HERO!






子猫を見つけた。毛糸玉みたいな小さな子猫。段ボールの箱に入って、みいみい鳴いていた。捨て猫だってすぐに分かった。
雨が降ってて、寒かった。夜で辺りは暗かった。私は図書館で調べ物をしていて、門限ギリギリに寮に帰って来たところだった。

「……どうしよう…」

子猫が濡れないようにしゃがみこんで傘を差しかけながら、私は途方に暮れた。もうすぐ門限だから寮に入らなくちゃいけない。この子を連れて入る訳にはいかない。だけどこんな小さな猫、放っておいたら死んじゃうんじゃ…。そう考えたら怖かった。とても放ってなんかおけない。でも、どうしたらいいんだろう?
なあーん。子猫は私の顔を見上げて鳴いた。お腹が空いているのかな。寂しかったのかな。この子、これからどうなっちゃうんだろう…。
どうしよう。どうしたら。
私は泣きそうになった。というかちょっと泣いてた。
そんな時、来てくれたのだ。救世主が。

「──何やってんだ?」

心配そうな声。ぱっと顔を上げると、同じクラスの不二くんが傘を差して立っていた。不二くんは私と目が合うとびっくりした顔をした。

「な、何泣いてんだ……あ、」

そこで不二くんも子猫に気付いた。段ボールに入った子猫を見て大体を察してくれたんだろう、不二くんは私の隣にすとんとしゃがみこんだ。なあん、と子猫が鳴く。なんだかうれしそうだ。自分の境遇も知らないで…またじわりと涙が出てきた。

「捨て猫かな」

不二くんがぽつりと言う。

「わかんない。…でも、そうだと思う」
「だよな。わざわざ段ボールに入れて、ご丁寧に学生寮の前に置いてあるんだもんな」
「う…。学生なら誰か拾ってくれると思ったのかな。でも…」
「寮生じゃ無理な事ぐらい分かれよなー」
「だよねえ」
「まあ、捨てる奴なんて大して考えちゃいねーか」

顔を見合わせて苦笑する。不二くんは手を伸ばして子猫の喉を撫でた。ゴロゴロゴロ、子猫は不二くんの手にすり寄って気持ちよさそうな音を出す。私は思わず笑ってしまった。

「どこから出てるのかな、この音」
「さあ? でもかわいいな」
「うん」
「……よかった、笑って」
「え?」
「や、何でもない」

不二くんも笑って、それから急に真面目な顔をした。

「お前、なんでこんな遅くに帰って来たんだよ」
「え。あー…、図書館で調べ物してて」
「調べ物って…。もしかしてグループ発表のやつか?」
「あ、うん」
「だったら同じ班の奴は?」
「みんな部活とか委員会とかあるから。私帰宅部で暇だし…」

えへへ、と笑うと不二くんは呆れた顔になった。うーん、自分でも要領悪いの分かってるんだ…。

「ふ、不二くんは? 何してたの?」
「俺は自主トレ」

言葉通り、不二くんの肩にはラケットバッグがかかっている。

「ああ、テニス。不二くん凄く強いもんね」
「…強くねえよ。全然」

不二くんが眉間にぎゅっと皺を寄せたから、私は驚いた。

「えっ、そんな事ないよ。強いよ、凄く。いつもカッコいいって思って見て……あっ」
「え…」
「……」
「……」

しまった、口が滑った。思わず黙り込む私と不二くん。ち、沈黙が、痛い。子猫が無邪気になあんと鳴いた。

「…先週の試合も、見てただろ」
「げっ」
「げ?」

気付かれていたとは。目立たないように隅の方で小さく応援していたというのに…。

「ご、ごめん、邪魔だった、かな」
「はあ? 邪魔とかねえし。つーかあんな必死な顔されたら頑張るしかねーっつーか…もっと近くで見てて欲しいっつーか…」
「えっ?」
「あっ」
「……」
「……」

また沈黙。
ど、どうしようなんだか物凄く恥ずかしい。とんでもなく恥ずかしい。夜でよかった。赤くなってるの(あんまりは)見えないと思うから。

「ふ、不二くんの試合見ると元気出るから! 私も頑張らなきゃとか思うから! だからち、近くで見られたら嬉しいな!」

不自然に元気な声が出た。絶対不自然だったと思う。でも、せっかくのチャンス逃したくなくて。

「お、おう! じゃあ次はもっと近くで応援してくれ!」

不二くんの返事も不自然なくらいに元気いっぱいだった。私達は不自然にえへへ、と笑い合った。…ああ、なにこれ凄く恥ずかしい…。
──なあん。子猫が鳴いた。

「あ」

途端に心がしゅるんと萎む。そうだ、子猫。この子をどうしようって困っていたんだった…。浮かれてる場合じゃなかった。

「あっ、こら、泣くなよ!」

不二くんが慌てた声を出すから、私はちょっと笑った。

「不二くん…。猫だし、鳴くのは仕方ないんじゃないかなあ」
「や、猫の事じゃなくて…」

不二くんに撫でられて気持ちよさそうにしているこの子、本当にどうしたらいいんだろう。寮の門限は着々と近付いていて、交番に行く時間もない。第一交番に届けたら、この子は保健所送りになってしまうんじゃ…。

「あー、もう、しょーがねーなあっ」
「え」

不二くんが溜め息をひとつ吐いて立ち上がった。──その手に、子猫を抱っこして。

「え。え…。不二くん?」
「俺が引き取る」
「え……ええっ!?」

だって寮なのに。しゃがみ込んだままぽかんとする私に、不二くんは「ん」と手を差し出してくれた。ラケットバッグ肩に掛けて、子猫を片手に抱いて、傘は顎で押さえて、器用に。私がぼんやりとその手を取ると、ぐいって引っ張って立ち上がらせてくれた。力、つよい。やっぱり男の子だな。だけど見た目よりずっと大きくて優しい手だと思った。

「俺んち、都内なんだ。うちの家族動物嫌いじゃねーから、飼えると思う。飼えなくても引き取り手見つかるまで預かるくらいはできる」
「あ……そうなんだ…。でも」
「今夜は仕方ねーから俺が部屋に隠す。明日実家に連れてく」
「ええっ!?」

そりゃ明日は土曜日で休みだけど、でも、今夜部屋に隠すって。

「だ、大丈夫なのそんなの…。その子鳴くし、男子寮の寮長さんって厳しいんでしょ?」
「観月さんなー。うー…でも、まあなんとかなるだろ! 最悪バレてもあの人なら説明すれば分かってくれる!」
「そ、そうなの…?」

本当に大丈夫なのかな…。観月先輩ってそんなに物分かりの良さそうな人には見えなかったけど…でも不二くんがそう言うなら、意外と(失礼)いい人なのかもしれない。

「だからもう泣くなよなっ!」

そう不二くんが言うのに、子猫は機嫌良さそうになあんって鳴いてる。鳴くなって言われてるのに。私は可笑しくなってくすくす笑った。

「そうそう、そうやって笑ってろ」
「…?」

あ、れ?
もしかして「なくな」って子猫の事じゃ、ない?

「……」

気付いた途端に顔から火が出そうになったけど、夜だから不二くんには見えなかったと思いたい。
何この人カッコよすぎる……知ってたけど……。

「ほら、早く寮に戻んねーと」
「ふ、不二くん!」

私を急かしながら、シャツの中に子猫を突っ込もうとしてる不二くん(まさかそれで隠しているつもりなのだろうか…)を慌てて引き留めた。

「不二くん! 明日、その、迷惑じゃなければ…私もご実家に着いて行っちゃ駄目かな!? その子の事気になるし、私にも責任あるから!」
「え!?」

これほどまでにぎょっとした顔と言うのもあまり見られないのでは…ってくらいの表情をした不二くんに、私はしょんぼりと肩を落とした。

「あ…、ごめん。やっぱり迷惑だよね」
「あー、違う違う、そうじゃなくて! ……いいよ、一緒に来て」
「え」
「その代わり! うちで何を見ようとも他言すんなよ!? うちの家族が変なちょっかいを…ぜってー出して来るに決まってるけど…出してきても無視すんだぞ!? 分かったな!?」
「え…う、うん、はい」
「よし!」

不二くんは何故か髪の毛をばりばり掻いて、「じゃあな! 明日9時な!」と叫ぶと男子寮の門の方に走って行き…かけて唐突に立ち止まると振り返った。

「早く女子寮入れ! 危ないだろ!」
「えっ…」
「お前が入ったら俺も行くから」
「……」

だ…だからカッコよすぎるだろー!と脳内で盛大に突っ込みを入れながら、私は「今が夜でよかった」と何度目か分からない安堵をした。でも本当に走らなきゃ間に合わないくらいの時間だったから、そして寮の門限破りの罰則は凄く厳しいから、不二くんにこれ以上迷惑かける訳にはいかない。急がないと。

「不二くん本当にありがとう! 不二くん私のヒーローだよ! お休みなさい、また明日!」

私はぺこりと頭を下げると、一目散に女子寮の門へ向かって走り出した。後ろで何かが盛大にずっこけたような音がしたけど確認する時間はない。だって、私が寮に入らないと不二くんも入ってくれないって言うんだから必死だった。
走りながら水溜りを踏んで足が濡れたけど、全然平気だった。つい数分前までの泣きたい気持ちは全部消えてた。よかった、あの子は助かる。不二くんが助けてくれた。よかった。本当に。
ほかほかあったかい気持ちを胸一杯に持て余して走った。

「──おい、桜! 転ぶなよー! また明日な!」

後ろから追いかけて来た声に笑ってしまった。名前知ってたんだって驚きと、明日の約束嬉しいなって気持ち。ほかほか。あー、もう、「大好き」って言っちゃいたい。


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