宝探しと約束






うーん。うーん。私は色とりどりのネクタイを前にして唸っていた。
デパートのネクタイ売り場。初めて足を踏み入れたそこは、色と模様が氾濫しそうに溢れていて圧倒された。適当にちょっとよさげなものを選ぼうとか考えたのは甘かった。こんなにたくさんの種類のネクタイを前にしたらもう何が何だかわからない。どれが趣味が良くてどれがセンス悪いのかも全然分からない。

「うううー…」
「──小森?」

うんうん唸っていると、ふいに後ろから呼びかけられた。知ってる声。
弾けるように頭をあげて振り返った私はきっと酷い顔をしていたんだろう。相手はちょっとたじろいだ(ように見えた)。

「…ど、どないしたん。この世の終わりみたいな顔して」
「忍足い〜」

忍足侑士。クラスメイト。席が近いから結構話す。最初はなんだか近寄りがたいと思っていたけれど、本の趣味が合う事から意気投合して仲良くなった相手だ。

「忍足助けて! ネクタイって全然わかんない!」
「はあぁ?」

忍足は怪訝な表情を浮かべながらも、ちゃんと私の隣に来てくれた。あ、たすけてくれるんだ、ってわかった。ほっとした。

「何、ネクタイ選んどるん?」
「そう。でもどれを選んだらいいのか全然わからなくて」
「プレゼント? ……男?」

今、「男?」の前ちょっと開いた。私は可笑しくなって笑う。

「そりゃ男だよ。お父さんだもん」
「…お父さん? ああ、なんや」
「なんやって何」
「別になんも。お父さん誕生日でも近いん?」
「そう」

頷くと、忍足は「へえ」と眉を上げて少しだけ何か考える仕草をした。首を傾げる私をちらりと見遣って「まあ妥当かもしれん」とかぶつぶつ呟いている。なんだ。

「小森、交換条件といかん?」
「交換条件?」
「そ。俺が小森のお父さんへのプレゼント選び手伝ったる代わりに、小森は俺の母親へのプレゼント選び手伝ってくれへん?」
「え…」

驚いてまじまじと忍足を見返してしまった。

「忍足のお母さんも、お誕生日?」
「そう。偶然やな」

偶然も偶然。びっくりだ。

「そんなの、交換条件なんかいらないよ。手伝いたい! 手伝わせて! お母さんどんなものが好きなの? 婦人用品売り場だったらこの階じゃなくて…」

お母さんへのプレゼントを選びあぐねてる忍足なんてなんだかすごくかわいい。ほっとけない。そんなの絶対手伝ってあげたい!
思わず嬉しくなって忍足のコートの腕を引っ張ってエスカレーターに向かおうとしたら、「こらこら」と笑いを含んだ声に止められた。

「どこ行くねん。まずは小森のお父さんのネクタイが先やろ」
「あっ、そうか…忘れてた…」
「全く…」

忍足は笑って、「ごめんな」と私の頭をくしゃりと撫でた。

「交換条件とか変な事言ったな。訂正するわ。母親へのプレゼント、ホンマに難儀しとるんや。助けて?」

わあ。助けてだって。忍足が助けてだって。
一も二もなく頷く私に、忍足は何故かますます可笑しそうに笑いながら続けた。

「それと、小森の事も手伝わせて? ネクタイを前にしぶーい顔してるお前がめっちゃ可愛くて放っておかれへん」
「かっ…」

なんだ、それは。
言葉を失って立ち尽くす私をよそに、忍足はさっさとネクタイが並ぶ棚に向かって物色を始めた。氾濫する色の中からひょいひょいひょいと何本かを掴みだし、「お父さん何色が好きなん?」「小森の小遣いからやったら値段はこの辺?」とか矢継ぎ早に訊いてくる。私は慌てて頭を切り替えて考え始めた。



デパートに溢れるたくさんの美しい品物たち。
買ってもらうのを待ってお行儀よく並んでいるそれらの中から、誰かの為のたったひとつを選び出すこと。それは宝探しみたいだなあって思った。
隣で笑ったり呆れたりしながら同じように親身になって一緒に考えてくれる人がいれば、それはとても楽しい宝探し。ちょっとした冒険のよう。



忍足のアドバイスのお陰でなかなか手頃なネクタイを買うことができた。中学生男子のくせにネクタイについていやに的確な意見を繰り出してくる忍足には正直びっくりしたけど、まあ忍足だしな…と妙に納得もした。
娘からのプレゼントだったら無難過ぎず少しの遊び心があった方がいい、でもビジネスシーンに支障があるほど奇抜なのは頂けない。…中学生の意見かこれ。
結局、一見落ち着いた模様のようでよーく見ると動物柄のネクタイにした。私から見てもお洒落だしちょっとかわいくてとても気に入った。

すんなり決まった私の買い物とは対照的に、忍足のお母さんへのプレゼント選びはかなり手間取った。主に私が忍足をデパート中連れ回したせい。だって、男の子がお母さんに贈るプレゼントなんてすごくすてきだ。忍足だけじゃ思いつかないような、お母さんがびっくりして喜ぶものを一緒に見つけてあげたい。
雑貨屋さんやかばん屋さんや自然派化粧品を扱うお店なんかを次々に引っ張り回す私に、忍足は呆れた顔一つしないで着いてきてくれた。「これもいいんじゃない?あ、こういうのもいいと思う!」くるくる変わる私の意見はネクタイを選んでくれた忍足の的確な意見とは全然違って全く参考にならなかったと思うのに、忍足はその度に「へえ。こんなもんもあるんやな。迷うなあ」「女の子の意見って助かるわ」って感心した声を出してくれるから、私はますますうれしくなるし買い物は一向に決まらないし…。
でもちゃんと見つけた。きれいなモノが氾濫するデパートの中で、ちゃんと買われるのを待ってた宝物。それはきらきら光を集めるサンキャッチャーみたいなカットガラスがついたバッグチャーム。シフォンのお花と甘過ぎないピンクベージュが上品なのにかわいくて、落ち着いた大人の女の人が持ったら絶対にすてきって思った。
忍足も一目で気に入ってくれて、ちょっと眩しそうな顔でレジで包装を頼む姿がかわいかった。

「あー楽しかった!」

買い物後って、ハンティングを終えた気分。すっかり満足したら急にお腹がすいて、私たちは遅い昼食をとっていた。忍足が選んだのはお蕎麦屋さんだ。うん、渋い。なんだか今日は忍足の意外な一面をたくさん知った気がする。

「小森のお陰でホンマ助かったわ。俺一人だったらとても選べんかった。ありがとな」

忍足は私の食べている「納豆とオクラと山芋のスタミナねばねばぶっかけ蕎麦」から微妙に目を逸らしつつ、私にぺこりと頭を下げた。

「そんなことないよ! 私こそ忍足がいなかったらネクタイ選べなかったし。…それに後半はもう私の趣味で連れ回しちゃったも同然だったし…でもすごく楽しかった。こちらこそありがとう」
「俺も楽しかったで。小森、めっちゃいきいきして目きらきらさせて、他人のプレゼントにここまで親身になれるってお人好しやなあって思ったわ」

ううううーん。
半ば自分の楽しみで引っ張り回したのに、こうも好意的に解釈されると照れるを通り越して申し訳なくなってくるなあ。

「でもよかったね、お互いすてきなものが選べて。私のお父さんも忍足のお母さんも喜んでくれるといいなあ」

私の言葉に忍足はひどく静かに笑って「うん」と言った。ざる蕎麦を摘む箸が止まる。

「…あんな、」
「? なに?」
「実はな、母親に誕生日プレゼント贈るの、5年振りなんや」
「5年?」

それはまたお久しぶりな話だ。まあ、中学生の男の子じゃそんなものなのかもしれない。ん? 5年って……てことはひぃふぅみぃ…小学4年生の頃にプレゼントを贈ったことがあるってこと? それはそれで、よくできた小学生だなあって気がする。まあ忍足ならわかるけど。

「ガキん頃にな、小遣い貯めてプレゼント買ってん。つってもガキの考えるものやし、今日みたいに優秀なアドバイザーもおらんし、安い量販店でエプロン買ってん」
「うんうん」

エプロン。小学生がお母さんへ贈るプレゼントとしては妥当だしかわいいんじゃないかな。

「けどな。それ渡したら『なあに? お母さんにもっと家事しろってこと?』って言われてもうてなあ」
「…………」
「勿論悪気はなかってんよ? 照れ隠しのつもりもあったのかもしれんし、あの人なりに喜んでくれてたんだって今なら分かるんやけど、あの時はショックでなあ」

それで、なんとなく、それからプレゼントとかできんくてなあ。
蕎麦ちょこに視線を落したまま忍足が軽い調子で続ける。私はものすごく泣きたくなった。
ちっちゃかった忍足。お小遣いを貯めて精一杯選んだプレゼントを抱えて、お母さんの喜んでくれる笑顔を見たくて走って帰る子どもの姿を想像したら、胸が痛くて目の奥がつんとした。その子を抱きしめてあげたい。今、すごく。

「けどな。いつまでもそんなんじゃあかん思って。今日店まで来てみたもののさっぱり勝手が掴めんで途方に暮れたたところに、小森がうんうん唸ってるのに出くわしたっちゅー訳や」
「…そんなうんうん唸ってないし…」
「いやー唸ってたでー。周りの客も店員も引いてたしなあ」
「げっ。まじで?」
「おう。でも俺には救世主に見えたんや。だからな」

そんな泣きそうな顔せんと、いつもみたいに笑ってや?
ぽすん、と私の頭に手を置いて、忍足がすごくやさしく笑った。

「ほんまに、今日はありがとな。桜」
「…忍足」
「うん?」
「あのね、そのプレゼント、お母さん絶対喜んでくれるよ。きっと。あとね、エプロンだってほんとは嬉しかったんだよ。絶対、そうだよ」
「ああ。せやな」

忍足の家のこと何にも知らないくせに無責任に言い切る私に、忍足は笑ったまま頷いてくれた。

「私、今日すっごくすっごく楽しかった。だから、忍足が嫌じゃなかったら、また一緒に買い物したい。買い物じゃなくてもいい。こんなふうにごはん食べるのでも、映画とかでも、あっ、別になんにもしないで一緒に歩くだけでもいいから、あの、だから忍足が嫌じゃなかったらね」
「わかったわかった」

すごく可笑しそうに吹き出しながら、忍足の手が私の頭の上でぽすんぽすん跳ねた。

「わかった。俺も同じ気持ちや。だからまたデートしような」
「で…っ」

ででででででえと。
しかし言われてみれば今日の私たちがしていたことはデートに他ならない。嬉々として忍足を連れ回す私と楽しそうにそれに付き合ってくれた忍足は傍から見たら仲のいいカップルそのもので…うわあああああああ…。
爆発しそうになってひとり慌てる私の目の前で、忍足侑士は涼しい笑顔で「よろしくな」とか言っている。え、よろしくって何。どういう意味ですかそれは。


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