初恋につける薬





「樹っちゃん。相談があるんだけど」

佐伯にやけに真剣な眼差しで見つめられて、樹は正直、嫌な予感しかしなかった。

冷たい雨の降る日曜日。テニスができずに、佐伯と樹はなんとなくいつものようにオジイの家に向かっていた。他のメンバーもどうせ同じように集まってくるだろうと踏んでのことだ。

「……何なのね」

気は進まないが、樹は一応訊いてみた。相談とやらの内容は、ほぼ間違いなく…。

「花音の事なんだけど」

…やっぱり。
予想通りの佐伯の返答に、樹は鼻息を吐き出した。傘の先から雨粒が滴る。

「…あのね、サエ。そういう方面に関して、俺の意見が役に立つとは到底思えないんですけど…」
「そんなことないよ! 俺、こんな話樹っちゃんにしか話せない」
「……あ、そうですか…」

こんな話とはどんな話なのか。まあ100パーセント聞いて楽しい話ではないだろう。樹は面倒くさそうな表情を隠しもせずに「まあ、言ってみたらどうですか」ととても嫌そうに言った。
佐伯は真剣な顔で頷く。

「ありがとう樹っちゃん。あのさ…俺、最近おかしいんだよね」
「それは見てたら分かるのね」
「えっ、分かる!? さすが樹っちゃん、俺の事よく分かってくれてるんだね!」
「いや誰でも見たら分かるのね」
「またまた樹っちゃんってば。嬉しいよ。でもちょっと恥ずかしいな、ははっ」

少し照れたように爽やかに笑う佐伯を、樹は冷めた目で見返した。

「で、何なのね?」
「うん…。あのさ樹っちゃん。小学生で、付き合うってどういう意味なんだろう」
「はあ?」
「俺と花音って、一応その、付き合ってる訳じゃん」
「はあ」
「でも俺たちまだ小学生じゃん」
「まあ、そうですね」
「付き合うってさ、手繋いでデートしたりする事じゃん、世間的には」
「……まあ、そういう人もいるかもしれませんね」
「でも俺たち小学生じゃん! 全然そういう雰囲気にならないんだけど、普段遊んでるのと何も変わらないんだけど、それって付き合ってるって言えるのかな!?」

…樹はいい加減呆れかえったが、佐伯の表情は真剣そのものだ。

「……毎日手を繋いで海辺デートしてる奴らが何を言ってるのね…」

溜め息混じりに指摘してやると、佐伯はその整った眉をきゅっと寄せて「何言ってるの樹っちゃん」と言った。それはこっちの台詞だと樹は思う。

「あれは毎日の習慣みたいなものだし…。花音も俺も海が好きだから、当たり前みたいなもので…。そりゃ一緒にいたら手も繋ぐしキスだってするけど、デートってそういうものじゃないよね?」
「……十分、そういうものだと思いますけどね…」

げっそりとしながら樹が返した返事に、佐伯は目を見開いた。

「そうなの!?」
「そうなのってお前…デートをどんなものだと思っていたのね?」
「え。そりゃ…休日にリゾート地にドライブ行ったり、テーマパーク行ったり、夜のコテージで星空を眺めたりさ…」
「お前は一体どこの夢見る乙女なのね!?」

そもそもドライブってお前は幾つだ!
突っ込みどころありまくりの佐伯の妄想に、樹は思わず眩暈を感じた。
佐伯はきょとんとして首を傾げている。

「え。何か間違ってる?」
「…思いっきり間違ってるのね…」

どっと疲れを感じて肩を落とす樹を不思議そうに見ながら、佐伯が「俺さ」とぽつりと漏らした。今度は何だ。

「まだ小学生だし、そういう特別な事、花音に何もしてあげられてないから…。付き合うって何なんだろうって思う」
「……あのね、サエ」

樹から見れば馬鹿そのものだが、本人は大真面目らしい。自分よりずっと頭がよくて、学校でも人気者でモテモテのくせに、そういうところが憎めない。何故気付かないのだろう、と樹は苦笑した。

「花音は、サエといるときが一番楽しそうなのね。すごく油断した顔で笑ってます。お前といて、大好きな海があって、それ以上の事を花音は何も望んでないんじゃないですか」
「…樹っちゃん」

佐伯は目を見開いて樹を見つめた。
きれいな目だと樹は思う。顔にかかった長めの前髪が目に入りそうで気になった。雨の日でも全くうねらないさらさらの髪を樹が密かに羨ましいと思っている事など、佐伯は知りもしないだろう。

「ありがとう」

佐伯は、普段彼が貼りつけているソツのない笑顔ではなく、樹が一番好きな、少し照れたような子どもっぽい笑い方をした。
全く、子どものくせに何を背伸びして悩んでいるのだと思い、樹も「どういたしまして」と笑う。

──ここで終わっていれば、いい話だったのだが。

「でもさ樹っちゃん」
「はい?」
「花音がそれだけで満足してくれる子だって、本当は俺も分かってるんだ。満足できないのは俺の方」
「……はあ」

また話が面倒くさい方向に行こうとしているのを感じて樹の眉が顰められる。

「俺はまだ子どもで、責任もとれないのに。キス以上の事を彼女にしたくなるから、困る」
「…………」

ええと。
樹は数秒考えて、聞かなかった事にする選択をした。はい、俺は何も聞きませんでしたよ。

傘を持ち直してすたすたと早足で歩き始めた樹を、佐伯が慌てて「あれ? 樹っちゃんちょっと待ってよー」と追いかけてくる。知るか。勝手にしなさい。


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