夏だから青春しましょう





夏真っ盛り。太陽はぎらっぎら。
外に出た瞬間意識が遠ざかるほどに、暑い。とにかく暑い。それしか言葉が出てこない。
只今の気温、36度。
いやいやいやありえないでしょ、ありえないよね、体温と同じとかさあ。

しかし、それよりもっと有り得ないものが、今私の目の前で現実に存在している。

「ろっかくぅ──! ファイオッ!!」
「オ────ッ!!」

元気に声を出しながら、ランニングから戻ってきたテニス部の面々だ。
いやいやいや、ファイオッ!じゃないからね、死ぬからね! この灼熱の太陽の下でランニングとかマジでやめてくださいほんと死んじゃうから!
恒例の砂浜ランニングを終えて来たらしい彼ら(この時期砂浜には海水浴を楽しんでいる観光客がわんさかいらっしゃるのに、その中をよく走れるよなーと思う)は、そのままワーイと元気にテニスコートになだれ込んできた。ワーイじゃねえよ。

「僕いちばーん! これで今日もモテモテ!」
「よっしゃー、じゃあ俺と対戦すっか!」
「いいねっ! 負けないよー!」

だから「負けないよー(満面の笑顔)」じゃねえよ! なんでそんなに元気なんだよ!
お、同じ人間とは思えない。

「剣太郎! 水分と塩分補給して、休憩! 練習はそれから!」

はしゃぎまくる1年生部長に副部長からの爽やかな叱責が飛んだ。あ、よかった、まともな人いた。

「えーッ!」
「えーっじゃないの。お前飛ばし過ぎ。皆倒れるよ」
「…はぁい」
「よしよし。じゃあ剣太郎も水分とって」

サエは素直に頷く剣太郎の坊主頭をぐりぐりと撫でている。私はその光景を微笑ましいな〜とぽけっと眺めていた。

「──桜!」

急にサエがこちらを振り返るから、びっくりした。
サエの明るい色の髪から汗がぱっと散ってきらっと光った。私の幼馴染みは、汗だくの姿も爽やかで絵になる少女漫画の主人公のような男の子だ。
って、呆れてる場合じゃないよ。凄い汗。はやく水分塩分補給しなくちゃ。
私は、苦労して運んできた台車の上の、特大クーラーボックスを急いで開けた。中にはスポーツ飲料のペットボトルがびっしり。商店街で酒屋を営んでいる我が家からの差し入れだ。うちのお父さんは六角テニス部のOBで、オジイの教え子にあたる。

「みんな、差し入れだよー! 飲んでー!」

声を張り上げるまでもなく、元気いっぱいの部員たちがわっと台車に群がってきた。
あ、汗くさ…男くさ…。

「桜いつもサンキューな!」
「ありがとなのね」
「おじさんにもお礼言っといてね!」

「あはは。今度の試合期待してるって言ってたよー」

口々にお礼を言うみんなに笑って答えていると、ほっぺたにひやりと冷たい感触が当たって、私は飛び上がった。

「ぅお! な、何!?」

横を向くと、サエがペットボトルを手に爽やかに笑っていた。今こいつ、冷えたペットボトルを私のほっぺたに押し付けたんだ。

「『ぅお』って、桜、おっさんみたいなリアクションだなー。ここはさ、可愛らしく『ひゃん☆』とか言ってくれるのを期待してたのに」
「…可愛くなくて悪かったね。ていうか、その発想がおっさんだよサエ」
「あはは。まあそれも桜らしくて可愛いよ」

可愛いよ、とかあっさり言ってのけちゃうあんたが一番可愛いんだよ。…という台詞はぐっと飲み込んだ。この頃サエは「可愛い」と言われることを嫌がるから。

「それよりサエ、汗、汗拭いて!」

水をかぶったみたいに汗をだらっだら垂らしてるサエの肩にかかってるタオルで、頭をごしごし拭いてやる。頭を拭くためには思い切り背伸びをしなくちゃいけなくて、それがちょっと悔しかった。小学生までは私よりちっちゃかったくせに!
乱暴にタオルを動かすと、サエは「わっ」と首をすくめてくすぐったそうに笑った。そういう顔はやっぱり可愛いと思ってしまう。

「ほら、はやくドリンク飲んで!」
「はいはい。桜はお母さんみたいだなあ」

ぶっ。可愛い笑顔で何を言うかと思えば。
サエはペットボトルのふたを開けると、ぐいっと顎を上げて飲み始めた。すぐ目の前で喉がごきゅごきゅ動くのが見えて私はなんとなく目を逸らす。すっかり出ちゃった喉仏は、あんまり可愛くない。男の人のものだ。

「っ、はっ」

サエが口元を拭いながら「桜」と私を呼んだ。

「何」
「はいこれ、さくらも水分補給」

は?
私の目の前に、ずいと差し出された飲みかけのペットボトル。もう半分以上ないし。

「さくらも汗かいてる。家からここまで台車押してくるの重労働だっただろ。しっかり水分とっとかないと駄目だよ」
「…いや、でもこれ、サエのだし」
「いいじゃん別に」
「…まあいいけどさ」

まだ新しいのたくさんあるのにと思いながらも、サエの笑顔の圧力に押されて私はペットボトルを受け取った。

「ありがと」
「どういたしまして」

嬉しそうに笑うサエはやっぱり可愛いな。
なんて、本人に言ったら機嫌を損ねて面倒なことになるから絶対言わないけど。

私もドリンクに口をつけた。意識してなかったけどやっぱり喉は乾いていたようで、くっくっくっと飲み干してしまう。

「ぷっはあ! あー、おいしい」

空っぽのペットボトルを口から離すと、サエがおかしそうに吹き出した。

「桜、やっぱりおっさんくさいよ」

おっさんになったりお母さんになったり私も忙しいな。
剣太郎が「サエさんと桜さんが間接チューだ! いいなーっ!」とか叫んでるのが聞こえたけど、そんなの子供の時から一緒にいたら別に珍しいことでもなんでもない。

「剣太郎は元気だねえ」
「はは、そうだね」

サエと目を合わせて笑い合った。

「ね、サエ。本当に今からテニスの練習するの? 熱中症で倒れちゃうよ?」
「大丈夫大丈夫。俺たちそれなりに鍛えてるから」

さらっと笑うサエは本当に大丈夫そうだ。
すごいなあ。こんな炎天下で激しい運動ができるなんて、本当に体力あるんだな。

「…サエたちは大丈夫でも、他の部員は…」

私は周りを見回して、呆れた溜め息をついた。どいつもこいつも、既にラケットを手にワーワーはしゃぎまくってる。テニス部って怖い。体力バカの集団だ。体力バカでテニスバカだ。

「ま、様子見てね、やばそうだったら早めに切り上げさせるから。心配ありがとう、桜」

サエが、私の帽子の頭をぽんぽんと軽く叩く。しっかり者の副部長さんの顔だ。

「…今ちょっとだけ、サエのことかっこいいって思ったかも」
「ちょっとだけなの? ひどいなあ」

サエは笑って、それから少し声の色を変えて「桜」と呼んだ。
少しどきっとした。声変わりを終えた低い声を出すのは卑怯だよ。

「なっ、なに?」
「結構、夏バテしてるよね。顔色あんまり良くない」
「…いや、誰だってバテるよ。だって今日36度だよ? あんたらテニスバカと違って凡人には外にいるだけでも苦行だよ」
「やっぱり今日は早めに練習切り上げるよ。このまま気温が上がったら危険だし」
「へ?」
「明日からは早朝と夕方以降の練習にする」
「あ、そうだね。それがいいね。日中はやっぱり危ないよ」

うんうん。さすが副部長、ちゃんとみんなのこと考えてて偉い!

「こんな暑い時間に、桜に差し入れ運ばせるの心配だし」
「……」

私の心配かよ!
部員の心配しようよ副部長!
…って、まあ、本当はサエが部員のことをしっかり考えて発言してるのわかってるから、突っ込まないでおくけども。

「少し打ったら解散するから。桜、そこの木陰で待ってて」
「え」
「送ってく。ふらふらしてて危なくて一人じゃ帰せない」

サエは私の頭をまたぽんぽんと叩いて、くるりと背中を向けるとコートに向かって走って行ってしまった。

「剣太郎! 集合かけて!」

…ちゃんと、部長の剣太郎から声をかけさせるんだ。
副部長してるサエはちょっとかっこいい。
それから、テニスをしてるサエは、ちょっとどころじゃなくかっこいい。まだ言ってあげたことはないけど。

サエが待っててって言ってくれたから、今日はテニスするサエを少し見られる。うれしい。

本当に尋常じゃないくらい暑くてまいっちゃうけど、暑さに負けない体力を持ったテニス少年たちはすごいなあって素直に思う。体力バカ、テニスバカなんて言っちゃったけど、努力の末のつよさだ。鍛え抜かれたつよい体を、本当はかっこいいって思ってる。

夏が似合うっていいなあ。青春って感じだよなあ。

私はサエに言われた通り木陰に移動しながら、自分の非力さに溜め息をつく。

「桜!」
「へ? ──わっ」

振り向いた途端、顔にべしゃっと濡れた何かが飛んできた。
ちょ、これ、タオルじゃん。サエの。さっき汗まみれのサエの頭を拭いたタオルじゃん。え、なに、ていうことはこの水気はサエの……汗?

「ぎゃああああっ! なにすんのサエ信じらんない、きたない!」

本気でむかついて怒鳴る私。
サエは遠くで「汚いはひどいなあ」と爽やかに笑っている。かなり遠くて、投げ返すこともできないのが悔しい。サエはこの距離を軽く投げたんだと思うともっと悔しい。

「持ってて。そこでちゃんと俺のこと見ててね」

なんか言ってるよ。なんか言ってますよ、すごくいい笑顔で、髪の毛を太陽にキラッキラ照らされながら。ほんともうなんなんですかねこの幼馴染みは。

剣太郎がヒューヒューとか言って、私は思わず顔が熱くなるのを感じた。
おっかしいな、今そんなときめくような場面じゃないはずなんだけど。私、ついに暑さで壊れちゃったのかな。そうだ、きっとそう。だって。

仕方ないよね夏だもの!


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