雨の降る日
「あんたは雨が好きなのか?」
いきなりの問いかけに千鶴は口ごもる。
今日の天気は雨。あいにく空には厚い灰色の雲が敷き詰められていて、太陽の白い光さえこぼさじとしているようだ。
それをただじいっと見つめていただけ。ただ、それだけだ。
「いえ、好きというわけでは……」
「ではなぜそんな嬉しそうにしているのだ?」
「嬉しそう?」
嬉しそう、とは。
雨といえば、洗濯物が干せないし、廊下だって拭いてもすぐに水浸しになるし、布団や衣類が湿気るだけ。
千鶴にとってはあまり嬉しくもない天気である雨。それなのに、嬉しそう、というのは。
「……わからないなら、いい」
「すいません……」
「別に謝ることではない。気にするな」
「はい」
先日、一日だけ晴れの日があった。これは運がいいと千鶴はその日のうちに溜まっていた洗濯物を干していた。
そして、今現在取り込んだ洗濯物をたたんでいる最中。雨の日が続いて溜まりに溜まっていたため、畳む量もそれは多い。
ちょうど手の空いた斎藤が手伝い始めたのもつい先ほどで、まだまだたたむ衣類はたくさん残っている。
「それにしても、これほどの量とはな」
「永倉さんと平助君が少し溜めがちなんです。しかもこの雨だから、いつも以上に溜めてしまっていて」
だから、洗う量も多かった。
千鶴が苦笑すれば、全くあいつらは、と呆れたようなため息をついて、斎藤は手元をみやった。
「俺からも言っておかねばならないな。あまり溜め込まれすぎても後で困るのは千鶴だ」
「いえ、そんな……」
「お前は遠慮をしすぎだ」
まるで、妹を諭すかのように。
そんな、優しい笑みを浮かべて、斎藤は手を伸ばす。
ぽふり、と頭の上に暖かな感触。ぽふぽふと何度か頭を撫でられ、千鶴は目をまたたいた。
「雨というのは俺もあまり好きではないが……」
ふ、と斎藤の目が細められる。
「あんたとこうして一緒にいられるのなら、雨であっても悪くない」
その一言で、千鶴の頬に朱が走る。手元にあった洗濯物を、思わず力いっぱい握りしめてしまった。慌てて皺を伸ばしつつ、千鶴がうつむく。
ああそうか、と千鶴は納得した。先ほど、斎藤に尋ねられた質問。
『あんたは雨が好きなのか?』
確かに好きというわけではない。でも――……
(私、も)
――斎藤さんといられるのなら、雨が降っていてもいいな、なんて。
思ったなんて、絶対言わない。
(だって、それは)
私にとっては扱いづらい、斎藤さんにとっては迷惑な感情を、自覚することになってしまうから。
(でも)
「こういう雨の日も、たまになら悪くないですよね」
「ああ」
そう言って、千鶴はまた洗濯物をたたみ始めたのだった。
*(20130801:執筆、公開)