十一夜
―待ちぼうけ




「町に火を放つだあ? 長州の奴ら、頭のねじが緩んでるんじゃねえの?」


 それについては同意見である。


「それ、単に天子様を誘拐するってことだろ? 尊皇を掲げてるくせに、全然敬ってねーじゃん」


 それについても同意見である。


「……何にしろ、見過ごせるものではない」


 斎藤さんが最後、綺麗にシメた。有難うございます。




 …これは、今現在の彼らの会話だ。
 土方さんから長州の奴らの話を聞かされた、彼らの。

 彼らの計画は完全に小学生レベルだと思う。


「奴らの会合は今夜行われる可能性が高い。てめえらも出動準備を整えておけ」
「……了解しました、副長」
「よっしゃあ、腕が鳴るぜぇ」


 幹部たちは様々な反応を見せながらも、土方の言葉に了承の意を示した。
 全員が大捕り物に目を輝かせているのが見て取れる。
 そして、その土方はふと思い出したように千鶴の方を見やる。


「…それから綱道さんの件だが、長州の者と桝屋に来たことがあるらしい」


 耳を疑った。
 綱道は確か幕府側の蘭方医で。


 ―――ふつふつと、腹の底から怒りが込み上げそうになる。


「千鶴、抑えろ」
「…兄様」
「綱道さんを始末しなければならない理由が増えただけだろう。冷静になれ」


 ―――確かにそうだけど。
 反論したかった。
 すぐにでも、始末してしまっていいという理由が欲しかった。
 どうしても、許せない。

 鬼としての誇りを忘れて、排除対象にまでなって。
 人間としても、幕府を裏切り、排除対象になる。



 ――馬鹿らしい。
 なんて馬鹿らしいの。
 どうして、あの日永らえた命をこんなところで無駄にしてしまうの。



 ―――どうせなら、あの時。
 死んだのが父様と母様じゃなくて、綱道だったら良かったのに。
 それならばきっと、父様と母様だったならこんなふうに命を無駄にはしなかった。


「せっかく永らえた命を無駄にするなんて、ね」


 ぽそりと呟いたそれは、すぐ隣に座っていた彼にははっきり聞こえてしまったらしい。
 訝しげな目線を受けて、なんでもないと言い募る。


「あれ、千鶴ちゃん、綱道さん生かすつもりだったの?」
「いいえ。…あれは絶対的な排除対象です」
「言い切るなんて凄いね? あれでも養父だったんでしょう?」
「別に、私はあれのことをなんとも思っていませんから」


 淡々と言い切る千鶴。
 幹部たちはそれに妙な違和感を覚える。


「じゃあなんで今、永らえた命を無駄にするなんてとか言ったの?」


 びく、と千鶴の肩が跳ねた。


「―――沖田さんには関係ないです…!」


 そう言って、千鶴はさっさと沖田の傍から離れてしまった。
 残念そうに目を伏せる沖田。


「"排除対象"ねぇ…。……そういえばあの子、もしかして人間じゃなかったりするの? 蒼」
「あなたには関係ないですよ、総司」


 蒼にもバッサリ切り捨てられ、沖田は改めて前に向き直ったのだった。




「……?」


 ふと、胸騒ぎを覚えて千鶴は首を傾げた。


(…なにか、起こる…?)


 もしかしたら、今日の討ち入りは混戦状態になるかもしれないな。
 ああ、だとしたら私はどうする?
 ここに残る? 付いていく?


(判断は、土方さんに任せよう)


 私は、部外者。
 蒼とは違う。


 彼らに情をかけてもらう謂れも情をかける情けも。
 私は、持ち合わせていない。


 だから、みんなが準備している中、私は部屋の隅に小さくなっていた。


「……ん? 雪村君、こんなところで何をしているのかね?」


 顔を上げれば、近藤さんが目の前に立っていて。


「えっと…なんだかじっとしていられなかったので…」


 そう素直に告げれば。
 近藤さんは人のいい笑みを浮かべて私を見た。


「なるほどな。君の気持ちはよくわかる!討ち入り前で皆も高揚しているしな」


 と、相槌まで打ってもらってしまって。
 私的にこれを高揚しているというのかが分かりかねるけれど。
 逆に殺気立ってるって言ったほうがぴったりなんじゃないのだろうか、とも思う。

 そんなことを考えていた時に、不意に近藤さんが口にした言葉に私は唖然とするしかなかった。




「どうかね、君も一緒に来るか?」




 …マジですか。








 ―――てなわけで、私は討ち入り隊として一緒に行くことになりました。
 私が近藤さんに逆らえるわけないじゃないですか、なんて思いながらも足取りは軽い。
 とても高揚した気持ち。
 なんとなく、隊士の皆さんの気持ちが理解できた気がする。

 周辺を走り回った私が池田屋の前に戻ってきたとき。


「……こっちが当たりか。まさか、長州藩邸のすぐ裏で会合とはなあ」
「僕は最初からこっちだと思ってたけど。奴らは今までも頻繁に池田屋を使ったし」
「だからって古高が捕まった晩にわざわざ普段と同じ場所に集まるか? 普通は場所を変えるだろ? 常識的に考えて」
「じゃあ、奴らには常識が無かったんだね。実際こうして池田屋で会合してるわけだし?」


 …長州の人たちってそんなに頭の回らない人たちなんだ…。
 永倉と沖田は世間話のような軽い口調で話しているが、その内容はどうも残念である。
 戻ってきた千鶴に気づいたらしい平助が千鶴に駆け寄り、声をかけた。


「どうだった? 会津藩とか所司代の役人、まだ来てなかった?」
「…はい。この辺りには誰も居ないみたいです」


 千鶴が返答すれば、平助は顔を歪めて舌打ちした。
 …千鶴もその気持ちはわからなくもないから、俯くことしかできない。


「日暮れ頃にはとっくに連絡してたってのにまだ動いてないとか何やってんだよ…」
「落ち着けよ、平助。あんな奴ら役に立たねぇんだからさ、来ても来なくても一緒だろ?」
「……だけどさ、新八っつあん。オレらだけで突入とか無謀だと思わねーの?」


 そして、千鶴たちは援軍を待つことになり。
 …しかし、いくら待っても役人は現れてくれなかった。












*(20130311:公開)


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