似た者同士





佐伯君への恋心を自覚したのは、2年生の夏だった。

 
確かに彼はイケメンだった。めちゃくちゃかっこよかった。

1年の時からずっと気になってたけど、それはこの学校の大多数の女子と同じくファン心理だと思ってた。

アイドルを見てキャーキャー騒ぐみたいな、楽しい気持ちの。

でも、佐伯君を見るたびになぜか楽しくなくて苦しくて、なんだろうこれおかしいなぁってずっと思ってた。

で、2年の夏、テニスの試合をする佐伯君を見て、漸く自覚した。
私は佐伯君をアイドルとしてじゃなく、男の子として好きなんだって。
彼があんなにかっこいいのは外見だけじゃなくて、内面の強さとか頑張りとか真っ直ぐな心が姿勢に表れているからなんだって。

好きなんだ、と気付いたら急にどきどきした。
あったかいものが胸に宿った。

私の初めての恋。
 
叶わなくても、大切にしようと思った。

 

でも、さすがにその翌日にあっさり失恋するとは思ってなかった。



「…………え?」

ぽかん。と。
私は凄く間の抜けた顔をしていたと思う。口も開いてたかもしれない。憧れの人の前で晒す顔じゃない。でも仕方ない。
 
だって今この人。憧れの、私の記念すべき初恋の相手であるところの、佐伯君が。
すごくいい笑顔でおっしゃることには。

「小森、今度の日曜日に、映画とか行ってみる気、ない? バネと」

……ええと。

バネと。
バネと。
バネと。は、余計なんじゃああああ!

ごめんなさい黒羽君。あなたがすっごくいい人なのはわかってる。すっごくかっこいい人だとも思う。うっかりときめく気持ちも、ちょっとある。

でもさ、でも私、今目の前で爽やかに笑ってる無神経男が好きなんですごめんなさい…。

「バネがさー映画のチケット2枚貰ったって言ってさ、俺誘われたんだけど、その映画、もう見ちゃったんだ」

あはは。と佐伯君は続ける。
白い歯が眩しいよ佐伯君。好きだよ。
映画は誰と見ちゃったの女の子となの。

「それでさ、前に小森がこの俳優好きだって言ってたの思い出したから。ちょうどいいと思って。小森、良かったら一緒に行ってやってくれない?」

ちょうどいいって何がだこの野郎。

…一般的に、人は、好きな相手に他の男と映画行けなんて絶対言わない。と思う。

…一般的に考えて、この状況は、「黒羽君の恋の橋渡しをするナイスな佐伯君」だろう。黒羽君が私に好意を持っているかどうかまでは分からないけど、そんなこと考えられるほど自惚れてないけど、少なくとも佐伯君は、そう思ってるってことだ。

はい、失恋決定ですね。

ドンマイ私。
 
全く悪気のない顔でにこやかに佇む佐伯君を見上げる。
大好きだなぁ、と思った。その最悪な鈍ささえ。

「佐伯君」

「うん」

「ごめんね、私、行けないよ」

「そう?」

佐伯君は少し残念そうな顔をした。
友達を本当に想ってる顔だ。また、大好きだなぁと思う。

「バネはいい奴だよ?」

知ってるよ。すごくいい人。
去年のクラスメートで、いつも助けてくれた。もし彼が本当に私を好きでいてくれるなら、本当に申し訳ないって思う。
黒羽君を好きになって、黒羽君と付き合えたらきっとすごく幸せだと思う。

でも私は。

「私は、佐伯君が好きだから。黒羽君と映画には行けないの」

 …言っちゃったよ。ああもう。

「…………え」

ほら佐伯君ぽかんとしてる。
綺麗な目を見開いちゃってる。
かっこいい人はぽかんとしてもかっこいいんだなあ。間抜け面とかしないんだなぁ。

「…………ええええっ!?」

…、何そのうろたえ方。
告白されるのなんて慣れてるでしょうがこのロミオが。

予想外に真っ赤になって焦ってくれた佐伯君は、暫くの動揺の後、ごめん、と言った。すごく真っ直ぐな目をして。

「ごめん俺、全然気付かなくて。無神経なこと言った」

ああ、この綺麗な心が好きだなぁってまた思ってしまう。
私今ふられてるところなのに、ますます好きになっていく。どうしようもない。

「うん。だいじょうぶ」

なんとか笑った。泣くのだけはこらえた。

「……俺、」

どこか痛いような顔をして佐伯君が言った。

「俺、ちゃんと考えて返事、するから」

「え。いいよ、そんなの。わかってるもん」

「わかってるって何が。俺が、まだわかってないのに」

誠実な人だなぁ。
告白されるのなんて日常茶飯事だろうに。その都度こんなふうに真面目に返してちゃ大変じゃないのかな。もっと適当に、流せばいいのに。

でもそれができないのが佐伯君で、そんな彼だから好きになったんだ。

「考えるって言ってくれて、うれしい。それだけでいい。佐伯君ありがとうね」

最後は、本当に心から笑って言えた。


 
それが、2年の夏の出来事。

 

 
それから、私と佐伯君は特に接点もなく過ごして、進級し、卒業の時期を迎えた。

その間に、私のどこがいいんだか本当に黒羽君に告白されたり、グループ交際みたいなのに友達に引っ張られて参加してみたりしたけど、恋、とは思えずにどれも丁重にお断りしてしまった。少し、もったいないと思いつつも。

友達には、「桜は真面目すぎる」と言われる。「もっと気軽に、付き合ってみたらそこから始まるものだってあるのに」と。
そうかもしれないけど、どうしても、そんな気になれずに、恋愛要素の全くなかった中学生活が終わろうとしている。

 

「小森、ちょっと、いい?」

佐伯君に呼ばれたのは、卒業式の後、帰ろうとしていたときだった。
晴れた日で、あったかい風が吹いて、彼の髪を揺らしていた。

久しぶりに向き合って、背が高くなったなぁ、と思う。

佐伯君は相変わらずかっこよかったけど、制服のボタンは一つ残らず無くなって、服も髪も乱れてよれよれしていた。ちょっと疲れた顔をしていた。

「ぷっ。すごい、それ。ボタンひとつもないって、マンガみたいだね佐伯君」

思わず笑ってしまう。
佐伯君はちょっとだけむっとした顔をして、ずいっと握った手を差し出してきた。

「? なに?」

「これ。受け取ってほしくて」

反射的に私も手を出して受け取ってしまったものは。
ころん、と私の掌に転がったのは。

「……ボタン」

「そう。第2ボタン。それだけは死守したから」

え。

なんで?

意味がわからなくて、佐伯君の前で1年半ぶりの間抜け面を晒す私。
何だって卒業式の日まで、初恋の人に変顔見せなきゃいけないのだ。

「俺、考えるって言ったよね」

ちょっと緊張したみたいな、真剣な顔で佐伯君が言う。

かっこいい。
かっこいいけど、言ってることがわかんないよ佐伯君!

「考えるって…え? もしかして…私の、告白の、返事、だったり…」

まさかな、と思いながらも思い当たることがそれしかなくて恐る恐る尋ねると、間髪入れずに「そう」と返ってくる。えええええええ。なんだろうこれ。

「俺、考えたから。考えて、わかった。小森が好きだ。これが返事」

はあぁぁぁぁぁぁぁい!?

「か、考えたって、あれから1年半、ずっと…?」

「そう。ずっと考えてた」

お……おそっ…………。
何この無駄なイケメン。本当このひとなんなの。

鈍すぎる。気付くのが遅すぎる。
かっこいい顔してるからって、かっこいい中身してるからって、ふられたと思い込んだ女の子を1年半も待たせておいてこんな…許されると思ってんのか。

許されると…。

許されると…。

……だめだ。

私は自分の心に問いかけて、あっさり負けを認めた。

だって私、今どきどきしてる。
胸があったかくなってる。うれしいって思ってる。

大好きだなぁって思ってる。
鈍すぎるところ、信じられないくらい不器用なところを知って、呆れるどころかますます好きだって。

まだ、好きだった。ずっと好きだったんだ。


佐伯君は、「言った!」ってかんじで、ちょっと硬い表情のまま立っている。
……私が何か言うのを、待ってる。


だから今度は、私が返事をする。
顔をあげて、大好きな人に。

 
笑って。




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