HAPPY HAPPY HAPPY!!





廊下の角を曲った途端に、女の子とごっつんこ。
そんなお約束なエピソードがまさか自分に訪れる日が来ようとは。
…などと悠長に考えている場合ではない。

「大丈夫か!?」

天根は慌てて、自分とぶつかった女生徒の前に膝をついた。
天根にとっては胸のあたりにやわらかいなにかがぽすんとぶつかった、くらいの衝撃だったのだが、小柄な女生徒にとってはそうではなかったらしい。彼女は思いきり尻もちをついていた。

「…いったぁ…」

弱々しい声を聞いて、天根はますます慌てた。

──まさか、怪我でもさせたのでは!?

「悪かった! 本当に大丈夫か!? 立てるか!?」

必死で、俯いている彼女の顔を覗き込む。彼女は天根の声を聞いて、ゆっくりと顔を上げた。
ぶつけたのだろうか、おでこをさすっている。
彼女と目が合った瞬間、天根の全身に稲妻で撃たれたかのような衝撃が走った。

白い、ちいさな顔。微かに潤んだ大きな瞳。

「…あ、大丈夫。ちょっとぶつけただけだから。私もよく見てなくてごめんね。気にしないで」

こちらを気遣ってにっこりと笑ってくれる優しさ。

「……? あのう、あなた大丈夫? もしかしてあなたもどこかぶつけた?」

「…………心臓を」

「え!? 心臓!?」

「撃ち抜かれた」

「はあ!?」

意味が分からない、という表情で彼女が眉を顰める。天根の目にはその表情すらも憂いに満ちて美しいものに見えた。つまり。

──これが、天根ヒカル(14)が恋に落ちた瞬間だった。





「ぎゃははははは! なんだそりゃ」

「あはは、懐かしいねえ」

「心臓撃ち抜かれたって……どんな漫画の台詞だよ」

爆笑する黒羽と佐伯。天根は「…だから言いたくなかったんだ」とぼそりと言った。

「まあまあ。いいじゃん、それで桜に一生消えない強烈な第一印象を残せたんだからさ」

「そりゃもう、第一印象は『変な奴』で決まりだな!」

言いたい放題の事を言ってげらげらと笑う先輩たち。久し振りに会ったというのに、この人たちは全く変わらない。天根は介添え人に彼ら二人を選んだ事を後悔しかけた。
でも。

「おめでとう。よかったな」

「しっかり幸せにしてやれよ」

あたたかく笑って天根の肩を叩いてくれる二人は、やっぱり『お兄ちゃん』で。

「バネさん…サエさん……!」

天根はじんとして二人に抱きついた。

「うおっ、なんだなんだ。新郎が先に泣くのかよー!」

「こらこら、タキシードが皺になるだろ。折角かっこよくしてもらったのに」




初恋の人と結婚する。
そんな幸せな人種が、この世に何人いるだろう。

彼女──桜と廊下の角でぶつかったあの日から、天根は桜だけを見つめてきた。

それは平坦な道程ではなかった。

出会ったばかりの中学時代、桜には佐伯と付き合っているという噂が流れていた。それを聞かされた天根は当然凹んだ。よりにもよって佐伯とは。敵は巨大過ぎた。早くも失恋フラグだった。
しかし天根はめげなかった。

学年が一つ上の桜に、強烈なアピールを繰り返し続けた。…といっても恋の駆け引きなんて何も知らなかったので、ひたすらに「好きです」と押すのみだったが。それから、彼女を喜ばせようと毎日新しいダジャレを考えては披露した。一日も欠かさず。
桜はいつでも笑ってそれを聞いてくれた。
「わあ。今日のダジャレも面白い。凄いねえ、よしよし」と頭を撫でてくれた。…若干、犬扱いされているような気もしないでもなかったが、彼女が笑ってくれるだけで天根の心には幸せの鐘が鳴り響いた。

美術部に所属する桜が、「天根くん!サエに聞いたんだけど、あなたダビデって呼ばれてるんだって!?」と迫って来た事もあった。
天根は「サエ」という親しげな呼び方に心が痛むのを感じつつも、いつにない大接近にどきどきしながら頷いた。すると桜は、目を据わらせて「脱いで」と言った。
「その渾名はダビデ像から来ているのよね?お願い、脱いで。私のデッサンのモデルになって!で、どこが一番似ているの?やっぱり下半身?そうよね!?」
迫る桜に、第一印象の『儚げな美少女』とのずれを感じつつも、めらめらと芸術への情熱の焔に燃える彼女の瞳に、天根は二度目の恋をした。

「サエさん、俺、桜さんを渡すつもりはないから。相手がサエさんでも絶対に負けないから」
テニス部で行われた3年生の追い出し会で、天根はそう宣言して佐伯に試合を申し込んだ。一大決心だった。なにしろ相手は千葉のロミオと謳われる男。正直言って勝てる気はしなかったが、だからと言って簡単に負けてやる気もなかった。
佐伯は目を丸くして「はあ?」と言った。それから何か考えて、「ああ、なるほど。うんうん。わかった」と勝手に納得した様子で、白い歯を見せてそれはそれは爽やかに笑った。キラーン☆と効果音が付きそうだった。
「いいよ。やろうか」
コートの外で見ていた女子の集団が「キャー」という奇声を発して何人か倒れた。
…結果として、天根はコテンパンにのされた。先輩は容赦がなかった。でも2セットは根性でもぎ取った。
全力は出した、と清々しい思いで空を見上げた天根に、佐伯はにっこりと笑いながら告げた。
「俺、桜と付き合ってないよ。あれただの噂だから。彼女も俺の事なんか何とも思ってないしさ」
…………はやく、言え。
天根が呆然と立ち尽くしたのも仕方がなかったと言えるだろう。

その後、何度もアピールとアタックを重ね、最初は「可愛い後輩(もしくは犬)」扱いだった天根が、少しずつ「男」として桜に認識してもらえるようになって行った。
何度も何度も繰り返した「好きだ」という台詞に、初めて彼女がそっと頬を染めて頷いてくれたとき、天根はやはり全身を稲妻で撃たれたような衝撃をくらった。

彼女以外に恋なんて知らない。けれどこれは紛れもなく一生ものの恋だ。

桜が笑ってくれる度、天根は何度でも稲妻で撃たれ、脳内では天使が高らかにラッパを吹き、幸せの鐘が鳴り響いた。何度でも、何度でも。

幸せの鐘は止まない。
そして今日、現実に鳴り響く。





「花嫁さんのお支度が出来ました」

式場の係員に告げられ、天根は忽ち硬直した。

は、はなよめさん。
誰の? 俺の。……うわあああああ。

「こら、シャキッとしろ!」

黒羽がバシッと天根の尻を叩く。容赦がない。…いや、蹴られなかっただけでも、今日ばかりは気を遣ってくれたのかもしれない。

「ほら、顔! ちゃんとする!」

佐伯が天根の顔を両側からぱちんと叩く。こちらもまた容赦がない。
けれどおかげで目は覚めた。ばっちりだ。
お兄ちゃん達からの愛の鞭に、天根は「よし!」と気合を入れ直した。

その時、新郎控室のドアをコンコン、とノックする音が響いた。

「ヒカル? 入っていいかな?」

それは誰より愛しい彼女の声で。天根は仰天して飛び上がった。

「桜!? なんで!?」

通常新婦というものは、新郎が迎えに行くまでそっと待っているものなのではないだろうか。白いベールの向こうで密やかに、静かに。

「だってはやくヒカルのタキシード姿、見たかったから。私より先にサエとバネが見てるなんてずるいじゃない。私にも見せて! あと写真撮らせて!」

ドアの向こうで元気よくハキハキと答える桜の声に、佐伯と黒羽は顔を見合わせるとブーッと吹き出した。

「ははっ、さすがだな、桜」

「ダビデお前、今から尻に敷かれるフラグ立ちまくりだな」

尻に敷かれる、だなんて。
バネさんは、彼女のあんなところやこんなところを見てないからそんなふうに言えるんだ、と天根は思う。自分だけが知っている彼女の恥ずかしがり屋で可愛いところが、たくさんたくさんあるのだ。

「ほら、ぼーっとしてないで早く開けてやれよ」

笑いながら天根の肩を押す佐伯。当然のことながら佐伯も黒羽も正装で、黒いスーツと白いネクタイがやばいほど似合っていた。なんでこの人たちってこんなにイケメンなんだろう…と天根は思う。
中学時代、噂に惑わされて勝手に佐伯をライバル視していたことがあったけれど。
桜がこの佐伯を見たら、今度こそ本当に恋に落ちてしまうんじゃないだろうか、なんてちらりと不安になってしまったり、する。

けれど佐伯に促されてドアを開けた瞬間、そんな馬鹿な考えは頭からすっぽ抜けた。

天使がいた。いや女神。運命の女性。
ウェディングドレスに身を包んだ桜は、初めて会った時と同じ、少しだけ潤んだ目をしていた。そして天根の大好きな笑顔で、白い頬をぱあっと赤くして。

「……やだ、すっごくかっこいい。素敵」

桜の目の中に自分が見える。自分しか映っていない。桜は天根だけを見つめて笑ってくれている。

どかーん。がらがらがら。ぴしゃーん。キラキラキラ、リンゴーン。

天根の全身を過去最大の稲妻が走り抜け、そして過去最高の音色で幸せの鐘が鳴り響いた(脳内で)。

「桜、好きだ」

何度目かの告白をする。
何度でも、その度に本気だった。
もう何度彼女に恋したかわからない。そしてこれからも、きっと何度でも恋をする。

「幸せにする。約束する」

「そんなの、もうなってる。ヒカルが私に好きっていう度に、くだらないダジャレで笑わせてくれる度に、いっぱいいっぱい幸せをもらって、もう幸せで息が出来ないくらいなんだよ」

「それなら、幸せの限界を塗り替えていこう。ふたりで」

真顔で言い放つと、背後で先輩二人が盛大に吹き出す音がした。ちょっとはムードというものを考えてくれと思う。しかもそれにつられたのか、桜までもが可憐な花嫁姿に似合わないブッという吹き出し方で笑い出す。
しまらないなーと天根は思ったが、でも構わなかった。最高に幸せだった。



幸せの鐘はやまない。何度でも響く。響かせるから。


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