ひだまりでまどろむ






外は木枯らしが吹き荒れて寒いのに、ガラス越しに感じる冬の日差しはとてもあったか。
オジイの家の広縁は光を集めるサンルームみたい。

古い家屋らしく何部屋も続く和室の南側は長く繋がった広縁になっていて、飴色の木の床がつやつやと光ってとてもきれい。

今日はそこにお客様用の布団を全部出して、ガラス窓越しだけど天日干し。
お客様…っていってもこの家に泊まりに来るお客様のほとんどは私たち六角テニス部か、その予備軍の子どもたちだけど。
練習のない日曜日、他に行くところもない私はこうしてオジイの家に遊びに来て、一緒にお茶を飲んでお昼を頂いて、お掃除を手伝ってついでにお布団を全部出して天日干しなんかしている。
長い広縁に何組もの白い布団がずらりと並ぶ様は、なかなか壮観。
私は満足げにそれを眺め、「いつもマネージャーご苦労様ぁ」ってオジイが出してくれたとびきり美味しい羊羹と一緒にまたお茶を頂いて、猫と一緒に日課の散歩に行くオジイを見送って、さて夕ご飯には何を作ろうかなあ…なぁんてのんびり考えている、うちに。いつの間にか。
ほかほかの布団に引き寄せられるみたいに、そこで眠ってしまったみたいだった。

「……あれ?」

気が付いたら目の前にいっぱいの金色。パンケーキの上でとろりとあったかくとろける蜂蜜みたいな甘い色。

「…おいしそう……」
「何が?」
「……あれ?」

じゃない。金色じゃない。金色に見えたのは色素の薄い茶色の髪が西日に照らされてきらきら光ってただけだ。お馴染みの、よおく知ってる髪の色。

「サエ」
「うん。おはよう桜」

私の隣で同じように布団に横になっていたサエは、「よく寝てたねえ」とのんびり笑った。サエの方は横になってただけで寝てはいなかったみたいだった。

「……いつ来たの? 今何時?」
「30分くらい前かな。浜でオジイに会って、桜が来てるって言うから俺も来てみた。もうすぐ3時になるところだよ」

サエは私の質問に丁寧に答えてくれた。3時。広縁に面した大きな窓ガラスから差し込む陽射しの傾き方で何となく分かっていたけど、2時間近くも寝ちゃったんだ。ああ…お休みなのにもったいなかったな、なんて少し気持ちがしょぼんとした。別に起きていたって特にする事もなかったんだけど。

「オジイは?」
「まだ帰って来ない。工房に寄るって言ってたから遅くなるんじゃないかな」
「そっか…」

工房。オジイがウッドラケットを作る工房は、同じくオジイ手作りのアスレチック場のそばにある。あそこはいつも子どもたちで溢れていて、オジイが一度顔を出すとなかなか離してはもらえない。みんなオジイが大好きだから。

「それなら、慌てて夕ご飯の準備しなくてもいいね」

起こしかけた頭を、布団に戻す。ふわん、とあっためられた綿の匂いがした。狙い通り布団はほかほかのふかふかになっていてとても気持ちがいい。押し入れにしまっちゃうのが勿体ないくらいだなあ、なんて思った。

「桜、夕飯までここにいるの?」

サエも寝っ転がったままでちょっと呆れた声を出した。うっ。

「だって…。家に帰っても誰もいないし、やることないし。つまんないんだもん」
「誰もいないって…。お母さんまた出張?」
「そう」
「お父さんは?」
「お父さんも出張中。一昨日からシンガポール」

一人の家に帰るのも、一人でご飯を食べるのもつまんない。だから今日はここにいるの。
私の返事を聞いたサエは、大きな目を真ん丸に見開いて私を見つめた後、「それを早く言えよ」と言った。

「え…。言ってどうするの」
「女の子一人じゃ危ないだろ。俺が泊まりに行くとか、俺の家に泊まりに来るとかあるじゃん」
「あのねえ」

確かに、数年前まではあった。お互いの家でのお泊り。
私とサエは家が近くて小学校も一緒で、テニスを通じて仲が良かったから。今日みたいに私の親が二人とも出張なんてときにはよく泊まりに行かせてもらったり、反対に泊まりに来てもらったりしたものだ。でもそれも、中学に入ったころからなくなった。

「女の子一人より、女の子と男の子二人きりの方がよっぽど危ないよ。……って、世間一般では思われるんじゃないのかな」

母に言われた言葉をそのまま口に出す。口に出すときちょっと痛かった。言いたくないなあって思った。でもね、こういう事はちゃんと言わないとね。サエなんて、まるっきり小学生の時と同じ態度で接してくれようとするんだから。うれしいけど。先に大人になる分、女の子の私がしっかりしないとね。周りの大人に変に誤解されて私たちの仲がこじれる様な事になったら悲しいもん。

「……」

予想に反して、サエはふわりと静かに笑った。
てっきり眉を顰めてちょっと傷ついたような顔をして「馬鹿馬鹿しい」って言うかと思ってたのに。びっくりしてる私の頭をちょっと撫でて、「そうか」って優しい声を出すから。

私の方が先に大人になってるつもりだったけど、男の子だっていつまでも子どものままじゃないんだなあ、なんて。じわりと胸に染みた。

「じゃあ、このままもう少し寝ちゃおっか。一緒に」

ぽんぽん、とあやすみたいに頭を撫でられる。子どもの頃なかなか眠れない私を寝かしつけてくれたその仕草。だけど今はちょっとだけ違う。なにが……? まだわからないけれど、きっと見えないようにしているだけなんだ。

サエの優しいてのひらと、冬の精一杯の日差しにあっためられた布団の心地よさ。とろりと眠気を誘われて瞼を閉じかけながらも、私は「だめだよ」と力なく最後の抵抗をした。

「お布団、もう取り込まなきゃ…あったかいうちに仕舞わないと」
「外に干してる訳じゃないから大丈夫。むしろもう少し熱気を逃さないとね」
「……夕ご飯の買い物」
「俺、鍋の材料持ってきたから。後で一緒に作ってオジイと食べよう。遅くなっても家まで送るから心配しないでいいよ」
「…………」
「ね? 一緒に寝よ?」

頭を撫でていた手で、手を包まれた。体温が高い。サエも眠いんだ、子どもみたいだなあ。
安心感がどうっと押し寄せて、一緒に眠気も押し寄せて、もう耐えられなくて瞼を閉じた。閉じながらふふっと笑って包まれた手を握り返した。

「おやすみ、桜」
「……おやすみサエ」
「…いつか、帰る心配をしないでこんな風に一緒に寝たいね」

ほんとにそうだなあ。そうなれたらいいなあってすごく思った。半分眠りながら頷いたら涙が出て、その涙を優しく拭われるのが分かってまた涙が出た。

いつか一緒の場所に帰りたいな。

祈るみたいに、願った。




「……あれ?」

目が覚めて、一瞬自分がどこにいるのか、何歳なのか分からなくなった。
ほかほかのあったかい布団の感触も、握った手の優しさも、目の前に広がる甘い蜂蜜色まで、あまりにあの頃と同じだったから。夢の続きかと思って。

「おはよう、桜」

くすくすと笑いながら言うサエは、でもちゃんと大人になってて、ああ、夢じゃない現実だって分かった。
日当たりのいいベランダに面したリビングで、取り込んだ布団を床に広げたままあまりの気持ちよさにそのままうとうとしてしまっていた。
そして、昔の夢を見たんだ。

「……おはよう」
「よく寝てたね。俺までつられて寝ちゃってた」
「……ええと、今何時?」
「ん、3時になるとこ」

時間まで同じだ。私は可笑しくなってへにゃっと笑った。「なんか思いだしちゃったね」なんてサエも一緒に笑うから、同じ夢を見てたみたいで酷く幸福な気持ちになった。

──あの時は。
結局あのまま二人で寝てしまって、起きたら夜で、しかもいつの間にかちゃっかりテニス部のみんなが周りで同じように寝ていてびっくりしたんだった。オジイも一緒に、みんなでお鍋を作って食べて、帰りは約束通りサエに家まで送ってもらって。
誰もいない家に入りたくないな、とドアの前で立ち竦む私に、サエが生まれて初めてのキスをしたんだった。あれからたくさんのキスをしたけれど、あんなに泣きたくなったキスはあの時一度きりだった。

「桜、何考えてるの」
「中学生の時の事。あの頃は可愛かったなあって」
「桜は今も可愛いよ」

10年も経つのに、さらっとそんな事言うし…。

ほっぺたを撫でるサエの指に、硬い感触。私の左手の薬指にも同じものが嵌まってる。馴染み過ぎて外すと違和感を感じるくらいに体の一部になってしまった銀色のまあるい輪っか。

「ねえ、これは夢じゃないよね」
「夢じゃないよ」

私の唐突な問いかけにも驚かないで、くすくす笑いながらサエは私の顔にくちづけを落とした。何度も何度も。

「そしたらもう、帰らなくていいんだよね? 一人の家に」
「うん。ここが俺たちの家で、一緒に帰る場所だよ」
「──うん」

幸せすぎて涙が滲む。夢を見て寝ぼけて泣くなんて変なの。拭おうとしたら「隠さなくていいよ」ってまたキスをされて、あの頃は知らなかった熱が引き出される感覚に体が震えた。

目を閉じる。眠る為じゃなく、愛を受ける為に。


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