拾 | ナノ

第拾幕


――ハジマリは終焉 








 土埃が舞った。それに汚れることなど構わず、肩を抑える。じくじくと傷口が疼くようだ。
 睨みつければ、そこには無表情の彼が立っていて―――。

「……なんで、だよ……!どうして、どうして風翔が……っ」
「風翔様……っ!お願いです、もうやめて……!!」

 手を伸ばしても、風に阻まれてしまう。届きそうで届かない、いつも触れられていた着物でさえもが遠くて、悲しいと同時に悔しい気持ちでいっぱいになる。
 隣にいた大地でさえも驚いていた。一瞬で出来上がった防御壁が今のところ4人を守っている。しかし、このままでは危険だ。

「どうして風翔が俺らを殺そうとしてるんだよ……。一体、何があったんだよ……っ!」
「……私には、つけ込まれたとしか思えません。風翔様は時々とても弱くなります。そこにつけ込んで、操っているとしか……」
「さすが、あの風翔とずっと一緒にいただけあるな。俺にもそうとしか思えねえ」
「でもさ……どうするんだよ。風翔、理性もなんにもないみてーだぞ?」
「……………」

 全員がそこで黙り込む。風翔は今、闇属性の力のせいで風を操る力が倍になっていて、今までの比の強さではない。 
 だからといって、ここで退避するのも何か間違っている。それに、このまま放っておけば自分たちだけではなく、都全体に被害は広がるだろう。
 それだけは、なんとしても避けなくてはならない。
 ふ、と風が消えた。一瞬のことで、大地も、そしてほかのみんなも反応が返せない。防御壁の上に、風翔が、居た。

「……っダメです、風翔様……!」

 その翡翠の瞳には、何も映っていなかった。絶望だけが脳裏を占める。その瞳がとても危険だということを、雪華は身をもって知っていたから。
 こんな高い防御壁をまさか風翔が越えられるなんて思っていなかった。大地が防御壁を傾ける。風翔は飛び降りるが、風に支えられて落ちることはなかった。

「……雪華、なんとかできねえか……?」
「火焔様……。炎の竜巻を作っても、風翔様は私と同じ風使いです。すぐに突破されてしまう……」
「一体誰が風翔を操ってるってんだ……!あいつはひねくれてるが、こんなことを仲間にやる奴じゃねぇ……」
「……朔刃様、ひとつだけ心当たりがございます」

 雪華がぽつりとつぶやいた。その組織は最近よく耳にする有名な―――。

「"黒ノ囃子唄"」

 チッと隣から舌打ちが聞こえて、大地の方を見れば悔しそうな表情を見せていた。しかし、すぐにあたりは真っ暗になり、顔も見えなくなる。
 ぽう、と炎がやどり、表情だけなら見えるくらいの明るさが広がった。

「大地様、何を―――」
「あいつが飛ぶなら、入れなくすればいいと思って。今だけ仮名はやめようぜ、本名呼びにしとこう」
「……そうだな、緊急時だし……」
「で、千鶴、さっき言ってた黒ノ囃子唄っていうのは……」
「はい。……この間、その組織の長らしき人物が風翔様に接触しているところを見ました。それに、あの人からは嫌な気配しかしなかったんです」

 哀しそうに千鶴が目を伏せる。ほかの人たちも、何も言い出せなかった。それがきっと原因――と、全員が同じことを思ったからだ。
 その時、平助の表情が変わる。ふいと上を見上げ、叫んだ。

「……っみんな伏せろ!」
「平助君……!? きゃ……!」
「"我を守りし千の大地よ、我を守り 我を救わん!"」

 ガラガラと崩れた土壁の天井を平助が新たに作り出した土壁で防ぐ。鋭利な刃で斬られたような跡が崩れた天井からは見えた。
 平助はさっと術を解き、全員の安全を確認する。見上げた先には風翔の姿があった。手には煌く刃が美しい、刀が握られている。

「ふう、か、さま……」
「……おいで、雪華。君だけは守ってあげる」
「風翔様……。……どうして、ですか……。どうして、風翔様……」
「来ないの?」

 ふいにふわりと体が浮いて、千鶴――もとい、雪華は目を見開いた。上昇する時の圧迫感が体を襲う。
 何かを叫ぶ暇もないまま、雪華は風翔に抱きかかえられていた。光は戻っていないのに、雪華に触れる手は優しい。
 風翔にかけられた術。雪華はそれに心当たりがあった。恐らく、本人の意思表示を不可にして操る――"死の祭囃子"。
 しかし、強い思いだけは操ることができないという。雪華だけは守ってあげる―――あれは彼の、絶対的な意志なのだろう。

「ぐあ……っ」
「……ぐ……っ」

 下から聞こえたうめき声に雪華はハッと振り返る。壁が崩れていく。どうして、と思う間もなく―――。



「"我を守りし千の風よ"」


 心が悲鳴をあげた。涙が溢れて、止まらない。

 
 止めなくては、風翔を。この悲しみは、きっと連鎖してしまう―――。


「"今こそ 審判の時である"!!!」





 ―――全てはきっと、ここから始まった。




*
(20130814:執筆、公開)  

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