小咄(1)
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千鶴ちゃん独白? もうひとりの『鬼』の千鶴ちゃんと、『人間』でありたいと願う千鶴ちゃんの二人が出てきます。
















 ―――――強い、焦燥感。
 行かなければならないと感じていても、どこか行ってはいけないと叫ぶ内なる自分が居て。
 私は、ここから身動きが取れずにいる。自由にどこへでも向かえる足を持っていても、自由に動かせる手を持っていても、私は動けずにいる。
 こんな五体満足な私だというのに、私は私自身がわからない。

 どうして、こんなに焦るのだろう。
 思い出したくない何か。京に放たれた紅蓮の炎が目の先をちらついているような気がしてならない。
 思い出したくない。思い出したい。いやダメだまだ思い出してはいけない。いや私は思い出さねばならない。
 …相反する内なる私の考え。一体どちらが本当の私なの?

 私はどうしてここに立ち止まっているの。
 私はどうしてこんなところで立ち止まっているの。
 私はここから逃げ出すこともできるはず。それをしないのは、何故。
 私の中にひっそりと眠る狂気は次第に目覚め、いつの日にか私を完全に飲み込んでしまうだろう。

 手遅れになる前に、早く。早く、ここから逃げ出して。
 私はここにいてはいけない。いや、彼らが許してくれるのならいてもいいのではないだろうか。
 そんな風に甘え続けちゃいけない。私の中の、もうひとりの私。彼女は喝を入れるように厳しく言い放った。
 そうだ。もともと私は一人だったんだ。父親だと思っていた綱道は本当はただの村人で。

 ただ、私を雪村家の再興、もしくは羅刹の国を作るためにしか必要としていなかったのだろう。
 どうして、ここに居るの。私はどうしてここに居るの。再度問いかけても答えは返ってこなくって。
 ただ、ひたすらに焦燥感が私を突き動かした。居たい、私はここに居たいの。離れたくない、離れたくない。
 いいやダメだ、私は今すぐここから離れるべきなのだ。嫌だよいや、いや。私はみんなとここにいたい。離れたくない。

 いいや、ダメなのさ。私がここにいて一体何ができるというの? たかが小娘、されど小娘。できることなんて限られている。

 だからこそ、見つけたい。必要とされたいの。…私はここにいていいんだって、…私、は…。


 ほらね、言った通りでしょう。あなたは誰にも必要とされていない。
 ここに居るあの人たちも、もともとはあなたを必要としていなかった。…それはわかっていたでしょう。

 分かってる、分かってるつもりだった。でも、私はここにいたい。

 いいえ、それはわかってるとは言わないわ。わかってるつもり、とは言ってもそれはどこまでなのでしょう。
 あなたは自分のことしか考えていないの? …相手の気持ちになってご覧なさい。
 あなたは剣も扱えなくて、できるのは掃除に洗濯。ただの雑用ばかりじゃない。…そんな風に自分を閉じ込めてしまっていいの?

 それでも…!!

 それでも、ここに残りたいというのなら。私があなたを押しのけて出てあげる。
 鬼というおぞましい生き物の生き様をたんと見せつけてあげましょう。

 いや、嫌嫌…!! それはだめ、それだけはやめて…!!

 あら、どうして? …それはあなたの自己満足ではないのですか?
 あなただけ綺麗に生きられると思ったら大間違い。あなただって、本当はおぞましい―――――。



「いや…!!」






 そこで、私の意識は覚醒した。










「どうした!?」
「千鶴ちゃん…!?」


「…斎藤、さ…沖、田、……さ…」


 私の中で目覚めようとしていた狂気。…まだ、あの『夢』はその片鱗だったのかもしれない。
 






*(20130131:加筆修正)  
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