どうぞお幸せに





もてる男の彼女というのは、つくづく大変なのね。

『もてる男』の親友である樹は、今まさに目の前で繰り広げられている光景に溜め息をつきながらしみじみと思った。

目の前の光景。
樹の親友の佐伯虎次郎と、同じく樹の親友で、かつ佐伯の彼女の小森桜、そしてもう一人、佐伯が連れてきた下級生の少女。生徒会書記の坂本さん、というらしい。
坂本さんは、かなり可愛らしい部類に入ると樹には思われた。その上佐伯に気があるのは誰の目にも明らかだった。


昼休み、佐伯と桜と樹は、3人一緒に屋上で弁当を広げるのが習慣だった。
ラブラブカップルに混ざるのはどうなのかと遠慮する気持ちも、樹にはなくもない。
けれども、佐伯と桜が付き合い始めるずっと以前、それこそ幼稚園の頃から3人は仲良し3人組だったので。今更遠慮しても、という感もある。
何より、佐伯と桜が「樹っちゃん大好き」なので。そして「樹っちゃん作の卵焼きを食べないと禁断症状が出る!」という可哀想な体質であるので。
今日も樹はふたりの為に卵を焼きおかずを作り、桜が持参する大量の特大塩おにぎり(小森家製の米が絶品)と、佐伯が持参するデザート(佐伯の姉作でこれまた絶品)とともにピクニックのようなお昼を広げるのであった。

今日は佐伯が生徒会の用事があるという事で、生徒会室に寄ってから屋上に来ることになっていて。樹と桜は一足先に屋上で弁当を広げて待っていた。
少し遅れてその場へやってきた佐伯は、ひとりではなかった。小柄な女の子を伴っていた。

「遅くなってごめんね。彼女、生徒会書記の坂本さん。彼女も一緒でいいかな。いつも一緒に食べている友達が休みなんだって。生徒会室で、ひとりでお昼しようとしてたから」

それは気の毒にと思った樹は、「もちろんいいのね、坂本さんが嫌じゃなかったら一緒に食べましょう」と言った。

桜もにっこり笑って、「もちろんいいよ、坂本さん、ここ座る?」とビニールシートに場所を作った。

それに対し坂本さんは、可愛らしくまばたきをして、鈴を振るような愛らしい声で、「……佐伯先輩とふたりきりじゃ、なかったんですね」と小さく呟いた。

……残念なことに、それは樹の耳にばっちりと聞こえた。
 
さらに残念なことに、「桜〜、樹っちゃ〜ん、おなかすいたよ〜。ふたりとも待たせてごめんね!」と爽やかに謝りながら座ろうとしていた佐伯の耳には聞こえなかったようだった。

樹は思わず、隣の桜の表情を窺った。

桜は、たいへんニコニコしていた。とても機嫌がいいように見えた。

さっきの坂本さんの台詞は聞こえていなかったのかもしれない、と樹がふぅと鼻息を吐いた時、ニコニコしたまま桜が言った。
 
「うふふ、ごめんね、お邪魔虫で」

聞こえてた! ばっちり聞こえてましたよ!
樹は思わず天を仰いだ。

「何言ってるの桜? あ、おにぎりもらっていい?」

「もちろん。今日はサエの好きなゆかりおにぎりもあるよ」

「それは嬉しいな。桜んちのゆかり美味しいよね」

「うふふ、ありがとう」

美味しいよね、じゃないのね。サエのバカ。
樹は内心で親友を罵った。

「坂本さんもよかったら、どうぞ」

にっこりと、桜が坂本さんにも特製おにぎりを差し出す。
その巨大さと、ラップで雑に包まれただけの男らしさ(?)に坂本さんは一瞬絶句したようだった。

「……いえ、私は。サンドイッチ、作ってきたので」

彼女が広げたランチボックスには、見るからに可愛らしいミニサイズのサンドイッチがお行儀よく詰められていた。添えられた野菜の彩りも鮮やかで、飾り切りされていたり、お花のピックが刺さってたり、とにかく可愛らしい。
しかし、小柄な彼女一人分にしては量が多過ぎるように樹には思われた。
案の定。

「佐伯先輩も、よかったら食べて下さいね」

きたこれ。
いつも一緒に食べている友達が休みで、って思いっきり嘘でしょう。最初からサエと食べるつもりだったのね、この子。

「あ、うん。ありがとう」

「わぁ、かわいい。坂本さんお料理上手なんだね」

少女の意図に全く気付かない佐伯と、気付いたに決まっているが全く顔に出さず無邪気に笑っている桜。

何なのね、この修羅場。
樹はまたしても天を仰ぐ。今日も空は青い。


かくして、物語は冒頭へ至った訳である。



「……それで、私、怖くて」

4人の奇妙なランチタイムは(見た目は)和やかに進み、何故か今、坂本さんのお悩み相談タイムへと変貌していた。
 
最近、坂本さんの通学路に不審者が出るそうである。
生徒会の仕事等で帰宅が遅くなることも多い彼女は、ひとりでその道を帰るのが怖いと言う。
小柄でいかにもおとなしそうな彼女がひとりで暗い道を帰宅することを想像すると、樹も少し心配になった。

「……それで、その、できれば誰か一緒に帰ってもらえたらなって…」

前言撤回。それが狙いか。
ちらりと可愛らしい上目づかいで佐伯を見上げる坂本さんに、樹は内心感心すらする。
女の子って、いろんなこと考えるなぁ。
恋の為なら必死だなぁ。

「そうか、それは心配だな」

真剣な表情で考え込む佐伯。そのまま、「じゃあ俺が毎日送って行くよ」とか言い出しそうな雰囲気だ。

こいつはほんとにバカなのね。

でも、そのバカなところが佐伯のいいところなのだと、長い付き合いの樹は知っている。
佐伯の本当にいいところは、王子様みたいな容姿でも、無駄にハイスペックな頭脳や運動神経でもなく、どうしようもなくおバカで人の好過ぎるところだ。
一般的にはあまり知られていないが、佐伯はその人の好さのせいでいろいろと厄介を背負いこみ、昔からかなり損をしている。そして大抵の場合、幼馴染の樹と桜も巻き込まれる。
迷惑この上ないのだが、結局、そんなおバカな彼が好きで、いつも許してしまう。
無駄にもてまくる親友だけれど、できれば、彼のそのバカな部分を愛しいと思える女の子と一緒にいてもらいたいと思う。……桜のような。

その桜は、真剣な顔をして坂本さんの話に聞き入っていた。
坂本さんの本心に気付いているだろうに、やはり心配する気持ちも大きいのだろう。彼女も彼氏に劣らずお人好しだからなぁ、と樹が思っているところへ。
桜がきっぱりした口調で、言った。

「坂本さん、あたしでよければ、一緒に帰ろうか」

「「「えっ?」」」

「えっ?」

3人に見つめられて、桜は戸惑った様子で。

「え、だってその…サエも樹っちゃんも部活あって送ってあげられないじゃん。あたしなら暇だし、空手やってて結構強い方だし」

「駄目だよ」

桜の台詞を、すっぱりと佐伯が遮った。
桜は「え、でも」と続けようとしたが、佐伯はいつになく強い調子で「駄目」ともう一度言い放つ。

「絶対駄目。桜だって女の子だろ。危ない。そんなことさせないから」

「でも、坂本さん心配だし、サエ部活…」

「桜の方が心配。逆に不審者を追いかけて余計危ない目に会いかねない。桜が危ないかもしれないときにテニスに集中なんて出来ない」

「ちょ、ひど! いくらあたしだってそんなことしないよ! ふたりで帰ればより安全だってだけの話じゃん」

「坂本さん送った後は? 桜ひとりだろ」

「あたし? あたしは襲われたりしないよ。坂本さんみたいに可愛くないもん」

「はぁ!? 何言ってんの? ほんと何言ってんの桜。桜の方が可愛いに決まってるだろ!」

「は!? サエこそ何言ってんの? 目おかしいんじゃないの!」

「俺の視力は2,5だよ」

「今視力の話してない! サエの趣味がおかしいって話してる!」

「俺の趣味はおかしくない! 桜は可愛いから心配だって話してる!」

「かっ…かわいいとか! やめてほんとやめて。かわいいのはサエだから! サエほんとかわいいから! むしろサエが不審者に狙われないか心配するレベルだから。坂本さんよりサエのが心配だから」

「桜、本当に何言ってんの。桜の方がおかしいよ」

「だからサエが!」

「桜が!」


「……いい加減にしなさい、このばかっぷる」

「「……え?」」

樹の、本当に心の底からうんざりした低い声に、幼馴染のふたりはぴたりと黙った。昔からの条件反射のようなものだ。

「ふたりとも、痴話喧嘩は家に帰ってからするのね。話が思いっきりずれてる上に、ふたりとも物凄く彼女に失礼です」

「「……あ」」

佐伯と桜は、呆然とふたりのやりとりを見ている坂本さんに今気付きました、という顔をした。

「ご、ごめんね坂本さん。サエがバカなこと言うからつい。それで、今日からさっそく一緒に帰…」

「だから駄目だって言ってるだろ! …坂本さん、家、2丁目だって言ってたよね。山田先輩に頼んでパトロール強化してもらう。多分それで大丈夫だと思う」

「……え。やまだせんぱいってどなたですか?」

「山田甚右衛門先輩。六角テニス部のOB。ボランティアで防犯パトロールもしてくれてるんだ。山田先輩とその仲間たちは強いよ。きっと不審者は数日で捕まるね」

うんうんと頷く佐伯。
「あっそうか山田先輩がいたんだ」と手を叩く桜。
山田先輩の事は、樹ももちろんよく知っている。3人が子供の頃から何かと世話になっている頼りがいのある山田先輩は…2丁目老人会の、会長をなさっている方だ。しかし未だにテニスは鬼のようにうまいし、剣道も柔道もバリバリ現役だ。

うん、山田先輩に任せておけば安心なのね。
さっそく携帯を取り出して電話を始めている佐伯の、さすがのご近所ネットワークに感心しながら樹はほうっと鼻息を吐いた。

しばらくの通話の後、「ありがとうございます。今度、囲碁付き合いますから。では!」と電話を終えた佐伯は、輝くような笑顔で坂本さんを振り返った。

「さっそく今日からパトロール強化してくれるって。先輩最近暇してたみたいで凄く張り切ってた。坂本さん、もう安心していいよ」

「……ありがとうございます」

心なしか棒読みのように感謝を述べる坂本さんは、能面を連想させた。……いや、気のせいなのね、と樹は深く考える事を放棄する。

「よかったね坂本さん! 山田先輩なら安心だよ。すっごくつよいんだよ」

純粋に好意100%で喜ぶ桜。坂本さんは今度こそ能面そっくりな顔で「そうですねほんとうにありがとうございます」と一気に言った。

「桜。だからもうバカなこと言いだすのは駄目だよ」

「バカなこと言ってたのはサエでしょ。最初から山田先輩のこと思い出してれば良かった」

「桜のことは、俺が送るからね」

「は? 何言ってんの。サエ部活あるじゃん」

「見ててよ、部活」

「それはいいけど。でも山田組のパトロールがあれば町内の安全は確保されたも同然でしょ、送ってもらわなくても」

「一緒に帰りたいんだ」

「…サエ」

「桜は俺と帰りたくないんだ?」

「っ! そんなの、あたしだって」


「……だからいい加減にするのね、ばかっぷる」

「「……あ」」



もてる男の彼女というのはつくづく大変なのね、と樹は思う。

しかし断言できる。
バカップルの親友の自分は、もっと大変なのね。

大切な幼馴染カップルが仲良くしてくれるのは嬉しいけれど、もっと周りを見なさい。完全に蚊帳の外に置かれた坂本さんと俺が居たたまれないでしょうが。

周りをよく見て、ふたりきりのところで人の目を気にせず好きなだけいちゃいちゃして下さい。

ふたりきりで、もっと幸せになって。
ずっとずっと、幸せでいて下さい。


「やれやれなのね」

「…樹っちゃんごめん、心の声が漏れてる」


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