世紀の大発見





佐伯先輩を初めて見たとき私は「なんでこの人こんなに光ってるんだろう」と思った。
キラキラキラキラ。
先輩の周りはやけに輝いていた。明るい色の髪の毛が陽に透けてキラリ、整いまくったお顔がキラキリ、長い睫毛の下の大きな目がキラリ、笑うと白い歯がまたキラリ。気崩さずにきちんとシャツインしてる制服は他の生徒と同じ筈なのに、佐伯先輩が着るとどこかの海外ブランドの礼服みたい。しゃんと伸びた背筋が綺麗。キラッキラ。
……あの光るものは何だ。効果? 佐伯先輩効果?
とにかく、「なんて輝いている人なんだ」というのが彼に対する第一印象だった。



第二印象は、「これ、君のだよね」って私の生徒手帳を拾ってくれたときの優しい声。

「ごめんね、持ち主確認の為に中身を見せてもらったよ。桜ちゃんっていうんだ。綺麗な名前だね」

そう言って笑って生徒手帳を差し出してくれた佐伯先輩はやっぱりキラキラキラキラしていた。
…………いやいやいやいや、と私は思った。ちょっと待て。
「綺麗な名前だね」って綺麗なのはあなたですから。っていうか「綺麗な名前だね、ニコッ、キラッ☆」ってあなた一体どこの少女漫画の産物なんですか。今時そんな台詞をさらりと吐く男子中学生がいるか。同じ次元の生き物とは思えません。ぎゃっ、眩しい。
それに、声が。
なに? なにこの声。優し過ぎる。美声過ぎる。声まで輝いているとは何事。「桜ちゃん」って。耳が、耳が恥ずかしい。
私は呆然としたまま蚊の鳴くような声で「ありがとうございます」と言うしかなかった。



それから、校内で佐伯先輩を見かけるたび、やっぱり彼は輝いていた。めっちゃ光ってた。

生徒会副会長として朝礼の進行をするとき。会長の補佐として控えめにしているのに、校長先生の頭を差し置いてまでもキラキラしている佐伯先輩。隠しきれないその輝き。

移動教室で佐伯先輩のクラスの前を通るときはちらっと覗いてみた。佐伯先輩が教室のどの席にいても一番に見つけられる。だってキラッキラしてるから。お弁当食べてる姿すら輝いているとは一体。

何より彼が一番光っているのは部活の時だった。テニスをしている時の佐伯先輩は通常時の1,5倍くらいの光を放つ。早い動きに合わせて弾む髪も飛び散る汗もキラキラだ。制汗スプレーのCMに出られそう。佐伯先輩の汗って誇張じゃなく星みたい。何よりその目が、とてもとても楽しそうでいきいきしてもう目からビーム出ちゃうんじゃないだろうかってくらい輝き出すのだ。

眩しくて、目が離せない。



「……ねえ天根くん」

放課後、黒板を消しながら私は天根くんに話しかけた。

「何だ?」

天根くんも一緒に黒板を消しながら、ちゃんと私の方に顔を向けてくれた。
今日は二人で日直。教室にはもう私と天根くんしか残っていない。

「佐伯先輩の事で聞きたい事があるんだけど」

私が言うと、天根くんは顔に「またか」って書いた。天根くん基本無表情なのに、おでこに字が浮かび上がったみたいにはっきり見えた。気がした。きっと気のせいだけど。

「……お前もか、ブルータス。じゃない、小森」

気のせいじゃなかった。
天根くんは深々と溜め息をひとつ吐くと、いきなり言った。

「サエさんには彼女はいない」
「…………はい?」
「誕生日は10月1日だ。血液型はO型」
「え、佐伯先輩ってO型なの? 意外。Aっぽくない? 外見的に」
「みんなそう言う。だがあの人は典型的なO方だ。雑で適当でいい加減だ」
「おい世界中のO型の人に謝れ」
「ちなみにA型なのは俺だ」
「あっそう」
「サエさんの好きな食べ物はおからと焼きウニ(半生)、好きな映画は『タイタニック』、好きな音楽はシャンソンだ」
「シャンソン!?」
「座右の銘は『One Chance One Shoot One Kill』」
「キル!? え、なんかこわっ、え、それどういう意味?」
「さあ。俺にもよく分からないが」
「分からないの!?」
「なんか横文字でカッコよくてサエさんらしいなとは思ってた」
「天根くんほんとはO型なんじゃないの?」

突っ込みを入れつつ(世界中のO型の人ごめんなさい、私は空気の読めないB型です)、私はなんでこんな話になったんだろう…と内心首を捻っていた。
「佐伯先輩の事で聞きたい事があるんだけど」って言っただけでなぜ突然佐伯先輩のプロフィールを聞かされているのだろうか、私は。
そんな私の内心も知らず、天根くんの謎発言は続く。

「サエさんの視力は左右2,5」
「2,5!?」
「肉眼で八等星まで見えるらしい」
「えっ、きもちわるっ。ていうか怖い」
「好きな色はベージュと白。好みのタイプは『束縛する人』」
「えっ…………え? は?」
「さっきも言ったが彼女はいない。過去にもいたことはない。よってサエさんは童貞だ。お前にも十分チャンスはある。かもしれない」
「…………天根くん今さらっと凄い事言わなかった? 先輩のプライバシーをさらっと暴露しなかった?」

チャンスって何のチャンスだよ。佐伯先輩の童○を奪うチャンスだとでも?

「……天根くん何? 突然どうしちゃったの?」
「サエさんについて知りたいんじゃなかったのか」
「私が聞きたかったのはそういう事じゃない」
「じゃあどういう事なんだ」

天根くんは心底不思議そうな顔で私を見た。私からすれば天根くんの方がよっぽど不思議ちゃんだ。どうなってるの男子テニス部。

「私が聞きたかったのはね」
「ああ」
「佐伯先輩って暗い所でも光ってるの?って事」
「………………は?」

天根くんの目が点になる。

「佐伯先輩ってキラキラしてるじゃない?」
「キラキ……あ、ああ、うん?」
「輝いてるじゃない? いつも」
「ああ……まあある意味ではそうとも言えるな」
「でしょ? 私ずっと疑問だったの、どうして佐伯先輩はあんなにキラキラキラキラしてるんだろうって。だって普通の人間があんなに光り輝くなんてあり得ないもの。何か発光物質を発散させてるとしか思えない。それか佐伯先輩自体が発光してるのか」
「……はっこう?」
「だから聞きたかったの。佐伯先輩って真っ暗なとこでも光るの? やっぱり発光体なの? そうだとしたら凄い事だよね。ヒカリゴケとかホタルと一緒じゃない。世紀の大発見だよ」
「…………」
「……天根くん?」

私の熱弁に天根くんはぽかーんと口を開けていたけれど、ふいに「あ」と言った。あ?
天根くんの目は私の後ろを見ている。つられて私も後ろを振り返って……固まった。

「ダビデが遅いから迎えに来たんだけど……はは、まいったなあ。ヒカリゴケかあ」

教室の入り口で苦笑しつつ立っていたのは誰であろう、そう、佐伯先輩だった。
やっぱり今日もキラキラしている。眩しい。苦笑してるのに爽やか。声が優しい。失礼な話を聞かせてしまったのに怒ってない。おかしくてたまらない、ってキラッとした目でこっちを見てる。わああああ。
私は咄嗟に天根くんの背後にさっと隠れた。

「あれ、何で隠れちゃうのかな、桜ちゃん」

ぎゃあああああああ。「桜ちゃん」だって。耳、耳が死ぬ。熱くて。

「え。サエさん小森の事知ってたの?」
「前にちょっとね。ね、桜ちゃん」

ぎゃああああああああ。
「前にちょっと」って、一度生徒手帳を拾ってもらっただけだ。私と佐伯先輩が直接声を交わしたのはあの時が最初で最後。それなのに名前まで覚えられているなんて…。

「『One Chance One Shoot One Kill』一度のチャンスでものにする。だよ、桜ちゃん」
「ぎゃああああああああ」

急に目の前が眩しくなって私は叫んだ。佐伯先輩が天根くんの前まで来てひょこって顔を出したから。

「はは、そんなに驚かなくても」
「……サエさん、小森、驚いてるんじゃなくて怖がってるんじゃないかな」
「まさか。そんな事ないよね、桜ちゃん」
「ぎゃああああああああ」

さっきから「桜ちゃん」連呼されて私の耳がもうすぐ息絶えそう。
そもそも佐伯先輩、私達の話どこから聞いてたんだろう。

「ねえ桜ちゃん、俺の秘密が知りたいなら、実験してみる?」

佐伯先輩の台詞に私は悲鳴を上げるのをやめた。

「…………じっけん?」

おそるおそる顔を上げて佐伯先輩を直視すると、彼は「やっと見てくれた」ととてもうれしそうにキラキラ笑った。まぶしっ。

「そう。真っ暗な部屋に二人きりで閉じ籠ってみようか。俺が発光してるかどうか試してみたいんでしょ?」
「…………実験」

それ、は。正直、惹かれる。とても興味がある。佐伯先輩のキラキラの秘密がそれで分かるなら…。

「待て、早まるな小森……ウグッ」

天根くんが急にしゃがみこんだ。どうしたんだろう。
佐伯先輩は何故かグーに握った拳をコキコキと鳴らしながら「気にしなくていいよ」と優しく笑った。天根くんの方を見たくても佐伯先輩のキラキラが眩し過ぎてよく見えない。やっぱり何かの発光体だ。普通じゃない、こんなの。

気付いたら私は頷いていた。佐伯先輩が「よかった」ってほっとしたように笑う。

「それじゃあ次の週末にデートしようね」
「デ。は、え? あの、実験、では」
「あ、そうだった。そうそう実験実験。楽しみだね」
「はあ…」

なんだか言いくるめられてしまった感満載だけれど、キラキラキラキラ、私と佐伯先輩の周りはやっぱり光ってた。間近で見るとそれは優しい光だった。佐伯先輩の声みたいに。
……まあいいか。
心の中で頷くと、佐伯先輩も「うん」ってキラキラ笑って頷いてびっくりした。え、なに、今この人私の心読んだ?

「……ていうか」

天根くんが脇腹を抑えながらボソリと呟く。脇腹、どうかしたのかな。

「……誰かがやたらと光って見えるって、それ、その人の事を好きって事じゃないのか。単純に」

「え」



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