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────千鶴ちゃんの、真っ赤な顔なんて初めて見た。
普段見せる、顔色変えるという場合は、大体青ざめたものしか見ないから。それは勿論、僕が物騒なことを言ったり、意地悪を言ったときだ。
けれど、通りの先にいる今の千鶴ちゃんは頬を、というか耳まで真っ赤に染めている。
ああいしている顔を見ると、千鶴ちゃんは女子なんだな、と妙に生々しく思ってしまう。男装をしているくらいが丁度良いのかもしれない。
一緒にいるのは誰なのか。
藍色と紺色を混ぜたような着物を纏った、少年と青年の中間位の男。
横顔だけのせいか、表情までは窺えない。
でも、千鶴ちゃんの表情ははっきりとわかる。
「千鶴ちゃん」
僕が呼び掛けると、千鶴ちゃんは真っ赤な顔のまま、此方を振り向いた。そして、やけに慌てたような顔をする。
──見られたら不味いものだったのだろうか。
「あの、では、私はこれで」
千鶴ちゃんは男に向かって丁寧に頭を下げた。
男は表情が窺えないのではなく、まるで張り付いたような笑顔をしているだけだった。──そして、彼からは、血の臭いがした。
胸騒ぎにも似た何かが迫る。
「あの子、誰?」
「以前、骨董品屋でお会いした人です」
千鶴ちゃんは答えながらも、此方を見ようとはしない。というか、目を合わせない。
骨董品屋で有った男ということは、恐らく、僕らの敵。今直ぐ斬りに行ってもいいが、敢えて問題を起こすことはない。
それに、千鶴ちゃんは彼の正体に気付いてはいないのだろう。
敢えて、告げる必要もない。
この娘は別に、僕達新選組の一員でもなんでもないのだから。
胸に去来し、巣食う、妙な感覚。
病のせいだと、言い切れてしまえば簡単なのに。
僕は、ふう、と息を吐いた。
「楽しそうだったね」
「え?」
もしかしたら、だが、彼と一緒に居たほうが、綱道さんが見付かる確率は高いかもしれない。
あくまで、もしかしたら、だが。
「彼と何を話してたの? 随分と頬を赤らめてたけど」
僕が意地悪に言うと、千鶴ちゃんは話の内容を思い出したのか、再び頬を赤らめた。そして、それを隠すように、両手で柔らかそうな頬を覆う。
まあ、年頃なのだから、男の詞ひとつに頬を赤らめても何ら不思議はない。
けれど、それを不愉快に感じてしまうのだ。
「えと、あの、それは」
千鶴ちゃんは言いにくそうに視線を泳がせる。
「まあ、別にいいけどね。君が僕達のことを外に漏らしてないなら」
口ごもる彼女を見れば見る程、苛立ちが募り、彼女がそんなことをするはずないとわかっているのに、そんなことを言ってしまう。
「…………っ。そんなこと、してません。あの、お似合いだけど……恋仲……なのか、と」
千鶴ちゃんは言ってから、ぱ、と視線を地面に落とした。
「…………誰と、誰が?」
妙な間が空いてしまった。
「私と…………沖田さん、が」
怯えているのか、千鶴ちゃんは視線を此方に向けずに答えた。
というか、彼は千鶴ちゃんが女子だとわかったのか。まあ、わからないという方が不思議な話だ。
幾ら男装をしていても、彼女は女子にしか見えない。
「へぇ…………」
「あ、あの、きちんと否定しておきました。ち、違いますって」
それであの、慌てた様子だったのか。けれどそれでは、頬を赤らめていた説明はつかない。
でも、それは敢えて考えないことにしておいた。
でないと、折角の彼女の男装が、効力を無くしてしまうから。
「僕と恋仲と言われるなんて御免ですって?」
「いえっ、私には…………有り得ない方です、と……」
その詞の真意を探るのをやめておくことにした。