六夜
―どうしてこんなことになったのか私にも理解できません













「あれ、千鶴? 広間で飯食うのか?」
「えと…藤堂さんでしたよね? おはようございます」
「平助でいいぜー? っつーより総司、離してやれよ。そんなに千鶴の肩力いっぱい掴んでたら千鶴が可愛そうだろ…」
「だって油断したらこの子逃げるじゃない」
「逃げませんよ!」


 私の扱い酷くないですか。
 そもそも私の探し人は兄様である蒼と綱道の二人なんだから、別に逃げる必要がないけれど。
 それに、あんな静かな家に戻るつもりも毛頭ない。

 すると、どこからかグーと腹が鳴る音が聞こえてきた。
 周りを見渡すと平助君が真っ赤になっていて。
 はぁ、とどこからともなくため息が聞こえてくる。


「…総司、今日の朝食の当番は誰ですか?」
「……あー、僕と一君だよ。で、その前に迎えに来たんだけど…」
「千鶴、お前も参加しろ。こいつらだけじゃ食えるものにならない。…いいですよね?」
「…別に俺は構わぬが…」
「何、千鶴ちゃん料理できるの?」
「一応は…」


 ―――食えるものにならない(半端じゃないくらいにマズイ)ってどんだけ酷いんですか。
 ああ、あれか、食えればいいってだけのご飯なのか。

 勝手に私の脳内はそういう結論を出した。
 
 私の場合は一人でいることが多かったから、いつの間にか料理は覚えていた。
 基本的なことさえできれば失敗することはないと思うのだけれど…。

 というより兄様の喋り方の差に少し違和感を覚えた。
 私と話すときは年上ーって感じなのに、何で幹部の人たちには敬語なんだろう…。


「何でかって言われてもな…。…まあ別に平助とかには敬語じゃなくてもいいとは思っているんだが…癖だ」
「そうなんですか…。………? ……………私、口に出してました?」
「思いっきりな」


 …何か兄様の笑顔が今はすごく憎たらしく思えるんですけど。
 私は朝食を作るために勝手場に向かう。先頭が兄の蒼、私、沖田さんと斎藤さんの順に廊下を進んだ。
 途中何度も転ぶフリして兄様に何かしてやろうと思ったのだけれど、流石に沖田さんたちがいるのでやめておくことにする。


「…で、何を作るんですか兄様」
「あー…「千鶴ちゃんの腕試しってことで、なんでも作っていいよ」
「なんでも…ですか?」
「うん。…ご飯は僕らが炊いておいてあげるからさ、味噌汁とおかず3品程度よろしくね」
「はいっ」











 ―――広間にやって来た幹部たちは硬直した。


「…」
「……………」
「…………………………」


 沈黙。


「………」
(おい左之さん何か喋れって)
(それはこっちの台詞だ。平助、この空気どうにかしろ)
(無茶言うなよ左之さん!)


 こそこそと、まるで内緒話をしているかのように平助が原田に話しかける。
 どうにもここで誰かが話すきっかけを作らなければ、きっとこの沈黙が続くに違いない。


「…どうされました?」


 ハッと遠くに飛んでいた意識を引っ張り戻した土方が、弾かれたように振り返る。
 そこにはたすき掛けをして、手に膳を持った雪村千鶴の姿があって。
 何故だか手元の膳がいつもより輝いて見えるような気がする。


「…雪村、何でお前が膳を持ってる?」
「僕らの手伝いしてもらってたからですよ土方さん。ね、千鶴ちゃん?」
「は、はいっ」
「…今日の料理を作ったのは総司と斎藤か?」
「僕らはご飯炊いただけですよ。おかずと味噌汁は千鶴ちゃんです」


『……………!!』


 

 いったいこれが何だというのだろう、と膳と幹部を交互に見やる千鶴。
 そして、その千鶴を横目に『これが俺の自慢の妹だ』と言わんばかりに清々しい笑顔を見せる蒼。
 興味深そうな眼差しで千鶴を見やりながら、『思った通り』の反応だと苦笑する沖田と斎藤。
 
 毎朝毎朝派手に失敗して散々な料理しか出てこないはずなのに…と、まだ現実を受け入れられないその他幹部たち。


「……………」


 再び落ちる沈黙。

 ちなみに先ほど他幹部が沈黙したのは、既に広間に並べてあった輝ける膳を目撃したからである(輝けるというのは平助談)
 いつもの膳よりは遥かにまともなものなのだそうだ。


「えっと…」
「雪村」
「は、はいっ」
「お前、料理は得意か?」
「得意というか…人並みには出来てるつもりです」


「…土方さん」
「何だ蒼」
「千鶴も炊事当番に入れていいですよね。いや入れてください。いいですよね? いいって言ってください。いいって言え」
「まだ俺は何も言ってねぇよ!」


 失礼すぎはしないだろうか。


 土方のツッコミもむなしく、あれやこれやと言い争ううちに判断は千鶴に託されることになる。
 もちろんそれを千鶴が断るはずもなく。


「料理は昔から好きなので、是非やらせてください!」


 と、花の咲くような笑みで言われてしまっては。
 それだけで、千鶴の炊事当番参加は確定してしまったのだった。


「うーん…千鶴ちゃん、君はなんてすごい子なんだ」
「え、私そんなすごくないですよ…?」
「剣術もかなりの腕だし、それに加えて料理も料亭並み。もしかして家事全般できる感じ?」
「あ、はい。基本一人で暮らしてるようなものでしたので…」


(いろんな意味で雪村/千鶴(ちゃん)は強者かもしれねぇ/しれないな…)

 

 全員の心がひとつになった瞬間である。
 総合的に言ってしまえば、千鶴は完璧なのであった。(いろいろと)













「あ、膳は私が片付け―――」
「いや、千鶴はやらなくていい。左之、新八、あとは頼みますね」
「へいへい。…で、千鶴ちゃんはこのあとどうするん「僕と稽古ですよ」

「あれ本気だったんですか」
「当たり前じゃない。…いや違うか、稽古じゃなくて試合ですよ、新八さん」
「ああ。雪村の力量を図るため―――というのが表向きの理由で、裏はただ単に総司が試合をしたいというだけだが」
「だってこの子の実力、気になるじゃない」


 ―――…何とも言えない気持ちになる。
 あれ、私、この新選組の秘密について知ってるからここに幽閉…じゃなかった、軟禁されてるんだよね。
 …なんでこんなことになってるの…?

 ふと兄の顔を見やると、ちょうど兄も私を見ていたらしくバッチリ目が合ってしまう。
 しかしふいと逸らされてしまい、…あとでどうしてやろうかという思いが脳裏を掠めていった。
 
 こういう時は、後ろめたいことがある時だ。
 その後ろめたいことについてはきっとあれだ、どうでもいいこと――このあとの試合とかについてだろう。
 多分、これは感だけれど、賭けでもしてるんじゃないだろうか。
 …例えば、おかず争奪戦でもう狙わない―――とか。そういうくだらない賭け事。


「千鶴、絶対分かってるだろ。分かっててこっち見てるだろ…!」
「当たり前です。私を何だと思ってるんですか」
「ただの可愛い妹ですわよオホホ」
「キモっ」

「…ごめんなさい」














「―――それじゃ、準備できたかな?」
「あ、はい」
「…道場に行こうか。近藤さんも来てくれるんだって」
















 ―――なんでこうなった。


















(20130217:公開 20130330:加筆修正)









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