クリスマスのこども





12月24日の夜は、凍てつく寒さだった。
キンと澄んだ空気に石膏のようにほの白く光る月が浮かび、冬の星が硬質な光を放って夜空に散らばっている。

コートの上からブランケットをぐるぐると巻いた姿で、花音は夜空を見上げて白い息を吐いた。

「すごい。きれいだね」
「そうだね」

隣で笑う佐伯は、花音には見えない微かな光の星まで見えるという。それはどんな景色なのだろうかと花音は想像した。眩しいのかな。

葵の家にプレゼントを届けた帰り道。
ジャンケンで負けた首藤がわざわざサンタの服を着て葵の寝室に忍び込み、枕元に駄菓子満載の巨大な靴下を置くのを、樹と三人でそっと見守ってきたところだった。毎年のことなので葵の家族の協力は既に得ている。
同じく天根の家にも黒羽と木更津兄弟がプレゼントを置いてきている筈で、そちらのサンタ役は黒羽だった。
「いつもありがとうね」と葵の母にお菓子のプレゼントまで貰って、どっちがサンタさんかわからないね、なんて笑いながら辿る夜道は妙に楽しくて。首藤と樹と別れ、佐伯と二人でオジイの家のそばまで来てもうきうきと楽しい気持ちは続いていた。

「こーちゃんたちって素敵だよね。優しいお兄ちゃん」

花音がくすくす笑いながら言うと、佐伯はうーんと首を傾げた。

「ずっとガキの頃からだから。なんかもう当たり前みたいでよく分からないなあ」
「いいなあ。剣ちゃんとダビちゃんがうらやましい」
「俺たちも小さい頃は、先輩に同じようにしてもらった記憶あるよ。ほら、部長とかに」
「ああ、部長さん! あはは、そうだね。そんなかんじだね」

葵や天根といると六年生らしくお兄さんな佐伯たちも、彼らの先輩である六角中の部長たちの前では急に子供っぽくなる。その様子を思い出して花音はまた笑った。

「いいね、六角って」
「うん。そうだね、俺もここが凄く好きだよ」

佐伯は素直に頷いて笑った。好きだ、と迷いなく言える健やかさを好きだと花音は思う。

「私、サンタさんになったの初めて。今日は凄く楽しかった」
「そっか。じゃあさ、これから毎年サンタさんになってね、俺の」

さらりと笑いながら言われて、花音は「えー?」と目を丸くした。

「ケーキ? 毎年?」

今日の昼間、オジイの家でクリスマスパーティという名の手巻き寿司ランチ会をした後で、佐伯には誕生日に約束した通りに小さな手作りのケーキを渡していた。そのことだろうかと思う。

「こーちゃんそんなにケーキ好きだっけ? でもクリスマスにはいろんなお店で特別なケーキ出すでしょう? 有名なパティシエとコラボしたのとか。私そういうのもこーちゃんと一緒に食べてみたいし、毎年毎年自分の作ったケーキっていうのもつまんない気がするなあ…」
「うーん。そういうことじゃなかったんだけど、まあいっか。花音が、来年以降も俺といることを当然みたいに言ってくれたのが嬉しいから」
「え、当然じゃないよそれは。じゃなくて、希望だよ」

花音が真顔で言うと、佐伯は「そっか」と微笑んで、ダウンジャケットのポケットから小さな包みを取り出した。

「じゃあこれあげる。花音が良い子だから、虎次郎サンタから」
「虎次郎サンタさんって…」

驚くよりもその台詞に笑ってしまっていると、手を取られて包みを押し付けられた。掌に納まってしまう程の、ごく小さな軽い紙の包み。

「…開けていい?」
「どうぞ」

簡素にテープで留めてある包みを丁寧に開くと、小さなヘアピンがころりと出てきた。アンティーク風の少しクラシックな飾りのついたシンプルな細いピンだった。

「わ、かわいい。ありがとうこーちゃん」

街灯の明かりにかざして花音が顔を明るくする。よかった、と佐伯が小さく息を吐き出した。

「そういうの買うの初めてだったから。物凄く迷ったし、気に入ってもらえなかったらどうしようかと思った。よかった」

本当に心底ほっとしている様子に、花音はおかしくて笑ってしまった。佐伯なら、女の子の喜ぶ気の利いた小物くらいさらりと買ってしまえる印象があるのに、かわいいなと思う。

「姉さんには何度も駄目だしされるしさ」
「お姉ちゃんと探してくれたの?」
「だって俺、店も何も知らないし。姉さんに付き合ってもらったのはいいけど、その後反対に姉さんの買い物に延々付き合わされて参ったよ」
「あはは。それ見たかったなあ」
「冗談じゃないよ」

その様子がありありと想像できて花音はくすくすと笑う。佐伯は少し情けないような笑みで見ていたが、ふいに「貸して」と花音の手からピンを取り上げた。

「こーちゃん?」
「動かないでね」

額の横で髪をやわらかく押さえられて、すい、とピンを髪に差された感触がした。

「うん、すごく似合う。可愛いよ」

ふわりと笑った顔があまりにきれいで、花音は言葉を失った。
かわいいのはそっちだよ、と思う。そんなにきれいに笑うのはずるいよ。

「女の子のものなんて全然分からなかったけど、それは凄く、花音に似合いそうな気がしたんだ」
「…そう、なんだ。ありがとう」

ぎくしゃくと口にしたお礼の言葉は、ちゃんと言葉になっているだろうか。まるで自信がなかった。今自分がどんな顔をしているのかも。

「花音、顔真っ赤」

くすりと笑われて、かあっと頭に熱がのぼるのが分かった。

「うそ、そんな、顔色とか見えるわけないし、こんな暗い中で」
「俺にはちゃんと見えるよ」
「……ほんとに?」
「ほんとほんと」
「…視力2,5ってすごいんだね……」

花音はしみじみと呟く。夜目が利くのと視力とはまた違うと思うが、見られたくないものまで見られてしまうという点では同じだ。佐伯はとにかく眼が優れていて、それは長所なのだけれど。

「風邪ひくね。早く帰ろう」

佐伯は笑って花音の手を握りこみ、軽く促して歩き出した。

「本当はさ、指輪とかにしたかったんだけど」
「えっ」
「あ、やっぱり驚く?」
「え、驚くっていうか…なんていうか…こーちゃんらしいとは思うかも」
「引いた?」

いたずらっぽい目で覗き込まれて、花音は正直返答に迷った。

「え…。えー、あー、どうかな。引くかな…わかんないよ」
「あ、でもすぐさまドン引きじゃないんだ。じゃあやっぱり指輪にしとけばよかったかな。惜しかった」
「えーと…」
「姉さんがさあ、いきなり指輪を贈る男なんてドン引きだって言うから。あと指輪を贈るなら一緒に選ぶのが原則なんだってね。サプライズとか言って好みじゃない指輪を贈られてもがっかりだって言われて、よく考えたらそれもそうだなって」
「…あー、うん…よくわかんないけど…」
「だからさ、いつか指輪を贈る時には一緒に選ぼうね」

眩しい笑顔で言い切られても、本当に、本当に返答に困る。花音はあははと曖昧に笑って、繋いでいない方の手で、今つけてもらったヘアピンをちょっと触ってみた。

「あのね、今、ピンよくつけるから。指輪とかよりこっちの方がずっとうれしい。ありがとね」
「…そう?」

佐伯は腑に落ちない顔で首を傾げている。言う事はやけに大人びていてもその表情は幼くて、花音はおかしくなった。好きだなあと思うのはこんなときだ。

「そうだよ。それに指輪なんて邪魔じゃない。傷ついたらどうしようって怖いし。あと私まだまだ成長期だから、指のサイズだって変わるし」
「ああ、それもそうか」
「そうそう」

繋いだ手をぶんぶんと大きく振れば、佐伯も笑いながらそれに付き合って手を揺らしてくれた。

「でも花音ってもうあんまり大きくならなそうだよね。お母さんも小柄なほうだし」
「うっ。でもあと少しは伸びると思うよ、この脚が、もう少しすらっとねっ」
「あはは、伸びるといいね」
「ちょ、なにその望み薄そうな言い方。…こーちゃんは伸びるかな。お姉ちゃんも背高いもんね」
「そうだね。あともっと筋肉つけたいな」
「あ、今ヒョロヒョロだもんね」
「…ヒョロヒョロって……。いいんだよ、これから筋肉つくんだから!」

そんな会話を交わしながらオジイの家の前まで来て、二人ははたと足を止めた。
今まさに玄関に入ろうとしている、真っ赤な服と真っ赤な帽子のサンタクロースを見つけたからだ。サンタクロースは人の気配に気づいたのかカクカクとした動きで振り返り、ゆっくりと右手を持ち上げてピースサインをした。

「……おかえり」
「………………なにやってんの、オジイ」

思い切り脱力した声で佐伯が尋ね、隣で花音もこくこくと大きく頷く。

「なにってぇ…ワシはサンタクロースだからねぇ…」

真実味があり過ぎる。佐伯も花音も思わず黙った。

「はい、メリぃ〜、クリぃスマぁス〜」

オジイは怪しげな発音で言い、持っていた白い袋の中から大きな包みを二つ取り出すと、それぞれ佐伯と花音に手渡した。

「あ、ありがとうオジイちゃん…」
「ありがとオジイ…」

二人はまだ呆気にとられたままそれを受け取る。
オジイはうんうんと頷くと、「じゃぁねぇ〜」と玄関の引き戸を開けて中に入って行った。持っていた巨大な白い袋はすっかり空になってへこんでいた。…どうやら、予備軍の全員分のプレゼントを配り歩いていたようだ。オジイは全く計り知れない。

「…すごい。本当のサンタさんを見ちゃった」

花音が呆然と呟き、佐伯も頷いた。
サンタクロースって本当にいたんだ。しかも千葉に。
それから、渡された包みの感触にはっとして目を落とす。

「これ、もしかして」
「え?」

首を傾げる花音に、佐伯は「ちょっと待って」とだけ言って包みを解き始める。丁寧な手つきの指先が微かに震えているのに気付き、花音は目を見開いた。

「やっぱり」

開いた包みの中身を大切に手にとって、佐伯は月明かりにそれをかざした。
きらりと光を弾くフレームの、ウッドラケット。磨き上げられた艶やかな木肌は驚くほど手に馴染む。

「…きれい」

花音はぽつりと口にした。
オジイのコートでテニスをする少年たちが、自分専用に作られるそれにどれだけ憧れているか、よく知っている。そして、オジイと暮らしていて、1本のラケットを作るのにどれだけの時間と労力が必要とされるのかもよく分かっていた。

「よかったね、こーちゃん」
「……うん」

佐伯は噛みしめるように頷いて、それから笑顔で花音を振り返った。

「花音は? 何入ってた?」
「えっ。あ、なんだろう…」

まさかラケットではないと思うが、包みは同じくらいに大きい。花音は首を傾げながら慎重に包みを解いて中身を取り出してみた。

「…お洋服、かな」

どうやら洋服らしい畳まれた布地をそっと開いて、自分にあててみる。今度は佐伯が目を丸くする番だった。

「花音それ」
「え、なに?」
「それ、制服。──六角中の」
「……え」

驚いて見下ろすと、それは確かにしっかりした布地のセーラー服で。月明かりの下でさえはっきりと分かる鮮やかな赤い色をしていて。
花音は呆然としたまま佐伯と目を合わせた。

「……こーちゃん」
「……うん」
「…サンタさんって、本当にいたんだね…」
「…うん。オジイってサンタクロースだったんだね…。俺全然知らなかったよ…」

つめたい夜空に、金属で作ったかのような星がきらきらと銀色の光を放っている。
近所の、何処かの家の中から、オルゴールらしい音色のクリスマスキャロルが流れてくるのが微かに聞こえた。


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