なつのおまつり





「サーエさんっ! 花音ちゃんっ!」

進むにつれ賑やかさを増す神社の境内。はぐれないようにと手を繋いで歩く二人を、元気いっぱいの声が呼び止めた。振り返った先には予想通りの満面の笑顔。

「こんばんは剣太郎」

地区名を染め抜いた祭り法被に鉢巻き、帯に六角商店街の広告入り団扇を差してにこにこしている年下の友人を見て、佐伯もつられて笑顔になった。

「山車の方はいいのか?」
「うん! 今休憩! お腹すいちゃったよー。あっちに皆いるから、サエさんたちも一緒に樹っちゃんの焼きそば食べようよ!」
「…樹っちゃんの焼きそばっ!」

ぴくりと反応したのは花音だ。

「そうそう! 人数分確保してもらってるから……って、花音ちゃん!」

急に真顔になって花音の名前を呼んだ葵に、花音は「ひっ」と肩を縮めた。隣で佐伯がぷっと笑う。

「な、なに!? なにか変!?」
「花音ちゃん…っ、すっごーく、すっごおおおおく可愛いよ!!」
「…へ」
「やっぱり浴衣サイコー!」

拳を握りしめて力説する程のことだろうか。
「…ど、どうも」と肩の力を抜いた花音がおかしくて佐伯はくすくす笑った。花音がむっとして睨んでくるが、そんな真っ赤な顔で上目使いで睨まれてもなあ、とますますおかしくなる。

「やっぱりお祭りは浴衣だよね! サエさんはカッコいいし、花音ちゃんは可愛い! っていうか綺麗! 色っぽい!」
「いろっぽ…っ」
「サエさんもそう思うよね!?」
「ちょ、剣ちゃん!」

佐伯にだけはその話題を振ってほしくなかったと慌てる花音を尻目に、佐伯はさらりと笑顔で言い切った。

「うん。凄く可愛いし、綺麗だし、色っぽいと思うよ。花音」
「……っ」

口をパクパクさせる花音に、葵は邪気のない笑顔で「ほら、サエさんも綺麗だって!」と追い打ちをかける。佐伯はくすくすと笑ってさり気なく話題の方向を変えた。

「剣太郎も恰好いいよ、法被姿。ね? 花音」
「! うん! すごくかっこいいよ剣ちゃん!」
「えっ、ほんと!? えへへ、ありがとうっ」

照れくさそうに笑って素直にお礼を言う葵。
佐伯と花音は思わず顔を見合わせ、それからふたりして葵にぎゅっと抱きついた。

「わーっ!! 何するのサエさん、花音ちゃんまでっ!」
「だって剣ちゃんが可愛いんだもんっ!」
「だって剣太郎が可愛いんだもーん」
「ちょ、キモッ! サエさんキモッ! ちょっと離れて!」
「ひどっ…。花音、剣太郎が俺のことキモイって…」
「いちいち泣きマネしないでよサエさん!」
「剣ちゃんはいいねー。素直で可愛くて。誰かさんみたいに爽やかに笑いながら人のことからかったりしないし、飴付いてるよとか言いながら人のくちびる舐めてきたりしないし、ほんと可愛い…落ち着く…」
「…………サエさん、これ、誰の話?」
「…………」
「サーエーさーんーっ!?」

そこへ、「どうしたー。モテモテだなー剣太郎」と黒羽が笑いながら現れた。彼も縞の浴衣を着ていたが、下駄を履いた足を普段と変わらず大股に動かすので、浴衣の裾が豪快に肌蹴ている。

「バネさん聞いてよ! サエさんがね…」
「剣ちゃんっ! 私お腹すいた! 焼きそば早く食べたい焼きそば!」
「えっ? ああ、そうだよね。こっちだよ、来て来て花音ちゃん」
「うん、行こ行こ。焼きそば焼きそばー」

花音はするりと佐伯の手を解いて、葵と手を繋ぎ合ってさっさと歩きだす。
すれ違いざまに黒羽が「よー花音、浴衣似合ってんな」と声をかけたのにも振り返らず、「ありがとう!バネちゃんも早く焼きそば食べよう!」と色気のない返事を残して屋台の方へ駆けて行ってしまった。
黒羽はぽかんとし、残された佐伯は苦笑した。

「…サエ?」
「行こうかバネ。樹っちゃんの焼きそば食べに」
「おー。…ていうか、お前らどうかしたのか?」
「どうもしてないんだよねぇ、それが」
「はあ?」
「どうかしたいとは思ってるよ」

にこりと笑った幼馴染の顔が、普段とはどこか違って見えて、黒羽は首を傾げた。

「サエ? お前なんか、変わった?」
「変わったって何が?」
「なんかうまく言えねーけど…大人っぽくなった?みたいな?」

黒羽の答えに佐伯は小さく瞠目して、くすりと笑った。

「変わったかもね。成長期だし」
「はあ。よくわかんねーけど」
「思春期だしねー。青春だよね」
「お前それ自分で言うか!」
「ははっ」

じゃれ合いながら休憩所になっているテントの下に行くと、いつものメンバーが既に揃って、樹特製の焼きそばをかきこんでいるところだった。

「サエ、バネ、遅いよ。もう無くなっちゃうよー」

つるつると上品に、しかし凄い速さで焼きそばを啜りながら亮が声をかける。その隣では既に焼きそばを食べ終えたらしい淳が今度はカキ氷の山を崩しながらクスクス笑う。

「バネの分はダビデ、サエの分は花音に預けておいたからね。クスクス」

ええっ!と佐伯と黒羽の声が重なる。

「なんだよ! それじゃ俺の焼きそばの運命わかりきってんじゃねーか!」
「バネさん大丈夫。ちゃんと半分は残しておいた」
「半分は食ってんじゃねーかよ!」

グッと親指を立てる天根のパイプイスに、黒羽の華麗な蹴りが決まる。ますます肌蹴る浴衣の裾。

「花音花音! 俺の焼きそば! 俺の分!」
「え? …これ私のおかわり分じゃないの?」
「違う違う! 俺の! 樹っちゃんの焼きそばー!」

きょとんとした顔で既に無くなりつつある二皿目の焼きそばを指さす花音と、珍しくうろたえる佐伯。葵と首藤がぶっと噴き出した。

「サエさん必死だねー」
「こいつ食べ物には案外意地汚いよな」

商店街お揃いのエプロンをつけたままの樹がやれやれと笑う。

「大丈夫なのね。まだたくさんあるのね」
「樹っちゃん!」

目を輝かせて樹に抱きつく佐伯を、樹は慣れた様子で「はいはい」と軽くあしらっている。
その様子を見ながら黒羽が「大人っぽくなったとか俺の目の錯覚だった。何が思春期だよ」と呟き、横で天根が首を傾げた。

「美味しいーっ! 樹っちゃんの焼きそば最高―っ!」
「うんうん最高―っ!」
「ありがとうなのね剣太郎。花音はちょっと食べ過ぎなのね」
「なあこれ食い終わったらどこ行く?」
「綿あめ!」
「たこ焼き!」
「牛串!」
「…食い物ばっかりかよ」
「んなことより、今年こそ決着をつけるぜ、サエ!」

呆れる首藤の横で、黒羽がぎらりと目を光らせた。名指しにされた佐伯は、焼きそばを啜りながらも不敵に笑う。

「あれか。今年も俺は抜けないよ、バネ」
「かっこつけてるけどほっぺたに青海苔ついてるよサエ。クスクス」

花音は樹が入れてくれた冷たい麦茶を一口飲んで、「あれって何?」と首を傾げた。

「射的だよ! サエさんとバネさん、毎年凄いんだ」
「出店の人泣かせだよねえ。クスクス」
「そういう亮くんと淳くんだって、毎年金魚すくい屋のおじさんに勘弁してくれ〜って言われてるじゃん!」
「へええ。そうなんだ」

楽しみ、と笑う花音に「僕も頑張るから見ててね花音ちゃん!」と張り切る葵。
その横では、天根が黙々と二つ目のりんご飴を食べ終えるところだった。





出店の人泣かせ、と葵が称するだけあって、佐伯と黒羽の射的の腕はなかなかのもので。
次々と的を落とす様子に、ちょっとしたギャラリーが出来るほどだった。
結局今年も勝負はつかずに、天根と葵の腕に大量の景品がどっさりと渡される。

「お菓子いっぱい…! ありがとうバネさん、サエさん!」
「僕もうこんなおもちゃとかいらないんだけどなー」

目を輝かせる天根と、頬を膨らませつつも嬉しそうな葵を見て、花音も笑顔になった。

「よかったねー、ダビちゃん、剣ちゃん」
「うぃ。…花音にもちょっとあげる」
「花音ちゃん! 頭撫でないでよー!」

花音に坊主頭を撫でられて身をよじる剣太郎。その頭を、佐伯もぐりぐりと撫でる。

「ちょ、サエさんまで!」
「だって剣太郎の頭、気持ちいいんだもん」

佐伯は笑いながら、剣太郎の腕に山積みの景品からぬいぐるみをひょいと持ち上げて、「これは花音にね」と花音の手にぽんと載せた。

「えっ…。わ、かわいい。ありがとうこーちゃん!」

渡された動物のぬいぐるみを花音がぎゅっと抱きしめる。

「どういたしまして。俺だと思って可愛がってね」
「…えっ」

にこにこと笑顔で妙なことを言われて花音は固まった。良く見ればそのぬいぐるみは白い虎で。

「……虎だから?」
「うん」
「…こーちゃん、ちょっと寒いかな…」
「ははっ、そうかな」

突っ込まれても佐伯はにこにこ笑っている。
花音は溜め息をついて、もう一度虎のぬいぐるみに顔を埋めた。ぬいぐるみは真っ白で、ふわふわな毛が心地よかった。

「サエさんサムイよ…」
「サエさん冴えない。…ブッ」
「だから、つっまんねえんだよっ!」
「いいじゃないですか。それ、良く見たらかなり間抜けな顔してるのね。サエに似てます」
「い、樹っちゃん…」

樹に穏やかな笑顔でズバリと毒を吐かれ、さすがの佐伯もよろめいた。樹がやれやれという顔でその肩を叩く。

「あんまりからかってばかりじゃ駄目ですよ」
「…うん。わかってる。ありがとう樹っちゃん」

ふたりのやりとりに花音が首を傾げたところへ、今度は別の出店のギャラリーからわあっと歓声が上がった。

「あ、あれって…」
「金魚すくいだね。きっと亮くんと淳くんが神技を披露してるんだよ。皆行こう!」

剣太郎が駆け出し、皆もその後を追う。
花音もそれにならおうとしたが、つい、と手を引かれて止められた。

「…こーちゃん?」

花音の手に指を絡めたまま、立ち止まって動こうとしない佐伯の名前を呼ぶ。
佐伯は、「うん」と少し困ったような笑い方をした。

「ちょっと、いい? 花音」

間抜けな顔の虎のぬいぐるみを抱えたまま、花音は引き寄せられるように頷いた。


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