いっしょにごはん | ナノ


コットンキャンディをあなたと



ある3月の、お天気のいい、にちようび。
わたしはダビデくんといっしょにおジイちゃんちの畑の、じゃがいもの植えつけをおてつだいしました。
六角中テニス部よびぐんっていわれてる小学生の男の子たちもいっしょでした。わたしと同じ小学校の子もいれば、ちがう学校の子も。オジイちゃんはたくさんの子のテニスを見てあげてるから。
とちゅうから、今の六角中テニス部のおにいさんたちも来てくれて、さぎょうはあっというまに終わりました。

「これで夏にはおいしいおいもが食べられるねー」

「そうだな」

並べたたねいもの上にやわらかい土をお布団みたいにやさしくかけて、わたしとダビデくんはホクホクです。わたしたち、ふたりともとっても食いしんぼうなので。えへへ。
それに、パパがつくってくれるポテトサラダやじゃがいものパンケーキはすごーくおいしいのです!

「でもいちばんおいしいのは、やっぱりじゃがバターかなあ」

「確かに。でも掘りたてのイモを素揚げして塩をかけただけのフライドポテトも捨てがたいぞ」

「ああっ、フライドポテトもいい!」

わーん今すぐ食べたい!
ダビデくんとわたし、手をとり合ってちょっとじたばたしちゃって、そばにいた六角中のおにいさんたちに笑われました。

「ダビデ、今オジイんちでやっちゃんがたらの芽の天ぷら揚げてるから」

「ちらし寿司も作るってさ。首藤さんとこから差し入れされた魚もあるし。早く行って手伝おうぜー」

たらの芽の天ぷら、ちらしずし、おまけにさとしくんのところのぴかぴかのお魚!
ダビデくんの目がきらきらひかって、「よし、さくら行こう!」って手を引かれました。

「あ、わたしも、パパからサンドイッチのさしいれあります!」

ダビデくんに半分引きずられながらわたしが言ったら、おにいさんたちのかんせいが上がりました。

「まじで? やったー!」

「サエさんにお礼言っといてな、さくら」

「サエさんまた練習見に来てくれねーかな。さくら聞いといてくれよ」

「バカ、サエさんは店が忙しいんだから困らせるな。ダビデとは違うんだよ」

パパ、大人気。おにいさんたちにもモテモテ。
一方のダビデくん、ちょっとひどい言われようです…。おにいさんたち、さとしくんとパパのことは「首藤さん」「サエさん」ってよぶのにダビデくんのことは「ダビデ」だし…。だけど。

「うぃ。サエさんは忙しい。俺ならいつでも付き合ってやるから俺で我慢しとけ」

そんなことを言ってみんなを笑わせてくれるダビデくんは、ほんとはぜんぜんひまじゃなくて、いろーんな人たちのおてつだいで毎日いそがしくしてて。それでも六角中テニス部のコーチをしてるのは、テニスとみんながだいすきだから。おにいさんたちもそれ分かってて、みんなもダビデくんのことがだいすきだからわざとそういう話し方をするの、さくら知ってます。
いいな、こういうのって。
さくらもダビデくんがだいすきだよ。



オジイちゃんちでみんなでごはんを食べたあと(みんなっていっても、パパはいません。お仕事だから。今日もカフェはきっと大人気!です)、ダビデくんに送ってもらいがてら、公園によりみちをしました。
その公園には梅林があって、今ちょうど梅の花が満開で。

「きれいだったから、さくらにも見せたい」

ってダビデくんに言われてうれしくなりました。
わたしもきれいなものを見ると、パパやふじくんやダビデくんに見せたいなって思うから。いっしょに見られたらもっときれいに見えるだろうなって。それは、だいすきだから、なので。
そんなふうに言ってもらえるのはうれしいことです。
うれしくてダビデくんのうでにぶら下がるみたいにしながら梅林に行ったら、ダビデくんの言った通り、すごくすごーくきれいでした!白と、ところどころにあざやかなこい紅色と。世界いっぱいの小さなお花の洪水!

「わー! すごい!」

わたしは桜の花もだいすきだけど、梅って、桜よりきりりとしてるかんじがしました。桜は見てるとふわふわよってしまいそうになるけれど、梅の花は人をよわせない、みたいな。ええと、

「りんとしてる、ってこんなかんじ?」

前に本で読んだことば。梅の花にはしっくりくるなって。

「うん。凛としてるな」

ダビデくんは、「さくらちゃんは難しい言葉を知っててすごいわねー」とか言いません。
ときどき言われることあるんだけどね、それって子供らしくないって言われてるみたいでちょっとだけこまる。そう言われたら、次からその人の前ではわざと子供っぽいふるまいをこころがけてしまうわたしなのです(コナンくんみたいに)。
でもダビデくんはそういうこと言わないから、ちゃんと向きあってくれるから、わたしもあんしんして思うままのことを口に出せるの。
梅の木の下では、シートをしいてお花見している人たちがたくさんいてにぎやかでした。出店まで出ています。梅の花でも、桜みたいにお花見ってするんだとわたしは初めて知りました。

「さくらさくら、クレープとわたあめと大判焼き、どれにする?」

もうどれか食べることは決定なのね、ダビデくん…。
さっきおなかいっぱいごちそう食べたばっかりじゃないのかな。元気だなー。

「ダビデくんってパパのいっこ下なのに若いよね!」

思わず「!」つけたしゃべり方したら、ダビデくんはびっくりした顔をしました。

「そ、そうだけど。…大人っぽくないけど」

「ちがうちがう、そうじゃないよお!」

わたしのこと「子供らしくない」って言わないでくれるダビデくんのこと、わたしが「大人らしくない」なんて言うはずないです。わたしはダビデくんのうでにぎゅうっと抱きつきました。ダビデくん、ちいさく「うぉ」とか言ってる。

「だってパパ、この頃おじいちゃんみたいなこと言うの。肉はあんまり食べられなくなったなーとか、ちょっと動くと次の日関節が痛いなーいやー俺ももう年だなーとか。しかもなんかうれしそうに言うの」

「……サエさん……」

ダビデくんはちょっとふくざつな顔をしました。

「…その、なんか嬉しそうってとこ、すげえサエさんっぽい…」

「よく分かんないけど、さくらはダビデくんみたいにいっぱい食べてくれる方がうれしいのにな」

「あー…、うん、でも大丈夫ださくら。サエさんは十分若いから。とても32には見えないから。あれもうバケモノの域だから」

「え、ばけもの? パパおばけなの?」

「オバケっていうか妖怪っていうか……あ、これサエさんには絶対言うなよ! わたあめ買ってやるから」

なんだかすごくあわててダビデくんが言うから、わたしはいきおいに押されてうなずきました。
でもパパ、妖怪かなあ? 妖怪っていうより妖精っぽい。だってかっこいいし美人だし…。あ、でも、ふじくんはちょっと妖怪っぽいかもしれない。ふじくんもかっこいいし美人だけど、ちょっと人間とちがう生きものみたいなかんじ、あるある。ふじくんと比べるとパパはド人間ってかんじだ。くふふ。
ダビデくんがわたあめを買ってくれたのでお礼を言って、わたしはパパからもらっていたおこづかいでパパとふじくんへのおみやげに大判焼きを買いました。パパが小倉あんでふじくんは白あん。パパの好みはいつでもちょっと地味目なほうです(おいしいけどね、小倉あん)。
ちなみにダビデくんは、わたあめと大判焼きカスタード、ダブルでいってます。やっぱり若い! パパにもこれくらい元気に食べてほしい!
ふわふわわたあめは、なつかしいあまさ。口に入れるのととけるのがいっしょ。
食べながら歩くのはあぶないから、紅い梅の木の下で立ったまま食べました。おぎょうぎ悪いけどベンチはいっぱいだし、食べ歩きしてる人ほかにもたくさんいるし今日はいいかなあって。お花見とかお祭りって、そういうのゆるされるふんいきでしょ?

「────天根くん?」

きれいな、やわらかい声が聞こえたとき、さいしょ、それがダビデくんの名前だと気付きませんでした。ダビデくんがそっちを見てすごくびっくりした顔でかたまったから、わたしもふり返りました。

「…………おばさん」

ダビデくんがおばさんって呼んだのは、梅の木の下でシートに座っていた女の人でした。わたしの友達のお母さんたちよりは年上で、でもおばあちゃんまではいかないくらいのお年。すごくきれいでやさしそうな人。同じくらいの年の女の人たちといっしょでした。ご近所のお友達とお花見に来ているのかな?

「久し振りねえ。お花見に来たの? オジイさんはお元気?」

「……あ、はい、花見に…。えっと、オジイはもう相変わらずで」

ダビデくんがきんちょうしてる。なんで?って首をかしげたとき、その女の人がわたしを見ました。目が合いました。その人のやさしい目が大きく丸くなって、あ、この表情、だれかに……

「────その子…」

「俺の友達なんです。…先輩の子です」

ダビデくんが言って、わたしと目の高さを合わせるようにしゃがみました。ダビデくん、いつの間にかもうきんちょうしてなくて、ふしぎにしずかなかんじでわたしに言いました。

「さくら、この人は俺が昔よくお世話になった人なんだ。たくさん迷惑かけたのにいつも優しくしてくれて、よくごはんもご馳走になった。凄く優しい人なんだ。挨拶して」

うん、ってうなずいて。わたしはまたその人を見ました。

「さえきさくらです。こんにちは」

「……っ」

なぜだかことばはすぐには返って来なくて、まぶしそうに目を細めたその人を、やっぱりわたしはどこかで見たことがあるような気がしました。

「さくらちゃん…」

いっしゅん泣いちゃうのかと思ったけれど、その人はふわりと笑いました。

「わたあめ食べてるの? いいわね」

「あ、はい、ダビデくんに買ってもらって」

「ふふ。天根くんも一緒に食べてるのね。相変わらず甘いものが好きなのねえ。…わたあめ、いいわね、可愛くて懐かしくて」

「はい、かわいいです! ふわふわで」

わたあめの良さはこのかわいらしさ!と思っているわたしは、わたあめを「可愛い」と言われたのがうれしくて思わず笑ってしまいました。

「かわいくてきれいで、梅の花もきれいで、うれしいです。パパにもおみやげにしたかったんだけど、わたあめはとけちゃうから、かわりに大判焼きを買ってあげました」

わたしがにこにこして言うと、その人もにっこり笑ってくれました。

「そう。パパ、きっと喜ぶわ。気をつけて帰ってね。元気でいてね」

「はい。ありがとうございます」

なんだか変わったごあいさつだなあとは思ったけれど、ちょうどわたあめを食べ終わったところだったので、すなおにお礼を言いました。
ダビデくんがその人におじぎをするのにならってぺこんと頭を下げて、ダビデくんと手をつないで歩き出して……公園の出口でそっとふり返ったら、その人はまだこっちを見つめていました。やさしい顔で。
そのときとつぜん分かりました。彼女がだれに似ているのか。
パパに似ていました。とても。



わたしは、パパ以外の「しんせき」を知りません。
うんと赤ちゃんの頃にはきっと会っているのだろうけど、おぼえていません。
パパとママがりこんしてから、ママにも、ママの方のしんせきにも会ったことはないし(会いたいならいつでも会わせてあげるよってパパは言ってくれるけれど)、パパの方のしんせきにも…会ったことも、お話をきいたこともありません。
このまちはパパが育ったところ。パパのふるさと。昔からのお友達がたくさんいる場所。
商店街を歩けば、パパに「サエちゃん」って声をかけてくれる人たちがたくさんいます。パパの子供の頃を知っている人たち。わたしのことも「さくらちゃん」ってやさしく呼んでくれます。
ふるさとなのに、パパに帰るおうちがないこと、わたし以外のしんせきがいないこと、その不自然さにわたしは気づいていました。きっとずっと前から。うんとちいさな頃から。
子供だっていろんなことが分かるの。むずかしいことばがわからない代わりに、空気を読めます。商店街の人にきかれても、パパがにっこり笑って答えないこと。
パパがおうちに帰れないのは、きっと、かこのせい。
かこ。過去。りこんとか、お仕事をやめたこととか、パパにあったいろいろのこと。パパをだいじに思う人たちが反対するようなこと。その「いろいろ」の中でいちばん大きなものがわたし。
ずっと知ってて、だからきかない。パパには何も。
だってしんせきはいなくても家族ならいます。ふじくんも、いつもあそびに来てくれるダビデくんも家族だし、バネちゃんもいっちゃんもけんたろうくんもりょうくんもさとしくんもみんなみんな家族みたいな友達です。さびしいことなんてないからだいじょうぶなの。
でも、ずっと思っていました。
わたしはさびしくなくても、パパは…?

「ダビデくん」

となりを歩くダビデくんのおっきな手をぎゅっとにぎりました。にぎった分だけぎゅうっと返してくれるあったかさ、だいすき。

「あいさつしてって言ってくれて、ありがとう」

「うん」

「やさしい人だったね」

「うん。凄く優しい人なんだよ」

…いつかまた、会えるよね?
急がないから。
わたしが原因のことなら、わたしがこのまちでがんばって、ほどけた糸をむすびなおせばいいと思いました。元気に、笑顔で。



『SAE CAFE』(いつもいつも思うんですけどこのネーミングセンスのざつさ、パパだなあってかんじです…)の白いドアを開けると、ちりんちりん、かわいい鈴の音。この音、だいすき。いつも「おかえり」って鳴ってくれてるみたいです。
ちょうどランチタイムと午後のティータイムのあいだの時間で、お客さんはいませんでした。だけどたくさんのあらいものとかくとうしているパパのようすで、今日のランチタイムもお客さんがいっぱいだったって分かりました。

「パパ、ふじくん、ただいま!」

お客さんがいないから思い切り声を出して言うと、パパがいつもの、とっておきの、とろけちゃいそうにやさしい顔で笑ってくれました。

「おかえり、さくら。ダビデもありがとな」

…うーむ。わたしのパパだけど、毎日思っちゃう。かっこよすぎでは?
きらきらの光線がまわりに見えるみたいです。
わたしよりもパパの笑顔に「たいせい」があるダビデくんは、「うぃ」ってうなずいてさっさとカウンターにすわったりしてます。

「さくらちゃん、ダビちゃんおかえり。オジイは元気だった?」

おくの方でさぎょうしていたふじくんが出てきてくれて、ダビデくんの「うぃ。オジイはいつも元気だ」って返事にたのしそうにクスクス笑いました。

「パパ、ふじくん、おみやげがあるの」

お客さんがいないうちに、といそいで大判焼きの包みをふじくんにわたします。

「なに? …わ、大判焼きだ。懐かしい。さくらちゃんありがとう」

「公園でね、梅が満開で。出店が出てたの」

「あ、坂の上の公園だよね。あそこの梅は凄いよね。僕も五分咲きの頃に写真撮りに行ったよ。その時は出店は出てなかったけど」

「え、ほんと? 見せて見せて!」

「うん。後でね」

「うん!」

ふじくんの写真って、ほんとにすごくすごくきれいなんです。「きれい」なんてかんたんに言ったらまちがってるかなと思うくらい、こわいくらいにきれいなの。…うーん、わたし、まだふじくんの写真をうまく言いあらわせる「ごいりょく」がないです。くやしい。もっと本を読まなくちゃ。

「ふじくんの目で見る世界ってすごくきれいだから。遠い外国のけしきもだいすきだけど、ふじくんがとってくれたこの辺の写真を見るのがすきなの。わたしはこんなきれいなとこに住んでるのかあってうれしくなるから」

ごいりょくすくないけど、がんばってつたえたら、ふじくんはちょっとだけびっくりした顔をしてからふわんと笑いました。…ほええ、その笑顔、梅の花よりきれい。
パパもふじくんもね、いつもにこにこにこにこしてるけど、その笑顔のいりょくをもうすこし分かった方がいいとさくら思います。きらきらきらきら、まぶしいんだから。あちこちでずきゅーん!むねをうちぬかれる人、ぞくしゅつ。…まあそのおかげで『SAE CAFE』があんていしてえいぎょうできているのかもですけど…。

「ありがとう、さくらちゃん」

ふじくんはわたしの頭をやさしくなでてくれて、でもね、っていたずらっぽく笑いました。

「でも僕は、さくらちゃんの目が欲しいけどね。さくらちゃんの目で見る世界の方が、ずっと綺麗で明るくて優しいって思うよ」

「え…。えー、そうかなあ」

「うん、そうだよ。それに素直だしね」

ふじくんみたいなプロの写真家さんにそんなこと言ってもらうの、てれます。

「あはは、確かに不二は素直ではないよなー」

のんきに笑ってるパパ、ちょっとふんいきぶちこわしです。

「うるさいよ佐伯。ほら、さくらちゃんのお土産頂こう。まだあったかいよ」

「うん。大判焼き懐かしいなあ。ありがとうさくら。あ、不二俺は」

「小倉あんだよね。知ってる」

「大判焼きといったら小倉だよねー」

やっぱり。ダビデくんとわたし、顔を見合わせてこっそり笑いました。

「よし、じゃあお茶にしよう」

そう言ってパパが戸だなから取り出したのは『SAE CAFE』じまんのコーヒー豆でも、ふじくんこだわりの紅茶の葉でもなく、スーパーで売ってる「梅こぶ茶」でした。お湯をそそぐだけの、インスタントの粉のやつ。

「佐伯それ……いや確かに美味しいけどね…」

さすがにぜっくするふじくんに、

「だろ? やっぱり和菓子にはこれだよな」

とにこにこしてお湯のじゅんびをするパパ。今度こそ、声を出して笑っちゃうわたしとダビデくん。
…よだんですけど、ダビデくんの笑顔も、かなりのいりょく、だったりします。パパやふじくんとちがっていつもいつもは見られないレアさです。でもわたしにはしょっちゅう見せてくれる、それ、すこしだけダビデくんの「とくべつ」みたいでうれしいのです。

「あの公園の梅、凄いよね。昔よく行ったなあ…」

梅こぶ茶をすすりながら、ちょっと遠くを見る目のパパ。
昔よく行ったのは、だれかと。
今そこに行かないのは、会えないだれかがいるからですか。

「ねえ、パパ。今日ね、梅の下できれいな女の人に会ったよ」

わたしが言うと、横でダビデくんがすこしあせった気配、しました。
やさしいダビデくん。だいじょうぶだよーって、目で合図。

「へえ。そうなんだ。どんな人?」

「パパに似てた」

「え」

大判焼きかじったままのしせいでちょっとかたまるパパ。わたしを見てダビデくんを見て、なんか分かったみたいに目をぱちぱちさせています。…パパ、分かりやすすぎでは。

「やさしい人だったよ。さくらちゃん、って呼んでくれたの。元気でいてねって言ってくれた」

「…………そう、なんだ」

パパ、目、およいでるおよいでる。

「ねーパパ、来年はパパもいっしょに梅を見に行こうよ」

「え…。えーっと、それはねさくら」

「だいじょうぶ。パパにはさくらがついててあげるから!」

だからね、なんにもこわがらないでいて。
どこへでも、だれのところへでも、わたしがつれていってあげる。わたしがいっしょならこわくないよ。
わたし、パパのためならいくらでも子供らしくなれるから。子供らしさってときどき「ぶき」になるの、知ってるんです。わたしに持てるぶきならいくらでも使ってつよくなってパパを守ってあげる。
だってね。わたしはずっと、ずーっと、パパに守られてきたんだから。

「……うん。そっか、分かった」

わたしの目をじっと見て、パパはそう言って笑いました。
わたしのだいすきな、とっておきの、とろけるみたいなあまい笑顔で。

「凄いなあさくらは。頼もしいな」

「うん。パパ、もっとさくらをたよっていいよ!」

「ありがとう。でもさくらが思うよりずっと、俺はさくらに頼ってるし救われてるよ、いつも」

またまたそんなこと言っちゃって。口がうまいんだからパパは。
だまされないもんってほっぺたをふくらませたわたしに、ダビデくんがしみじみと、

「さくら、かっこいいな。惚れ直した」

とか言うから。ふくらみかけたほっぺたはぽわっとあつくなりました。ダビデくんも口うまい!

「いやいやさくらちゃん、佐伯の言ってる事は本当だよ。さくらちゃんがいなかったら佐伯なんて今頃どこでどうなっていたか……碌な事になってないよね。今何とかこうして真っ当に生活できているのもさくらちゃんのお陰なんだから。さくらちゃんはもっと自信を持っていいんだよ」

ふじくんまでまじめな顔して言うし。
パパ、「酷いなあ」なんて笑いながら、「でも」ってやさしい顔でわたしを見ました。

「でもね。本当なんだよ。さくらがいてくれるから、なんだよ。君は本当に、世界中の宝石を集めたより価値がある、たったひとりの俺のお姫様なんだから」

……ええっと、そんな。きらきら笑ってそんなすごいせりふを…。
はずかしくないのかなー。さくらははずかしいです。
でも似合っちゃうの。パパこそ王子さまみたいです。

「うん。さくら、来年は一緒に梅を見に行こう。さくらが一緒なら怖いものなしだ」

それは。
ずうっとこころがすれちがったまま会えずにいたパパの家族、つまりはわたしのおばあちゃんとおじいちゃんに会いに行こうねってやくそく。
大人のいろんなむずかしいじじょうすっとばして、わたしがいればこわくないって言ってくれるパパ。
こわくないはずない。いっぱいきずつくかも。それでも、わたしといっしょならだいじょうぶってパパが思ってくれているのが分かって、わたしはとてもうれしくなりました。

「うん。いっしょに行こうね!」

わたしがさし出したこゆびに、ちゃんとこゆびをからめてゆびきりげんまんしてくれるパパ。

「あ、俺も俺も、一緒に行く」

ってなぜかダビデくんのこゆびまでからんできました。ダビデくんってこゆびまで長いんだなあ…。

「なんでダビデまで」

「えっと、サエさんとさくらとわたあめ食べたいから」

「わたあめぇ?」

パパはけらけら笑いました。前から思ってたけど、パパってダビデくん(と、けんたろうくん)にはかなりあまいのです。こうはい、かわいくてかわいくてしかたないみたいな顔してます。

「じゃあ3人で行こうね。約束ね。ゆーびきーりげーんまーん」

わたしが歌うと、パパとダビデくんも「「ゆーびきーりげーんまーん」」ってまじめに声を合わせてくれて。

「「「ゆーびきった!」」」

って3人のこゆびがはなれるのと同時に、パシャッてシャッターの音が重なりました。

「ふふ。あんまり君たちが可愛いから。撮っちゃった」

いつの間にかカメラをかまえてて、にこにこしているふじくん。ふじくんってほんと、シャッターチャンスをのがさない人です…。

「不二……」
「不二さん……」

パパとダビデくんがふじくんになにか(もんくっぽいことを)言おうと口を開いたとき、

ちりんちりん。

『SAE CAFE』のドアが開いて、かわいい鈴の音がひびきました。
あ。そういえばもうそろそろ、午後のお茶のじかん。お仕事やおべんきょうのあいまに、おいしいコーヒーやお茶でほっとひといきつくのをたのしみに、お客さんがくるじかんです。

「「「「いらっしゃいませー!」」」」

わたしたち、(ダビデくんまで)みんなで笑顔をつくってドアの方をふり向きました。

いらっしゃいませ。
ようこそ。
来てくれてありがとう。
とっておきの、すてきなじかん、ここにありますよ。
どうぞゆっくりしていって。
重いにもつを、すこしでも下ろしていってください。

ドアのむこうから光がさして、お客さんのすがたがよく見えなくて、わたしたちはみんなで目をこらしました。
少しずつ見えてくる、今日の午後いちばんのお客さんは、きっと──────



あなたの、だいじな人。
今はむりでも、いつか笑いあえる日が来ます。
わたしがその日をつれてきてあげる!
きっとね。まっててね。








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