幼い恋は終わりを告げて、新しい恋がここから始まる/璃架様へ(捧げ物)








 ―――――嗚呼、君はもう―――――


◇◇


 雲が空を流れていく。それを羨ましく思いながら、蒼は雲を見つめていた。

 雲はあれど、昨日までの大雨が嘘かのように晴れ渡っている。大雨の名残である水たまりや葉をキラキラと輝かせている朝露が朝日を反射させて美しく光っている。
 反射したそれに蒼は目を細めながらも足を止めることはしなかった。

 今日はいつもと何かが違う気がする。…景色が変わったとか、そういうのではなくて、…決定的な何かが違うのだ。…それが何かはすぐにわかった。
 変わらない町並み。変わらない風景。変わらない木々のざわめき。変わらない、何も変わっていないけれど、…ひとつだけ、決定的に変わったものがあった。それを言うのがちょっと気が引ける…。

 口にするのが怖いんだ。…ここに無い、決定的に変わってしまった一つのことを口にするのに、どうしようもなく怖くなって、それを口にすることに怯えて。
 人は、誰しも変わる。そのことが決定づけられた、一つの"変化"


「前はこんな苦しくはなかったのになぁ…」


 自分のつぶやきがどこか虚しく思えて、苦笑する。昨日、今日、二日経っても信じられないくらい、自分は本当に焦がれていたんだな、と実感させられた。
 前は、…まだ。去年中学校から高校に進学し、桜吹雪が舞う中で行われた入学式の時なら、まだ大丈夫だったかもしれない。こんなに人を想ったことはあっただろうか、と思うくらい、その日から彼女に惹かれていたんだ。
 太陽のように輝かしくて、でも、どこか寂しげで。心の中に、ポッカリとした空間があるような、何かが足りていない人形のようだった彼女。その彼女に足りなかったもの、それが満たされたのだろうか。

 彼女が知らなかったのは、きっと"愛される"ことだったんだろう。あとから思えば、それはすぐに分かることだったはずだ。彼女はいつも元気に振舞っているけれど、実際はとても寂しがりやで、それで…。
 それがわかっていたはずなのに、自分は動けなかった。彼女の求めていたものを与えることは自分には不可能だった。…そんな言葉を唐突に並べていく。
 きっと、これは言い訳だ。彼女にどうして自分の気持ちをすぐ伝えなかったのかと自分に問うた親友への、言い訳。…もちろん通じないことはわかっている。でも、そうでもしないと無理だった。

 彼女への想いを断ち切ることが自分にはできていない。だからこそ、早く断ち切りたくて、それのための言い訳を作りたかったんだ。…でも、それはただの自己満足。
 わかっていても、どうしても断ち切ることは不可能で。彼女を自分のこの想いのせいで傷つけたくなんてないから、だから、………。
 それでも、この想いの断ち切り方がわからない。嗚呼、君はもうこの僕の手から飛び立ってしまっていってしまったというのに。もう、きっとこの手の中には戻ってこないだろう。
 籠の中から解放された鳥のように、彼女もまた"幼馴染"という存在から解放されたんだ。…きっと、もう捕らえられたりすることは、ない。君はずっと彼の手の中だ。
 

 ふわりと、風がやさしく頬をかすめていった。その風はまるで、自分を慰めてくれているような―――――そんな存在に思えて。
 雲が、だんだん晴れていく。さっきまで空に浮かんでいた数少ない雲が、一つも残らずに消えていく。だんだん、真っ白なそれは、空色に紛れて薄れていく。

 ふわふわ、ふわふわ浮かんでいたそれは、だんだん空に紛れて、空に溶けて、空になって、見えなくなる。いつしか、雲一つない晴天となっていた。

 真っ白で、ふわふわで、でもどこか心のもやもやに似ているような―――――それが、空に浮かぶ雲。きっと、僕の気持ちを表してくれていたのだろう。
 昨日の気持ちはごちゃごちゃで、泣きたいような気持ちや悔しい気持ち、どこかホッとしている自分が混じりに混じってぐるぐる、ぐるぐると掻き回されたような、そんな気持ちだった。
 まるで心の中に台風がやってきて、心の中に"涙"という雨を降らせたり、それをまたかき混ぜる"風"を吹かせたり―――――。…嗚呼、昨日の大雨や暴風はきっと、僕の気持ちを表していたんだ。
 同じような気持ちばかりがぐるぐる、ぐるぐる。かき混ぜられて、ごちゃごちゃ、ごちゃごちゃ。頭の中はぐるぐる、ごちゃごちゃ、ぐるぐる、ごちゃごちゃ。…目眩がするくらい、くらくら、くらくら。
『…あの子が取られたからって、諦めるの?』

 誰かに、そう問いかけられたような気がした。
 ―――――本当は、…本当は、諦めたくなんてなかった。

『じゃあ、なぜ諦めたの?』

 ―――――彼女を、苦しめたくなかったんだ。

『―――――……。……この、』




「意気地なし…っ!!」




 頬に走る、強い衝撃。目の前が一瞬真っ暗になったのを覚えている。頬が麻痺したようにじんじんと痛み、脳髄までもが鈍い痛みをおびている。
 目の前にいるのは、彼女の…幼い頃からの親友。顔を真っ赤にして、泣きそうな瞳で、…目尻に涙を浮かべながらこちらを睨みつけていた。強く握られた手は震えている。

「意気地なし…! あなたは本当の馬鹿ね!! あの子があの男に取られたからって、すぐに諦めるの!?」

 今にも溢れそうな涙をこらえながら、彼女は叫ぶように、…でも力強く、そう言った。彼女のこんな表情は見たことがない。…いつもはあんなにクールで、何事にも感情を見せない彼女。
 なのに、今日は溢れ出す感情を剥き出しにして、自分の気持ちを僕に全身全霊で伝えようとするかのように、…掴みかかってきた。

「あなたはそのくらいで諦めるような人じゃないでしょう!? いつも、最後まで諦めないで頑張って…、必ず勝利を奪い取る、そういう人じゃないっ!!」

 胸ぐらを掴む手が震えている。その震えはだんだん彼女の全身に伝わっていった。

「…あなたがあの子を見てるってことは知ってた。それでも、私はあなたを好きになってしまった…」

 彼女が、小さく見えた。
 いつも意地っ張りで、冷酷で、クールで、他人に興味を示さなくて、でもいつも堂々としていて、僕にはそれが大きく見えていたのだろう。
 でも、今日の彼女は、…小さい。すすり泣くように顔を隠し、肩を震わせているその姿は、とても小さく見えた。

「………それでも、私が好きになった蒼くんなの…?」

 涙がもう抑えられなくなったようだ。ぽたり、ぽたりと彼女の涙が地面にまるい染みを作った。
 震えがさらに大きくなり、胸ぐらを掴む手の力がだんだん抜けていく。皺になってしまったワイシャツなど気にせず、うずくまる彼女の肩に手を触れた。

「…………………私を、幻滅させないで。…私はいつだってあなたを応援してる。だから、…だから…っ!」

 そのあとは、言わずともわかった。彼女はそれを絞り出すように、必死に泣くのをこらえながら自分に伝えてくれた。
 …でも、僕はその場から動くことはしない。

 ―――――ふわり

「………―――――蒼、くん…?」

 うずくまる彼女と同じくらいの目線のところまでしゃがみこみ、その小さな頭をくしゃりとなでた。
 彼女が少しだけ、本当にほんの少し、顔をあげる。膝を抱え込むようにうずくまっていた彼女の髪の隙間から垣間見えた彼女の目線が自分を捉えた。

「―――――僕は、蜜柑のところには行かないよ」

 どうして、と言う彼女の言葉を遮る。軽く微笑むと、彼女はまた顔を隠した。
 そして、彼女の手を引いた。

「…!? …蒼く…っ」
「…もう、わかってるんだ。僕には勝ち目がないってね。だから、この恋は諦めることに決めたんだ」
「どう、して…?」

 涙目の彼女の紫色の瞳を見つめた。涙のあとが残っているが、彼女はそれをゴシゴシと拭う。

「蜜柑とは随分長く一緒にいたから、そういうのはなんとなくわかる。…それよりも、今は…。………泣いている君の傍にいたいと思ったんだ」




 軽く微笑むと、蛍は俯きざまに『…泣いてないわよ、馬鹿』と呟いた。




 ―――――嗚呼、明日もきっと晴天だろうなあ。




...fin.






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璃架様、ハッピーバースディ♪
結構前に某掲示板の方にうpしてたのですが、すっかり移動するのを忘れていました、、
前半、ほとんど蒼独白じゃないかっ!! なんて思っても…突っ込まないでくれると嬉しいです(遠い目

璃架様のみ、お持ち帰り可とします 
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