九夜
―何を抱え込んでるのか、それが知りたいのに






 ―――相変わらず千鶴は幹部に一線引いて接している。
 いや、一線どころか二線三線は引かれているんじゃないかと思えるくらい、千鶴はこちらに踏み込んでこなかった。
 そんな時のある日のこと。


「…千鶴?」


 珍しい、と平助は目の前の光景をじーっと見つめた。
 最近、千鶴には雑用を任せることが多い。そして、今の時間帯なら千鶴は洗濯物を畳んでいるはずだった。
 そして、ちゃんと洗濯物を畳んでいたところだったのだろうが…。


「ああ平助? 暇なら少し手伝ってよ」
「…何で千鶴が総司の膝の上に頭乗せて眠ってんだよ!総司だけずるくね!?」
「そんな大声出さないで。千鶴ちゃんが起きちゃうじゃない」
「っごめん…」


 おそらく、縁側で洗濯物を畳んでいるうちに疲れて眠ってしまったのだろう。
 …が、問題はその次だ。

 平助も言っているとおり、今千鶴は沖田の膝に頭を乗せて眠っている。

 近藤さん以外に興味持たなかった総司が…!? と驚く気持ちと総司ってこんな千鶴に甘かったっけ…? と悩む気持ちが入り混じっている平助なのである。
 …最初の一週間は毎日毎日『斬るよ』『殺すよ』と言いまくっていた沖田が、だ。誰もがきっと平助と同じことを思うに違いない。


「何ボケっとしてるのさ。そんなところでつっ立ってないで洗濯物たたむの手伝いなよ」
「つかホント何してんの…?」
「千鶴ちゃん寝かせてる。…最近また嫌な夢見たらしくてよく眠れてないみたいだから」


 珍しくこいつが気の利く発言した…!と半眼になる平助。
 それをさも当たり前というように言いのける沖田。それでいいのか。


「…千鶴って監視対象だよな?」
「うん」
「…千鶴を率先して斬る言ってたの総司だよな?」
「うん。それが何?」

(こっちのセリフだよ!)

「じゃあ甘やかしちゃダメなんじゃね?」
「じゃあ平助も金平糖とか持ってくるのやめなよね」
「う゛…っ」


返 す 言 葉 が 見 つ か ら な い 。
 
 平助は言葉に詰まり、居心地悪そうに視線をさまよわせるが、千鶴の横に山積みになっている洗濯物に目を向けてハッとした。
 そして、洗濯物を手に取ると、ゆっくり丁寧にたたみ始める。
 流石に女ではないからこういうのをさっさとたたむことはできないため、どうしてもゆっくりになってしまうが。
 ただ黙々と洗濯物をたたみ続けていたが、そのときふと沖田が平助と千鶴を交互に見やって口を開いた。


「…昨日、さ」
「ん?」
「偶然夜中に…千鶴ちゃんの部屋の前通りかかったんだよね」
「うん。…てか何で夜中に通りかかるんだよ」
「巡察の報告ついでだよ。…千鶴ちゃん逃げてないかなーって、確認のためね」


 おそらく嘘だ。
 平助は心の内でそう断言する。
 

「そしたらさ、…千鶴ちゃん、魘されてて」
「うなされ…?何か嫌な夢とか、か?」
「…この間話してた夢だと思う。ほら、今朝も食欲なかったじゃないこの子」
「…ああ、確かに」


 そこで、改めて平助は沖田の顔を見やった。
 ―――少し、驚く。
 沖田の瞳に、心配そうな…そんな光があったから。


「"どうして奪うの" "返して、みんなを返して"」
「は?」
「今言った言葉の意味、平助分かる?」
「……分かんねぇよ。だけど、なにか嫌な思い出だってことは分かる」
「…それ、千鶴ちゃんの寝言なんだよね」
「……………っ!?」


 言葉が、出なかった。


「…この子が夢の内容を言いたがらない理由と、一線引いて相手と接する理由が分かった気がする」
「………」


 沖田の大きな手のひらが、千鶴の頭を優しく撫でた。
 

「……だから、かもしれない。だから、千鶴ちゃんは踏み込まれるのを嫌うんだ」


 本当に心配そうな声。
 平助は何も言えない。…言うことが見つからない。


「…だけど」


 静かな声で、本当に静かな声で沖田は言った。


「…それを話してくれたなら、僕らは千鶴ちゃんの力になれるんじゃないかって思うんだよね」


 その声には敵対心や、…いつも沖田が千鶴に向けて言う言葉の数々を紡ぐ時の刺々しさがなくて。
 ただ、千鶴一人を心配するような、そんな声。


「…僕は今は独りじゃないけれど、…千鶴ちゃんは蒼が居たとしても、綱道さんが居たとしても、……………僕らが居ても独りなんじゃないかって思ってさ」
「総司…」


 確かに沖田は幼少の頃試衛館に預けられ、始めの頃は独りだった。
 しかし、そこでの生活の途中で近藤や土方、井上に出逢ったことから独りではなくなって。
 …そして、今では平助、原田、永倉などといった仲間に囲まれて生活をしている。


 しかし、千鶴は違う。


 綱道という存在は今では彼女の中で"排除対象"になっているし、蒼にもどこか一線引いている。
 一線引かずに接する―――つまり、自分の領域に踏み込むのを許す人物を千鶴は持たない。
 …そこが、千鶴と総司の違いなのではないだろうか。


「だから、ね。…親近感っていうのかな、そんなのが湧いてきちゃってさ。困るよね」


 茶化すように沖田は言うが、その目は笑っていない。


「ほら、千鶴ちゃんが起きちゃう前に洗濯物終わすよ。さっさとたたみなよね」
「…総司もやれよ!」
「僕は千鶴ちゃんの寝付け役だからいいの。はいやったやった」
「総司だけずりぃぞ!俺も千鶴に膝枕してやりてぇし!!」
「譲らないよ」
「ぐっ…!」


 そして、平助は渋々といった面持ちで洗濯物に手を伸ばしたのだった。









『待って、待って、父様、母様!!!』


 暗い廊下を走っていた。
 目の前を歩く父と母に追いつきたくて、一刻も早く追いつきたくて、ただひたすら息が切れるのも気にせずに走っていた。


『父様、母様っっ!!』


 手を伸ばしても、どれだけ声を張り上げても、届かない。
 それがもどかしくて、自分の短い子供の腕を見やって唇を噛み締める。


『お願い、こっちを見て…! 私に、』







 ―――私に、気づいて








「……ちゃん」


 やさしい、こえ。


「ちづるちゃん」


 父様でも母様でもない、やさしいこえ。


「千鶴ちゃん、起きて」


 …だれ?






「…ぅ…」
「…目が覚めた? おはよう――って時間じゃないか、こんにちは」
「……………おきたさん…?」
「うん」


 目に映った顔が沖田のものだと認めるや否や、千鶴は飛び起きて沖田から距離を取る。


「ななななんで…っ!!? なんでわたしが沖田さんの膝で寝て…!? じゃなくてええと…お、おは、こんにちは、ですっ」
「あははは!凄い動揺のしようだね。そんなに驚いた?」
「お、驚きますよっ!目が覚めたら目の前に沖田さんがいて…誰もが驚きます!」


 あはは、と笑う沖田の姿はいつもどおり。
 …いつもどおり、のはずだけど。


「…どうか、しましたか…?」
「…ううん、なんでもない」
「なにかありました…?」
「……なんにもないよ」
「嘘ですよね」


 きっぱりと言い切る千鶴に違和感を覚える沖田。


「…なんでそう思うの」
「…だって、沖田さんいつもより優しいです。……私、もしかしてなにか寝言を…?」
「………ううん、なんにもないよ」
「…本当ですか?」
「うん、本当。…あ、そうだ、洗濯物は平助と僕でたたんでおいたから」
「え゛っ!!? あ、すいませ…っっ!!」


 慌てて頭を下げる千鶴を見て、沖田はにこにこと笑うばかり。
 本当にどうしたのだろうと不安にもなるが、今は気にしないことに決め、沖田と平助がたたんでくれたという洗濯物を抱えてその場を去った。


「―――君が言いたくないのなら、まだ言わないでいいよ」


 本当はさっきもうなされていた。
 『待って』と。『気づいて』と。…あんな哀しい声で言われてしまっては。


「…今までのあんな態度、取れるわけないじゃない」


 なんせ、君はこんなにもいい子なんだから。


「いつか、本当に耐えられなくなったときは」


 …そんな日がもし訪れたら。 
 訪れないでくれることを願う他ないけれど。


「いつでも僕たちに頼ってくれて構わないんだよ、千鶴ちゃん―――」


 幹部たちの中に、君を邪険にしている人はもういないのだから。




 そして、沖田は踵を返すのだった。















*(20130310:公開)












 …沖田さんデレ期到来www
 管理人がゲーム初期の殺伐とした雰囲気が苦手なためにこうなりました(

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