小咄。/なっぱより、胡桃様へ(捧げ物)






 翔と喧嘩した。
 それはもう、珍しいくらいの大喧嘩をした。
 翌朝から蜜柑と翔は全く口を聞いていない。食事中だって、目を合わせたりなんか間違ったってしない。
 二人とも、似ていないようで似ているのだ。両方共頑固になってしまって、どうしても相手と話す気にはならない。
 どちらかが謝ればそれで済む話だが、二人ともそんな考えはとうの昔に捨てていた。

 朝、学校に登校する。登校は毎日電車通学だ。いつもは仲良く二人で喋って電車に乗るのに、今日は一人で電車に乗った。
 蜜柑は手にしたスマートフォンのロックを解除して、中を見た。メールボックスにはなんのメッセージも届いていない。

(……ああ、ウチ、寂しいのかな)

 メールボックスの受信箱には、大抵同じ名前が並ぶ。翔に棗、蛍、流架といった面々が主に名を連ねていた。
 個人的には、もう謝ってもいいんじゃないかと思っている。思っているのに、いざ本人を前にするとどうしてもつっかかってしまう。素直になれない。
 それなのに、朝の会話がないだけで、一緒に電車に乗らないだけで、どうしても心細かった。

(……遠い、なあ)

 いつもは二人で登る坂道も、通りかかると蜜柑と翔に飛びついてくる犬に会っても、どうしても心が空洞になってしまったかのようにぽっかりしている。
 心が満たされない、とでも言うのだろうか。何か、物足りないのだ。

 翔と蜜柑はクラスが違う。双子だから、という理由ではなされたのだ。顔がそっくりだから、という理由もあるらしい。
 だから、授業中だって顔を会わせない。休み時間だって、移動教室があっても会う確率なんて到底低い。
 だから、あっという間に午前中は終わってしまった。

(………)

 お昼休み、翔と色違いのお弁当箱を見つめた。それを手に持ち、屋上へ向かう。ガチャ、と扉を開けば、涼しい風が顔を撫でていった。
 友達に一緒に食べないかと誘われたが、今はそんな気分ではないから断った。蜜柑の様子を見て察してくれたのだろう、また今度ねと言ってくれた。
 屋上の壁に寄りかかって、膝の上にお弁当を広げる。お弁当を作るのは蜜柑の役割だから、翔のお弁当だってこれと同じものだ。

「……………」

 ふいに、上から手が伸びてきた。ひょいと蜜柑の弁当箱にあった卵焼きを摘み、口に放り込んでしまった。はっと顔を上げれば、目の前にあった紅と目が合う。

「……なつ、め?」
「……何こんなとこでしょぼくれてんだ、ブス」
「…………ほっといて」
「……………」

 いつもとは全く様子の違う蜜柑に、棗も何か感じるところがあったのだろう。それ以上嫌味を言うことなく蜜柑の隣に腰を下ろした。
 片手には小さいビニール袋があった。中にはパン類がいくつか入っている。基本、日向棗という人物が弁当を持ってきたことなど年に数回しか見たことがない。蜜柑はお弁当のおかずを取られることさえ、全然気にならなくなっていた。
 それに、今は気持ちが落ち込んでいて、お弁当の中身を見たって全然食欲が湧かない。取られたほうがまだましだと、されるがままになっていた。

「……何かあったのか」
「別に」
「じゃあなんでそんな泣きそうな顔してんだ」
「泣いてないもん。つか勝手に人の弁当片付けんな」
「………」

 人の話を聞いていないような素振りを見せる棗につっこむ気力さえ、今の蜜柑にはない。
 ああ、お弁当……と人ごとのように、弁当が片付けられていくのを見つめていた。



「話くらいなら聞いてやる」

 蜜柑の体に右腕が回される。そのまま蜜柑は棗の胸に体を預ける形になった。
 抵抗する間もなく、頭に手が触れる。優しく撫でられているということに気づいたときには、目の前が潤んでいた。

「翔と、喧嘩したん」
「………」
「意地張って、謝れないんや」
「……馬鹿じゃねえのか」
「……仕方ないやん」

 ぎゅう、と棗のシャツにシワが寄る。肩口に額を押し付けるようにして、蜜柑は必死に泣きそうな顔を見せまいとする。

「……今だけ、泣いておけ。……それと、蜜柑がこうなら、あいつも蜜柑と同じ気持ちなんじゃないかと思うぞ」
「そう、なん?」
「お前とあいつは双子だから似てる。考えることもな。お前が悲しいならあいつも悲しい。そうだろ?」
「………」
「意地張ってないで、謝ってこい。どうせどっちも悪いんだろうから、どっちから謝ったっていいはずだ」

 頑張れ、と。
 棗はそう、言葉に出して言ったりしないけれど。
 頭を撫でる優しい手が、その手つきが背中を押してくれる。そんな気がして、蜜柑は顔をあげた。

「………」

 行ってこい。そう聞こえた気がした。

「……ありがとう、棗」

 そう言えば、棗はふっと笑った。優しい笑顔を棗はたまに見せてくれる。そして、いい子だ、と褒めるかのように、まぶたに一つ、くちづけを落とした。


 

*


―――……

胡桃に送りつけた小説でs(
とりあえずイラストに添えた小咄なので題名は特に決めてません。

翔がお好きだということで(笑)あのイラストからどんな話にできるかなと思えばこんな話になりました。
楽しんでいただければと思います。



※お持ち帰りは胡桃様のみ可とします。無断転載などはおやめください。



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