七夜
―きっとこの二人は最強で最凶タッグだ








 ―――正直、こんなに強いとは思わなかったんだよ! さすが蒼が指導しただけあるな!

 それが、千鶴との試合を終えての平助の感想だった。らしい。
 誰と試合するかで一悶着あったのだが、最終的に千鶴に選んでもらおうという話になり(またか)平助が選ばれたのである。
 その時の沖田の視線は今までにないくらいに厳しいものだったという。

 正直千鶴の背中を嫌な汗が伝ったが、特に沖田は追求するわけでもなく道場の壁にもたれかかりながら試合を見ていた。


「まさか平助が女の千鶴にここまで押されるなんてな…」
「うっ。左之さんそれ言うなって」
「まあ千鶴は普通じゃないですから…ね゛ッ!!?」


 ドスッ


「千鶴ちゃん、見事にみぞおち直撃したけど蒼生きてる?」
「生きてるんじゃないですか? 死んでたら死んでたで、放っとけばいつの間にか土に還りますよ」
「あ、それもそうだね。続けよっか。……………じゃあ千鶴ちゃん、次は僕と―「次、斎藤さんにお願いしてもいいですか?」


 …沈黙。

 そして数秒後。
 チャキッと鍔鳴りが聞こえて、反射的に千鶴は数歩後ろに飛び退いた。
 振り向くと、そこには黒い笑顔の沖田が立っていて。


「お、沖田さん!? 何で刀抜こうとしてるんですかっ!?」
「千鶴ちゃんが僕の相手してくれないのが悪いんだよ」
「それ理由になってないですっ」

「じゃあ聞くけどさ、何でそんなに僕との試合を避けてるわけ?」

「最後のお楽しみにしておいたほうが面白いじゃないですかっ」


 沖田と、そして無事生き返った…もとい、起き上がった蒼が目を丸くする。


「…珍しいこともあるんだな、千鶴」
「別に私の勝手ですよっ。…そんなに意外ですか?」
「当たり前だ。いつもは率先して試合を申し込んできた奴らはぶっ潰してただろう」

「…え、何。もしかして僕千鶴ちゃんに気に入ってもらえたとか?」

「そういうことですね」
「べ、別に深い意味はないですからねっ!? ただ、沖田さんの剣術は純粋なものだから…最後に本気で戦いたいって思って」
「それを言ったら一君とか新八さんだってそうじゃない」
「う゛っ」

「まあまあ総司。千鶴にはお楽しみにしとく理由が必要なんだろ」


 結局。原田のその一言で追求する声は途切れて。
 千鶴は内心お礼を言うべきか、反論するべきなのか決断しかねるのだった。


「―――それじゃあ斎藤さん、お願いしますっ」
「ああ」










「―――結果的には一君と新八さんも千鶴ちゃんとは同等レベルなんだね」
「まさか千鶴ちゃんと引き分けになるとは思わなかったなー。千鶴ちゃんスゲェよ、女の子なのに」
「初めて斎藤が総司と試合したときのこと思い出すな」
「まあ千鶴は普通の女じゃないですから…ね゛っっ!!?」


 ゴスッッ


 …………………。
 ………………………………。


「さっきより酷い音だが、生きてるか?」
「生きてるんじゃないですか? 変なことを口走ろうとした兄様が悪いんですから、文句言われる筋合いはありませんよ」
「まあゴキブリ並の生命力持ってるから生きてるでしょ」
「ゴキブリですか? …気持ち悪いですけど、確かに例えとしては合ってますね」


 酷い例えように少々悲しくなるのは気のせいか、と蒼は思う。
 …蒼が何回か言いかけて千鶴に口封じされかけている言葉。それは千鶴の秘密だ。
 回復力、体力ともに人間という種族より秀でた――鬼の一族の娘。それが千鶴の正体だ。
 気を許している、といっても、まだそこまで言う必要はないと千鶴は一線引いていた。

 はっきり言うと、蒼のこの言動は千鶴の考えを確認しているに過ぎない。

 千鶴が言いたくないのならきっとこういう風に口止めするだろう、と予想しての行動だった。
 意外と頭の回る人間、それが蒼なのである。


「まあこの程度で死ぬほどヤワでもないですからね。次、俺とでいいか?」
「やっぱり死にませんか、流石ですね。ていうか兄様とだけは本気で遠慮したいです」
「俺を倒さなかったら沖田とは勝負させませーん」
「誰が決めたんですか」
「俺」


 チャキ、と鍔鳴りの音が(またか)今度は二つ聞こえてくる。
 
 一人目は言わずもがな沖田。
 真っ黒な笑顔であははー、と笑いながら刀を振り回しそうな雰囲気がただ漏れである。
 …かなりお預け食らってるんだから仕方ない。

 二人目は千鶴で、手には没収されていたはずの太刀がある。
 一体どんな方法で取り戻したのかは知らないが、今の状況で千鶴に刀を持たせるのはかなり危険な行為である。
 鬼化しそうなくらいに周りの空気が黒い。


 つまり。
危険注意報発令中の千鶴+危険な雰囲気の沖田=天然危険剣豪タッグ。

 イコール、蒼の死は確定。


「ちょ、ちょい待て!! 冗談だって千鶴、それに総司!」
「ならいいですけど」
「じゃあ最後の準備運動だ。千鶴、行くぞ」
「ってホントにやるんですか」
「当たり前だ。さっさと木刀構えろ」


 仕方ない、とため息をついて床に転がっていた(というより転がした)木刀を拾い上げる。
 そして、構えた。

 合図はない。目線が合った瞬間、千鶴が目にも止まらぬ速さで踏み込む。
 ―――今までの三人とは違う戦い方。
 確か、千鶴の剣術は蒼が教えたと言っていた。つまり、師弟での対決ということになる。

 どこか手馴れたような、そんな試合にいつの間にか全員が魅入っていたのには正直驚かされた。
 千鶴の太刀筋はとても綺麗で真っ直ぐで、そして曇りがない。
 普通ならすぐに返されてしまうが、そこは千鶴の繊細な技法がカバーしていた。
 そして、普通の人以上の速さがその弱点を完璧にカバーしてしまっている。
 更に言えば、並外れた動体視力のおかげで相手の太刀筋は読みきれてしまうから避けることも可能。
 鬼である千鶴だからこそ成し得る剣術だった。


「―――速くなったな」
「もちろんですとも。鍛錬は欠かしません」


 緊迫した空気の中で打ち合っていて、でもどこか楽しそうな二人。
 どこかで見たことがある気がするな、と誰もが思った光景だった。


「あああれか、斎藤と総司の試合のときと似てるんだ」
「じゃあ不味くないですか左之さん?」
「…確かにな」


 おそらく、実力は互角。
 すると、どうなるのかと幹部たちが見守る中で、間合いを取って構え直した千鶴の均衡が急に崩れた。


「!?」
「―――…っぁ…!?」
「…千鶴!」


 咄嗟に木刀を投げ出して蒼が倒れかけた千鶴を支える。
 対する千鶴はこめかみの辺りを抑えながら深く息をついていた。


「…ごめんなさい、少し目眩がしただけなので…」
「………目眩って…? 千鶴ちゃん、貧血?」
「いえ、そういうわけでは…」
「…斎藤、千鶴はいつここに軟禁されたんでしたっけ?」
「…一昨日だ。済まない、俺も気が回らなかった…」


 ―――千鶴がこの屯所に軟禁されたのは一昨日の夜。
 その前は何日もかかる距離を一人で江戸から歩いてきて、その疲れが癒えないうちにマガイモノの抹殺及び沖田との戦闘。
 しかも、その翌日には軟禁された屯所で緊張した状態のまま一日を過ごして。
 そして、今日。幹部3名を先に相手した上で更に蒼との試合。…千鶴の疲労は半端じゃない。

 逆にここで倒れなかったなら、きっと今日の夕餉あたりで倒れていたかもしれない。
 


「…じゃあ僕との試合はお預けってこと?」
「そういうことになるな。今日は諦めろ、総司」
「…つまんないの。今度は僕と相手してよね」
「…はい、すみません…」


 千鶴は自室に戻ることになり、蒼に肩を支えられながら道場を後にしたのだった。





(20130302:公開 20130330:加筆修正)





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