カラメルミルクの放課後
こどもの毎日だって、いろいろ、ほんとうにいろいろ、ある。
おとなはあんまりわかってくれないしそれでいいってわたしは思っているけれど、わたしのパパは貴重な「わかってくれる」タイプのひとです。
わかってくれるっていうか、わかられちゃうっていうか。
かくしたいのにかくせないから、ときどき、こまります。
ほら今日も。
学校から帰って来たわたしの顔を見るなり、言いかけてた「おかえり」のことばをひっこめて「キャラメルミルク作るから。そこに座って、さくら」って。
……あまやかしすぎだよ、パパ。
いつでもぴかぴかにみがきあげられてるコーヒーマシンはパパのお店のたからもの。
お値段はわからないけれど、たぶんとーってもお高いんだってことはわたしにもわかります。
そのコーヒーマシンの、いちばん左の銀色の管をきゅっと動かして、セット。いかにもゆうができれいなカーブをえがいてる細い管は、フォームドミルクをつくる蒸気を出すための管。
パパが黒いつまみをリズミカルにひねると、銀色の管の先から少しの水滴と一緒に勢いよく湯気がふきだします。しゅ、しゅっ、って。ほわほわとたちのぼる白い湯気はおもわず触ってみたくなるけれど、もちろん触ったらだめ。大やけどをしちゃいます。
水滴が出なくなったらじゅんびオーケー。
「さくら、牛乳入れた?」
「うん」
パパが差し出す手に、半分より少し多く牛乳をそそいだカップを渡します。ちらっとそれを見て「うん、丁度いいね」って頷いてから、パパは左手で持ったカップを管の先に近付けて、右手で黒いつまみをひねりました。
じゅっ、じゅわわわわわ、ごぼごぼ、きゅるるるるるるるるるるっ、しゅうううううううぅぅ。
いつでも感心しちゃう。
ほんの数秒の間にいろんな音がして、つるんとした液体だった牛乳があっという間にふわっふわのやわらかーいフォームドミルクに大変身。
魔法みたい。
音がかんじんなんだよ、ってパパは言います。音を聞きながら右手でつまみを調節して、左手でカップをゆるやかに動かして、ちょうどいいところできゅっと止めるんだって。
すごいなあと思うのはパパは左利きだってことです。
いろんな調理器具とおんなじに、コーヒーマシンも左利きさんにはやさしくないようにできているのに。パパはそんなの関係ないよって顔して、ちいさなこまかーい泡の、ふわふわあったかい完ぺきなフォームドミルクをさっと作っちゃう。
最初は失敗ばっかりしてたぜ、って前にバネちゃんが言ってたけど(パパは「余計な事言わなくていいよ」って笑ってました)そんなの信じられないくらいです。
ふわふわフォームドミルクにキャラメルシロップを2プッシュと、ヘーゼルナッツのシロップを1プッシュ。ながーいスプーンでそっとかきまぜたら「はい、できあがり」
牛乳ストレートが苦手なわたしのための、パパのとっておきのあまいキャラメルミルク。
わたしが落ちこんでいるときののみもの。
「はいどうぞ」
自分用のエスプレッソと一緒にカウンターの端に置いて、それからパパは「おかえり」って笑いました。
「……ただいま」
じゅんばんが逆なんじゃないかなあ、なんてちょっと思ってしまったけれど。
ずうっと重かった肩からへにゃんと力がぬけたのもほんとうで。
…やっぱりパパって魔法つかいみたい。
「いただきます」
お気に入りのカップを両手でかかえて、いい香りを吸い込んでからひとくち飲みました。あつすぎないちょうどいい温度も、ふわっふわの口当たりも、じんわりしみるあまさも、ぜんぶ、パパみたいにやさしいミルク。
ほわほわとほどけていくこころ。
「さくら。よかったら、話してみない?」
エスプレッソをすすりながら、いかにも何でもないことみたいにきいてくるパパ。
デリカシーありすぎです。おもわず笑っちゃう。
「……あのね、パパ」
「うん」
「パパがだいすきすぎて、こまっちゃうの」
「えっ」
きょとんと目を丸くするパパ。そんな顔すらかっこよくて私はとうとう笑いだしちゃいました。
パパがいてくれるから平気。
わたしはあしたも元気にいきます。
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