごくりと鳴りました。

「しっかり水分摂ってね」

「ありがとう、ふじくん」

「佐伯も。このままじゃ全員で倒れちゃうよ」

「はは、そうなったらさすがに笑えないなあ」

いつもはさわやかなパパの笑顔も、今日はさすがに疲れて見えます。わたしもパパもふじくんも、みんな暑さに弱いほうではないのですが…。それでも、今日は、いくらなんでもあつすぎ!

「こんな日にエアコンが故障するなんてね…」

ふかぶかとため息をつくふじくん。ははは、とかわいた笑いを見せるパパ。
そうなんです。とても暑い日の今日、SAE CAFÉのエアコンは急に変な音を立てたきり動かなくなってしまったのでした。もちろんすぐに電器屋さんにれんらくしました。おせわになっている、商店街のいつもの電器屋さん。とてもたよりになるの。でもね、夏の日にエアコンがこわれる家はうちだけじゃなかったみたいです。よくあること、なんだって。しりませんでした。
「何時になるか約束できないけど必ず行くから」と言ってくれた電器屋さんを待って、お店はりんじきゅうぎょうにして、わたしとパパふじくんは今、お店のテーブルでだらだらしています。もじどおり、「だらだら」しているの。あつくて他にできることがないからです。

「さくらちゃん、せっかくの休みなのにね。これなら学校に行ってた方がまだよかったんじゃない?」

「うーん…。でも、学校もあついから…。教室はなかなか風が入らないから、教室よりはこっちのほうがましだと思う…」

「えっ、さくらちゃんの学校ってエアコンないの?」

「うん。職員室とコンピューター室にしかないの」

「えええー…」

ふじくんが本気でびっくりした顔をしました。パパがくすくす笑いました。

「そりゃ青学は冷暖房完備だっただろうけど。この辺の公立にはまだエアコンはないなー。六角にもまだないと思うよ」

「それ大丈夫なの? 授業中に熱中症にならない?」

「うーん。あついけど、まあなんとか…首に水でぬらしたタオル当てたりしてる」

「タオル…」

「あっ、それいいな!」

引き気味のふじくんと、ポンと手を叩くパパ。

「えっ佐伯まさか…」

「ちょっと待ってて不二、さくら! タオル濡らしてくる!」

不二くんが何かを言う前に、パパはカウンターうらへ飛んで行ってしまいました。

3分後。
わたしとふじくんとパパは、首に六角商店街のロゴ入りタオルをまいて、六角商店街の広告入りうちわでパタパタとお互いをあおいでいました。「塩分も摂らないとね」ってパパが持って来た、キュウリとナスのおつけものをポリポリ食べながら。

「……こんな姿、誰にも見られたくないよね」

ふじくんがボソリと言いました。パパはキョトンとしています。

「えっ。なんで? 似合ってるよ?」

「…佐伯それ本気で言ってる?」

「え? 不二はいつも通りかっこいいよ? ね、さくら」

「うん。ふじくんは汗だくでタオルまいておつけものポリポリ食べててもかっこいいしきれいだよ」

「……君たち、本当に親子だよねえ」

ため息つくみたいに笑うふじくんは、すごくやさしい目をしていて、大好きだなって思いました。ふじくんは時々こういう目でわたしとパパを見ます。わたしはその目を見るとむねが苦しくなるような、ふしぎなきもちになるんだけど…。

「うん。親子だよ」

キュウリをポリポロかじりながらにこにこ笑うパパは、いつものパパです。
でもほんと、ふたりともそんなカッコしててもかっこいいから、すごいなあって少しあきれちゃう。なんでキュウリのおつけもの(丸ごと一本)をかじりながらキラキラしていられるのかなあ…。パパもふじくんも、おでこに汗をいっぱいかいているのに、その汗もキラキラ光ってさわやかに見えちゃうの、ふしぎです。かっこいいってオトクですね。
いいなあ。わたしなんて汗だらだらで髪の毛ぴったりはりついちゃって、はずかしいです。わたしはふじくんがいれてくれたレモネードをごくごく飲み干しました。あまくてすっぱくて、きゅうってなります。ふじくんのレモネードと、パパのシソジュースがわたしの夏の飲み物。きっと、大人になっても忘れないと思います。

ちりーん、ちりーん。
風鈴はきれいな音を立てるけれど、入ってくる風はやっぱりあついまま。わたしのおでこに貼りついた前髪を、パパがそっとはがしてなでてくれました。すぐにまたくっついちゃうんだけど、そうしたらまたなでてもらえるからいいってこっそり思ったりして。

「…臨時休業なんて。オフなんて久し振りなのに、この暑さじゃ何をする気にもなれないね」

「そうだねー。さすがにこれは、動くのが危険な暑さだよね」

ふじくんとパパが苦笑しました。いつもいそがしく働いているふたりが、ただぐったりとすわって、だらだらおしゃべりをしている……たしかにめずらしい光景です。
暑さはきつくてつらいけど、こんな時間がもてることってないから、ちょっとだけ、こわれちゃったエアコンにありがとうって思いました。…や、あつくてもうほんとに、つらいんだけど…、でも。

「夏メニューでも考えるかー」

「フローズンドリンク系? アイスティーの種類増やすのもいいよね。シトラスフレー
バーで。グレープフルーツとか」

「わあ、おいしそう!」

「かき氷もいいよなー」

「かき氷か…。でも難しいよね、美味しいの作るにはいい機械入れないとだし。せっかくならフワフワの食感のやつで、エスプレッソとアイス添えて出したいし」

「え? 普通のブルーハワイとかでよくないか?」

「却下。ブルーハワイはあり得ないから」

「ええ〜?」

そういえばブルーハワイって何味なんだろう? 色はキレイで好きだけど、あれ食べると舌が青くなっちゃうんだよねえ…。

「あとやっぱりさ、夏と言えば焼きソバかな。フランクフルトとか」

「うーん…。佐伯、君ねえ、やっぱり発想が海の家なんだよね…。もっとこう、カフェを意識しようよ」

「海の家いいと思うんだけどなー」

「や、いいけどね。僕も海の家は好きだし。でもこの店の外観も考えよう? せっかくダビちゃん達がお洒落な舞台作ってくれたんだし、君も黙ってればイケメンなんだし、ある程度店のイメージは大事にした方が、長期的に安定した経営に繋がると思うんだよ」

「……不二って本当に頼りになるよね。ありがとな、いつも。感謝してるよ」

「佐伯……」

「それで、限定メニューとしてウニの貝焼きを加えるっていうのは」

「却下」

やっぱりあつさのせいで、パパもふじくんもちょっとヘン。ふだんならこんなまじめな話、わたしの前ではしないのに。

「そういえばさー」

いきなりパパが笑い出して、わたしとふじくんはぎょっとしました。

「佐伯?」

「パパ? 暑さでおかしくなっちゃった?」

「いや、そうじゃなくて…。この前さ、店のお客さんに不二の事訊かれたんだ。あれは絶対不二に気があるね。本当モテるよね、不二は」

「…………」

ふじくんはあきれた顔をしました。わたしもこっそりため息をつきました。
ふだんお店のお客さんにモテモテなのは、ふじくんもそうだけどパパもです。パパにせっきょくてきなアプローチをしてくる女の人はたくさんたくさん、ほんっっとうにたくさんいるのに、パパだけがそれに気付いていません。そのくせ、「モテるよね、不二は」って。ひとごとだと思ってうれしそうにしてる場合じゃないと思うんですけど。

「佐伯、それ、アイスラズベリーラテとケーキの人?」

「あ、そうそう。よく分かるな不二。もしかしてもう告白されたとか」

「……あのお客さんだったらね、佐伯。目当ては君だよ」

「えっ?」

「えっ?」

パパとわたしの声がかぶりました。ふじくんはいっしゅん目を丸くして、それからくすくす笑いました。

「本当に分かってなかったの? 信じられないね。あの人はね、僕が君の恋人なんじゃないか気にしてカマかけてきたんだよ」

「えっ」

「えっ」

ぜっく。ボウゼン、です。
不二くんはおかしそうにくすくす笑って、「ちゃんと否定しておいてあげたよ」と言いました。

「ふふ、そんな顔すると本当にそっくりだよね。もちろんさくらちゃんのほうが可愛いけどね」

笑いながら、また汗でおでこに貼りついてたわたしの前髪をそっとすいてくれるふじくん。でも、ふじくんのその手つきだって、さっきのパパにそっくりでした。とてもとてもやさしい指。

「さくらちゃん、大丈夫? おでこ熱いよ。ほてってる」

「え?」

「ああ、ほんとだ。さくら、顔真っ赤だよ。タオル貸して。冷やしてくる」

ふじくんとパパが急に心配そうにわたしを見て、びっくりしました。
たしかにあついけど…。

「でも…だってそれは、今があついから。ほてってるのはみんないっしょだから、おんなじだよ。パパだってふじくんだってそうでしょ?」

わたしが言うと、パパとふじくんは顔を見合わせて肩を落としました。

「確かに…」

「まあこの気温じゃね。さすがにね。頭のネジも飛んじゃいそうだよね」

「もう海に飛び込むしかない。熱中症を回避するには」

パパがまじめな顔で言いました。

「でも、電器屋さんいつくるかわかんないんでしょ? 海に行ってるあいだに来ちゃったらこまるんじゃないかなあ」

「その時はその時だ。海からもここ見えるし、トラック来たら多分分かる。多分」

「えー? そうかなあ…」

「大丈夫だよさくらちゃん。それに、この調子だとあと数時間は来なそうだし」

めずらしくふじくんも乗り気です。ふじくん、ふだん海に散歩に行くことはあってもおよぎに行くことはほとんどないのに。それくらい今日の暑さがやばいってことですね。
それぞれ水着着て、その上にかんたんに服を着て、サンダルにタオルだけ持ってお店を出ました。ドアの『CLOSED』の札の横に、「海にいます。叫んで呼んで下さい」ってメモをくっつけて。いいのかなあ、こんなんで…。
外もギラギラに暑いけど、それは中にいたときと大して変わりません。海に続く坂道はほそうされてなくてすべりやすいから、パパとふじくんがわたしをまんなかにして手をつないでくれました。

「海の家でブルーハワイ食べよっか」

にこにこ笑うパパに、ふじくんがツッコミの気力もなくしたのか「たまにはいいかもね…」とうつろに笑っています。やっぱり今日は暑すぎるの、はやくふたりをつめたい海の水につけなくちゃ!ってわたしはあせって早足になって、「こらこら」ってふたりに笑われました。

キラキラ光る海が呼んでいます。はやくおいでって。

今日はきっとなんにもしないで終わっちゃうなあと頭のすみっこで思いました。だらだらして、海に入るだけの日。でも、今日もたのしい、大好きな、大事な日。ふじくんのレモネードとおんなじに、大人になっても忘れずに何度でも思い出すって。そんな気がしました。







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