どっちもどっち






休み時間、佐伯くんと談笑する黒羽くんを後ろからじっと見た。
快活な笑い声。ちらりと見える横顔はとても明るい。黒羽くんはクラスでも特に男子に人気があって、いつも人の輪の中心にいる。人を引っ張るのも上手い。もうすぐ高校生になって初めての体育祭があるけれど、黒羽くんのお陰でクラスがまとまって練習に励んでいる。うちのクラスはよそのクラスよりずっと団結してるしみんな仲がいい。凄くいい雰囲気になっていて、居心地がいい。
黒羽くんの周りは、いつでもチカチカしてる。きれいな光が、ある。
でも、だ。

「黒羽くん」

呼びかけたら、黒羽くんの背中がビクリと跳ねて、カチンと固まった。外国の子供向けアニメーションみたいなリアクションだ、と思う。ト○とジェリーとか、バックスバ○―とか、ああいうの。

「バネ。呼んでるよ」

佐伯くんが苦笑しながら私を指さしてくれる。ありがとう佐伯くん、いつも気が利く。
佐伯くんは黒羽くんと同じ六角中の出身だ。六角出身の人はみんな黒羽くんの事、「バネ」って呼ぶ。仲良さそうで羨ましいな…って少し思う。

「お、おうサエ! そうだな!」

黒羽くんはカクカクした不自然な動きで佐伯くん(サエ、なんて可愛いあだ名だ)(でもバネ、もかっこいいと思う。うん)に頷くと、やっと私を振り返ってくれた。

「お、おう! 元気か! どうした!」

元気かって…。黒羽くんの向こうで佐伯くんが吹き出すのが見えた。
私は一応頷いた。

「ありがとう、元気だよ」
「そうか! そりゃよかったな! 元気が一番だからな!」
「うん…? まあ、そうだね」
「おう! 元気なのは、いい事だ!」
「ありがとう…?」

佐伯くんが耐えきれなくなって机に突っ伏して笑いだす。このまま続けても埒が明かないので、私は用件を切り出した。

「黒羽くん、今日の放課後って用事ある?」
「え!? は!?」

黒羽くんはまた飛び上がった。

「だからね、今日の放課後…」
「ぶ、部活が! 放課後は部活があって!」
「今日は調整で休みだよバネ。忘れたのか?」
「!」

佐伯くんに突っ込まれた黒羽くんは、いっそ絶望的ともいえる顔をした。
……これ。分かりやす過ぎる。ちょっと落ち込む。

「……体育祭で使うクラスのバンダナ見に行かない?って思ったんだけど……。用事あるならいいの、私一人で行くから」

私はしょんぼりと言った。
私と黒羽くんは体育係なのだ。係に決まった時は心の中で「イヨッシャア!」とガッツポーズを決めた私だけど、今はこの関係も微妙かも…。

「えっ」

カチンコチンに固まって青褪める黒羽くん。

「勿論行くよ。ね、バネ」

笑顔で黒羽くんの脛を蹴る佐伯くん。私は頑張って笑顔を作って首を振った。

「ううん、大丈夫。私帰宅部だし暇だから。黒羽くんは部活、頑張ってね。調整日なのに自主練するなんてすごいね」
「うっ……あ、あの、」
「じゃあね!」

盛大にどもる黒羽くんを見ていたくなくて、私は背中を向けた。
ちょっと泣きそうになる。

────同じクラスの黒羽くんは、女性恐怖症。
そしてよりにもよって、そんな黒羽くんに恋をしているのだ、私は。



傷心を抱えて一人で行くつもり満々だったのに、黒羽くんは放課後、遠慮する私に構わずほとんど強引について来てくれた。ついて来てくれたというか、私はバンダナがどういう店に置いてあるのかもよく知らなかったので、黒羽くんが先に立って連れて行ってくれたという方が正しい。スポーツショップ。私には縁のない場所だ。
…百均で済ませたらさすがにクラスのみんなにブーイングされるかなと不安だったから、正直助かったけれど。やっぱり私と目を合わせないで挙動不審な黒羽くんと一緒に歩くのは、いちいちズキズキと胸が痛んだ。
ぎくしゃく、右手と右足を同時に出しながらも、広いスポーツ店の中を迷わずに進む黒羽くん。運動部だけあってこういうところに慣れてるみたい。あんまりじーっと見つめるとますます固まっちゃって可哀想なので、私もなるべく目を合わせないように努めた。難しい、けど。だって好きな人だから本当はやっぱりずっと見つめていたいもん。世の中ってままならない。
バンダナは、すぐいいのが見つかった。

「こ、これなんかどうだ?」

黒羽くんが指差すのをどれどれと近寄って見る。近寄った瞬間に黒羽くんが飛び退って離れたのには気付かない振り。

「あ、いいねー。黒羽くん、センスいいね!」
「うあ!? え!? あ、いや…」
「よかった。私だけじゃこんないいの見つけられなかったよ。黒羽くんがいてくれてよかった」
「よっ…」

絶句する黒羽くん。私は苦笑した。早く解放してあげなきゃね。

「40枚在庫あるかなー」

黒羽くんから目を逸らして、しゃがみこんで「いーち、にい…」と数を確認する。そしたら黒羽くんがいる方向から「ふ」と息をつくような音が聞こえた。音。っていうか。今の。……吹き出した? 黒羽くんが?
私はぽかんとして黒羽くんを見上げた。気のせいじゃなかった。黒羽くんは確かに笑ってた。可笑しそうな顔でこっちを見てる。

「んな事するよか、店員に聞いた方が早いと思うぜ?」
「……」

うわ。黒羽くん喋った。どもらないでスラスラ喋った!
しかも笑ってるよ。佐伯くんとかクラスの男子に見せるみたいな自然な顔で、私に!

「はっ…」

なんでか、今度は私の方が絶句してしまった。カチンコチンになって。
黒羽くんはそんな私に構わず、気慣れた様子で店員さんを呼び、在庫を出してもらい、ちゃっかり値段交渉までしていた。私は呆然とその流れを見ていた。
レジでお会計を済ませ、ありがとうございましたー!という店員さんの声を聞きながら、二人で店を出る。気がつけばお金を払ったのも(勿論立て替えだけど)荷物を持ったのも黒羽くんで、私は慌ててお礼を言った。

「黒羽くん、ありがとう!」
「は!? えっ…」

あ、やっぱりどもるんだ。固まっちゃうんだ。さっきの笑顔は幻か。

「あの…今日ごめんね。本当は来たくなかったんでしょう?」
「えっ」
「佐伯くんに言われて仕方なく来たんだよね? 分かってる…」
「や、あの」
「黒羽くん、私の事苦手だもんね…」
「はあ!?」

あ、自分で言ってて悲しくなってきた。

「あー…あの、」
「黒羽くんが女の子苦手なの知ってたのに、無理矢理誘ったりしてごめんね。でも今日は来てくれて本当にうれしかった! ありがとう!」
「うっ…! あっ…!」
「いいバンダナも買えたし! 黒羽くんのお陰だよ。本当はお礼にハンバーガーでも奢るよって言いたいところだけど……黒羽くんが困るよね。だからまた明日、学校でね。体育祭の準備、なるべく面倒かけないようにするね。じゃあ、今日は本当にありがとう!」

精一杯の笑顔をつくった。だって、女性恐怖症の黒羽くんと二人で、こんなに近くで一緒に過ごせるのなんてきっと今日これきりだろうなって思うから。今日は本当に奇跡みたいな日だったんだなー…。黒羽くんにとっては災難の日だっただろうけど。

「苦手じゃない、好きだ!」

…………今なんか聞こえた?
黒羽くんの声だった気がするけど。いやまさかそんな。ついに幻聴まで聞こえるようになったか、私。片思いってつらいな…。ふっとそっぽ向いて自嘲したら、肩を掴まれた。両手でがっしりと。え。

「……黒羽くん?」

真っ直ぐ、真剣な目で私の顔を見つめてくるの、黒羽くんだった。今まで碌に目も合わなかったのに。黒羽くんの目はなんかぎらぎらしててちょっと怖かった。そ、逸らしたい。でも逸らせない。だって物凄く一生懸命に必死で見つめてくるから。顔、めっちゃ赤いし。なんか焦ってるし。

「…悪かった。俺、態度不自然で。自分でもガキかよって思うけどお前の前だとまともに喋れねーんだ。サエにもすげーからかわれて」
「……そ、そんなに嫌われていたなんて……」
「だがら違うって! 俺はお前が好きなんだ!」
「…………」

すきなんだ。すきなんだ。すきなんだ……(エンドレスエコー)。

え。何。黒羽くんって女性恐怖症じゃなかったの? 私の事好きだったの? 好きだから目合わせてくれなかったの? 好きだから近寄るとカチコチに固まってたの? 好きだからどもってまともに話せなかったの? それって…それって……

「小学生か!」

思わず突っ込んでしまった。黒羽くんはガクリと項垂れた。

「サエにも言われた……」

でしょうね。意味ありげに笑っていた佐伯くんを思い出す。佐伯くんの事だから絶対私の気持ちにも気付いてた。気付いてて黒羽くんの背中を押したんだろう。

「…知ってるよ、自分でもバカみてーだって思うし。悪かったな、気遣わせて。でもさ、そ、そういう訳で、俺はお前をスススススススキだから、だからこう不自然になっちまうけど、嫌ってるとかそんなんじゃねーんだ。誤解しないでくれ」
「はあ」
「だからさ、悪いけど少し我慢してくれ。体育祭の準備も一緒にやるから。俺だって係なんだし、もっとガンガン使ってくれ。荷物持ちでもなんでもやるから」
「は、あ」
「あ、好きとか言われてキモかったか? あー…悪い」
「えっ」
「だよな。急にんな事言われてもキモイよな…」
「ちょ、黒羽くん」

一人で勝手にどんどん落ち込んでいく黒羽くんに、私は慌てた。

「キモくなんてないよ!」
「いいんだ、無理しないでくれ。でも俺、お前と付き合いたいとかそういうんじゃねーんだ。ただ俺は」
「ええっ私は黒羽くんと付き合いたいよ!? だって好きなんだし!」
「えっ」
「えっ」

呆然と顔を見合わせる私達。
ぱちぱちぱち、とまばらな拍手の音が聞こえてハッとした。そういえばここ、商店街のど真ん中だった。慌てて周りを見回せば、いるいる、うちの学校の生徒がここにもそこにもあそこにも。そしてみんなしてこっちを見てにやにやしているではないか。ヒューヒューとか「おめでとー」とか聞こえる。あああああ……。
に、逃げたい。
そう思ったのと同時に、右手、がしっと掴まれた。え。

「逃げるぞ!」
「は!?」

私の手を取った大きな手は黒羽くんで。そのまま黒羽くんに手を引かれるかたちで走り出す。ちらりと見えた耳が真っ赤だった。うわ。こっちまで伝染して熱くなる。
一緒に走ってく。風が心地よく肌を撫でていく。
黒羽くんは足が速い。私も遅い方じゃないけど、黒羽くんと走るといつもより早く感じる。でも疲れないのは、ちゃんと、私に合わせてくれてるんだって分かった。繋いだ手から走るリズムとか、心臓のいろんな音、伝わってくるみたい。

──どこまで行くんだろう。
海だったらいいなって思った。

二人きりの海で、ちゃんと、続きを、しよう。


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