不吉なうた
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「皆さんちょっといいですかー?」
「……………」


 始まりは、朝食の時だった。
 いつもどおり始まった朝食の時間。その時に響いたのは斎藤の妹・蒼架の澄んだ高めの声。
 …普段ならこういう時には千鶴か兄にしか話しかけない蒼架が全員に話を持ち出すなど、これまた珍しい。

 一斉にほかの幹部と千鶴の目線が蒼架の方に向いた。
 

「…何だ、蒼架。お前がそんな真面目な顔になるなんて珍しいな」
「え、それ酷いよ左之さんっ! なんかいつも私が真面目じゃないって言ってるみたいじゃない」
「………お前はいつも真面目ではないだろう」
「兄様まで!? 酷くないですか」


 そんなやりとりを遮るかのように、土方が咳払いをする。それを聞いてようやく静寂が戻ってきた。
 そして、気を取り直してもう一度蒼架が口を開く。


「毎年恒例、蒼架の何故か当たる替え歌行きまーす」
「え、ちょ、蒼架待て待て待ってくださいごめんなさい!!」
「…これは毎年恒例行事みたいなもんなんだよ。やらなくてどうするのさ平助」
「恒例行事にすんなしっ」
「えっと…蒼架、ちゃん…? …何をする気なの…?」


 控えめに千鶴が蒼架に尋ねる。蒼架は待ってましたと言わんばかりの満面の笑みで千鶴の方を振り返った。
 そして、蒼架が説明しようと口を開いたとき、…カラリと扉が開いた。
 何故か退室しようと試みている永倉の姿がそこにある。…千鶴がどうしたのだろうかと顔をそちらに向けると―――。

 扉を開いて外に出ようとしている永倉の顔はそれはそれはまるで青空を切り取ったかのように青かった。


「ちょ、新ぱっつぁん!! 何一人だけ逃げようとしてんだよっ!!」
「俺ばっかりが毎年毎年被害受けてんだよっ!! あの歌を聴いていなけりゃ効果ナシなんだろ!?」
「それじゃ、こっちに不幸が降りかかるってことだよね。…平助、そのまま新八さん押さえてて。さっくり逝かせてあげるから」
「それも同じじゃねぇか!!」


 …一体、本当にどうしたというのか。全員がまるで足の引っ張り合いをしているようだ。
 出口という天国地獄の境目である出入り口を目指して三馬鹿…もとい、平助・原田・永倉の3人が小競り合いをしている。
 三馬鹿だけならばまだ話がわかる。それならばいつものことだと認識ができるのだから。…しかし、今回はそれに沖田も加わっていた。
 この4人が一気に相手の足を引っ張るような真似をするとは―――珍しいこともあるものだ、と興味津々に千鶴はその光景を眺めていた。

 すると、その騒ぎを粛清するかのように、ドンッ!! という床を思い切り踏む音が響き渡った。
 そして、ぴたりと三馬鹿、沖田、そしてそれ以外の動きが止まる。千鶴以外は何故か顔が青い。
 
「…そ、蒼架…ちゃん?」
「ねっ、聞いてくれますよね? 千鶴ちゃんと兄様と近藤さんと山南さんは巻き込まないから安心してください」
「…ああ。心得ている」
「ありがたいことです」
「うむ」
「………?」


 ほっとしたように斎藤、近藤、山南が息をつく。そしてその顔には安堵の表情を浮かべていて。
 それとは対照的に、土方を始めとするそれ以外の幹部(監察方も含む)の顔が蒼白になっていくのを目の当たりにし、千鶴は慌てた。
 まるで、世界の終焉がそこに迫ってるのではないかと思わせるくらいの愕然とした表情。

 あの沖田でさえも、顔をひきつらせて出口の方へ一歩一歩ゆっくり後退していく。
 何がなんだかわからない千鶴は、何をするつもりなのか尋ねようと蒼架の方へ顔を向けた。


「聞いてれば分かりますよー」
「う…わああああああああ!!! 左之さん、新ぱっつぁん、さっさと逃げねぇと…「させないよー」


ドスッ


「お、おい平助!! 生きてるか!!?」
「蒼架…いくらなんでも飛び蹴りは…」
「あははー。毎年恒例行事を無視しようとする平助が悪いんですよ」
「…どうしましょう斎藤さん、今日はなんだか蒼架ちゃんが沖田さんに見えます…」
「……それは仕方がないとしか言い様がないな」


 斎藤(一)までもがそう言うのならきっとそうなのだろう。…と思い込んでみる。
 というより、今日は蒼架が悪魔に見えるのは気のせいじゃないらしい。


「飛び蹴りで死にたくない人はそこに正座ねー。…ねぇオッキー、誰が逃げていいって言った?」
「蒼架さ…、本当に斬っちゃいそうになるよ。なるべく君は斬りたくないんだけどな…強いし」
「あはは。そう簡単に私は斬られないよー。毎年恒例行事なんだから観念しなさーい」


 正直言って能面みたいな笑みを顔にはっつけて早足で沖田の方へ向かう蒼架は怖い。
 本当に恐ろしいくらいに爽やかな笑顔で、なのにそれが黒く見えるのは目の錯覚か、はたまた現実か。
 後者でないことだけを願いたい。

 今にも瞳をキラキラさせて、満面の笑みで駆け寄ってきそうな蒼架を見やれば、背筋がこれ以上とは言えないくらいに寒くなる。






「はーい、それじゃ、逃げようとした総司と平助はもちろん、その他の人も覚悟は出来てますよねー?」






『出来てるわけねぇだろ!!』






「はーい、よく返事できましたー「俺らは子供かよっ」 昔はきっと子供でしたよ「あたりまえじゃない」 あっははは、とびきり不吉なうたにして差し上げますねー」
『バカ新八っ』
『え、俺っ!?』






「それじゃあいっきまーす」
『や、やめ…!』
「あははー。やめませんよ」


 すう、と息を吸う音。




「逃げろォォォォ!!!」
「うわ新八っつぁん押すなって!」
「押してねぇよ!!」
「ここで喧嘩してんなよ新八、平助!」
「さっさとどいてくれるかな」













「あっははは! もう遅いですー♪」
































 その日、1年で一番の絶叫が屯所に響き渡りましたとさ。






*(20130131:公開)   
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