嫉妬、羨望 | ナノ

カンパニュラの恋




 ―――ずっと疎ましかった。
 ―――ずっとずっと、羨ましく思っていた。


 どうして、非力というだけで。








 あなたはそんなに守られているの?



















 気づいたときには、彼女はもうこの"新選組"という世界の一部に馴染んでいた。
 会津藩から、特例としてこの新選組に入ることになった私は、彼女の存在に驚きつつも内心戸惑って、どこか諦めにも似た感情を味わっている。
 私がこの新選組に入ったのは元治という年号になってからで、私は沖田組長率いる一番組に配属された。

 沖田組長はどこか不思議な人。気まぐれで、猫みたいで、手を伸ばせばするりと抜けていってしまいそうで。

 私は、気づかないうちに彼を目で追ってしまうくらいには――彼に、惹かれていた。

 そして、私は"女性"という性別のため、個室を与えられていて。しかし、一度たりとも彼女―"雪村千鶴"と接触することは無かった。
 まるで意図的に『会わせない』ようにしていると錯覚してしまうくらいに、幹部は私と雪村千鶴を隔てていた。
 それは、沖田組長でさえも同じ。私が彼女に近づこうとすれば、まるで敵を見るような――射抜くような視線で私を見つめる。
 その視線が私に向けられていると思うと、心臓が何かに掴まれたようにぎゅう、と締め付けられて、苦しくなって――。

(なんで、あの子だけ)

 いつの間にか、その苦しさは私の中で憎悪に変わっていた。


***



「……?」
 
 幹部たちの住んでいる部屋の近くの中庭付近を通り過ぎたとき、どこかから聞こえてきた物音に私は首を傾げた。
 ひょいと音のする方を覗いてみれば、井戸の近くでたすき掛けをした千鶴が洗濯物を洗っている姿が見える。
 ああ、洗濯物をしているのかと理解したとき、私はふと慣れ親しんだ気配を感じて身を隠す。

「千鶴ちゃん、何してるの?」
「あ、沖田さん。見ての通りですけど洗濯物を洗ってます」
「ふうん、精が出るね。ああそうだ、この間近藤さんから金平糖を頂いたんだ。それが終わったら一緒にお茶しない?」
「いいんですか?」
「うん。千鶴ちゃん、最近特に頑張ってるしね。……それに、最近はいろいろあったからね。気分転換にもいいんじゃないかと思ってさ」
「ありがとうございます!洗濯物が終わり次第、お茶を淹れますね」
「うん、そうして」

 そう言って、沖田組長は笑顔を見せた。
 ――私たちには到底見せてくれないような、やわらかな笑み。
 思わず見とれてしまうようなそれを、私は初めて目にした。

 今までにない屈辱だと思った。

 いつも、自分はお姫様扱いだったから。
 褒めてもらえるのが嬉しかったから、剣術も、武術も、勉学にも励んだ。
 みんなみんな、私に優しくしてくれた。

 だから、……彼のあんな綺麗な笑顔が非力な雪村千鶴に向けられていると思うと――胸の内にどす黒い何かが溢れ出てくるような気がして。

(ただの、非力な小娘の癖に)

 それ以上を見ていられなくて、私はそのままそこを去った。



 それから、少し経った頃。
 私は少し疲れていたのだろうか。夜の巡察が終わり、部屋に戻ったところで自分の手が汚れていることに気づき、井戸に行こうとしていたはずなのに。
 うっかり幹部たちの話し合いが開かれている、幹部しか立ち入りの許されない広間の入口付近までやってきていた。

(あれ、なんで……)

 すぐに踵を返そうとして、中から聞こえてきた声に私はうろたえた。
 ひとりはあの雪村千鶴の声。そして、ほかにも二人ほど女性の声が聞こえてくる。
 私はどうしてもすぐに動けなくて、自身の好奇心に負けて、その場に立ち止まってしまった。

 けれど、心を鬼にしてその場を離れようとしたとき。

「我々の前では、何かと話しにくいかもしれないな。千姫さんとふたりで話してくるといい」

 私はそのまま、雪村千鶴の部屋に近い部屋に隠れる羽目になった。
 さすがに平隊士として扱われている私と彼女が鉢合わせるわけにはいかないだろう。
 それに、今は『千姫』という客人が来ているようだし、用心はしておくに越したことはない。

 ふと、襖の隙間から除けば『千姫』の姿がチラリと見える。
 千姫という人は、雪村千鶴とそう変わらない年齢の少女だった。

『急にいろんなことを言われて頭の中が混乱したでしょう?……ごめんね』
『ううん、大丈夫。こっちこそ、さっきは皆が失礼なことを言ってごめんね』
『まあ、想定の範囲内かな。いきなりあんな話を信用しろっていうのが無理なんだもん。……なんて、簡単に信じられる人間は少ないから』

 なんて、の前の言葉が小声になって、よく聞き取れなかった。 
 私はもう少し情報を得ようと耳を澄ませる。

『それよりも……、私の提案、どうかな?ちゃんと考えてみてくれる?』
『………』
『新選組の人は守れるって言っていたけど、私は無理だと思う』
『……………』
『だから、私たちと一緒に行かない?あなたは新選組から離れるべきよ』

 ――私は、その会話でなんとなく話を理解した。
 つまり、この雪村千鶴は何かに狙われていて、その何かから雪村千鶴を新選組では守れないから一緒に行こう。……そう、言っているのだ。
 その何かに負けてしまうほど、新選組の幹部――特に沖田組長なんかは負けるとは到底思えない。
 けれど、この千姫という人物はそんな軽い嘘をつくような人物には到底見えない。……つまり、それは本当のことなのだ。

『それとも……ここから離れたくない理由でもあるの?』
『……うん』
『あらら……。もしかして誰か心に想う人でもいるのかな?』
『えっ!?』

 千姫という人の声はまるで雪村千鶴をからかっているような、反応を楽しむかのような声で。

『うん……いるよ』
『……そっか。――誰なのかまでは聞かないけど、あなたがひとりの女として見つけたものがここにはあるんだね。……それなら、離れろなんて言えないなあ』


 ―――違うでしょう。

 なんで無理やりにでも連れて行かないの?
 なんでそんな甘い気持ちでここに残る気になっているの?


 ―――たかが荷物のくせに……!


 





 ガタンッ


 いきなり襖が開かれたからか、目の前の華奢な少女は驚いたように目を見開いていた。

「……ちょっといいかしら」
「確か、あなたは一番組の……」
「そうよ。あなたに話があって来たの」
「話……?」

 雪村千鶴は何も分かっていないような表情で小首を傾げる。
 その姿が余計苛立たしくて、私の眉間にどんどん皺が寄っていく。

「……あの……?」
「あなた、自分がどれほど恵まれてると思ってるのよ……」
「………?」
「……ッ気に入らない……!」

 何なんだこいつは。
 全然何も、私がなんでこんなにいらついているのかも、何もかも分かっていない!

「あなたの全てが気に入らない……!何様のつもりなの!? なんでさっき、千姫とかいう人と一緒に行かなかったのよ!!」
「!」
「好きな人がいるからここに残ったわけ?そんな甘え、この世界では通用しないのよッ!!」
「私は……」
「言い訳なんか聞きたくもないわ!さっさと出て行きなさいよ……。自分が、この新選組の……沖田組長のお荷物だって、なんでわからないの!!?」

 思い切り怒鳴りつけると、雪村千鶴は何も言えずにうつむいた。
 ……たったこのくらいで泣くのか。それほど弱いくせに、なんでここにいるんだろう。

「確かに、私はお荷物です」

 けれど、彼女の声は私の予想していた涙声なんかじゃなくて――。

「けど」

「……っ」

「私はただそんな軽い気持ちで残りたいと望んだわけじゃないっ!!」

 凛とした、琥珀色の瞳が真っ直ぐに私の双眸を見返してくる。
 今までの弱々しい光なんかじゃない。
 まっすぐとした、消えることのない光が彼女の双眸にはあった。 

「私には私なりの目的があるんです。それを知らないあなたなんかに、そんな風に言われる筋合いはありませんッ!!」
「じゃあその目的は何なのよ!」
「それは……」
「ほら、言えないじゃない……!すぐに言えないような目的、どうでもいいと同じじゃない!」

 私の言葉は、止まらない。

「どうせ似たり寄ったりな目的なんでしょう?そんな目的ならどうでもいいじゃない!」

 パシンッ!と音がした。
 私の左頬が赤くなっていて、じんじんとした痛みが広がっていく。
 目の前の少女に目をやれば、彼女はぽたぽたと涙を流していた。

「私のことをとやかく言われるのは構いません。……ですが、私の"目的"をどうでもいいと評するのだけはやめてください」
「な、」
「何してるの?」

 突然後ろから聞こえてきた声に、私はその場から動けなくなる。

「……君、平隊士だよね。なんで幹部塔の方にいるのかな」
「……あ、……え、と……」
「それと、なんでその子が泣いてるの?」

 途端、空気が変わった。

 まるで、浪士と相対しているときのような。……いや、それ以上の殺気が私の体に突き刺さるように発せられる。

 彼の――沖田組長の瞳は、今までに見た中で一番冷たくて、正視できないくらいに恐ろしいもので。
 でも、私はそんな彼の視線から自分の目線をそらすこともできずに、その場に固まっていた。

「確か、君は僕の組の……松原茜とか言ったっけ?……会津の要人だかなんだか知らないけどさ、……覚悟はしておいた方がいいかもね」
「――……っっ!」

 それだけを言うと、彼はまるで言い切ったとでも言うように私の横を通り過ぎる。

「千鶴ちゃん」
「沖田、さ」
「うん」

 私は何も言えずに、耐え切れなくなってその場を走り去った。



「……千鶴ちゃん、ごめん。怖い思いをさせたよね」
「……私なら、大丈夫ですよ」
「嘘。だってこんなに震えてるじゃない。……あの娘のことなら気にしないで。もう千鶴ちゃんには近づけないから」
「沖田、さん……」
「大丈夫。今だけ、こうしていてあげるから」

 ふわりと、千鶴は沖田に抱きしめられて顔を赤く染める。
 しかし、一瞬こわばった体も、与えられた安心感からかすぐに柔らかくなる。

(……少し、気を抜きすぎていたかな)

 先ほど、千鶴の様子を見に部屋に足を運んでみれば怒鳴り声が聞こえてきて、沖田は影からその様子を伺っていた。
 そして、彼女が『千姫』と千鶴の会話を聞いていたことが判明した。
 そのあとにまさか、千鶴が茜に平手打ちをするとは予想もしていなかったが、今日はそれでちょうどいい。
 いい加減、松原茜のお姫様気取りは頭に来ていたのだ。
 自分に向けられている好意はわかっていた。自分だけを特別扱いして欲しいという思いがただ漏れなのも気づいていた。
 でも、沖田はそれを意にも介せず放っていた。……きっとあの娘のことだ、沖田と千鶴が親しいということも知っていたのだろう。

 ……そんなドロドロの感情の吐き出し口に千鶴が使われるのは、薄々予想できていたことだったのに。

(まさか、こんなに早かったなんてね)

 ぎゅう、と抱きしめる腕に力を込める。
 
「おきたさん……?」
「今日は、一緒にいてあげる。また何かあったら、僕が嫌だから」
「……ありがとうございます」
「眠いんでしょう?このまま寝ていいよ。……僕が、絶対に守るから。だから千鶴ちゃん、君も僕から離れないでいてくれる……?」
「……はい」

 そのまま、千鶴の意識はだんだん闇に呑まれていく。
 頭を優しく撫でてくれる沖田の手の感触が気持ちよくて、千鶴は彼の胸に擦り寄るようにして、彼の着物をぎゅう、と握った。
 普段は全く甘えない彼女が珍しく自分から擦り寄ってくる……というとても可愛い行動に返事をするかのように、甘い笑みを浮かべた沖田は優しく彼女の額にくちづけを落とす。

(……この子は、絶対に)

 あんな、汚い感情のはけ口になんかさせない。
 させるくらいなら、いっそ。

(松原茜、ねぇ……)

「斬っちゃっても良かったかなあ」

 嘘とも本気とも取れない声音で、冗談のように彼はつぶやく。
 


(次、もし手を出すようなら)


 ――たとえ、罪に問われようと。



「僕が君の首を落としてあげるから――ね?」



 沖田はそう呟くと、抱きしめた少女をさらに強く抱きしめて眠りについたのだった。





 松原茜は翌日、強制的に会津藩に返されることになり、それ以降は何の噂も耳にしない。








*(20130610:執筆)



真名様リクエスト沖千でした!
すいませんしっくり来なかったらごめんなさい。

そして、執筆がかなり、かなりというよりものすごく遅れてしまい申し訳ないです…!
一回書いたのですが、このぼろパソのせいで消えました……。
今回はしっかり完成したので、ホッとしてます。しっかり保存もしましたし!←

こんな作品でよければお持ち帰りくださいませー!
この度はリクエストしてくださり有難うございました!


※この作品は真名様のみお持ち帰り可とします。テキストコピーでお持ち帰りください。
























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