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────刹那、一瞬。
感じなくていいものを感じてしまったと思った。
僕は縁側に座り、少し苦しく思える肺を休めていた。
陽に当たったからといって、肺の苦しさが癒えるわけではない。寧ろ、本来なら横になっていたほうがいいのかもしれない。
羅刹となった身体だというのに、最近は陽の強さにも苦痛を感じることは少なくなってきた。多分、この地の水が身体に合っているのだろう。
「総司さん」
千鶴の声が耳に届く。
洗濯物を干し終えたらしい千鶴は額にうっすらと汗をかきながら近寄ってきた。
昔、まだ皆で過ごしていたときも、千鶴はこんなふうに甲斐甲斐しく屯所内の仕事をこなしていた。
あの頃はきっと、何かをしていないと落ち着かなかったのだと思う。
行方不明の父親は見付からないし、何もせずに新選組の屯所に身を置くのも気が引けるというか、何かの役に立ちたかったのだと思う。
それが、自分の生き甲斐のように感じていたのかもしれない。
その気持ちは、よくわかる。
誰かの為に何かをすることで、自分の存在意義を保つのだ。
家事と人斬りでは大分違うが、想う気持ちは一緒なのだ。
「ねぇ、千鶴」
僕が呼び掛けると、千鶴は、何ですか、と言って僕の隣に腰を下ろした。
「まだ戦いは続いているんだよね」
病のせいで早々に戦線離脱をした僕だが、その動向は気に留めてはいる。だって、嘗ての仲間がまだ戦っているのだから。
今は蝦夷だったか。
殆ど風の便りのようなそれでも、この耳には届いた。
誰を喪っても、ひたすら戦い続ける人がいることも。
「そうですね」
千鶴は遥か彼方に目を向けた。
その脳裏には懐かしい人達の笑顔があるのだろう。
まだ、幾ばくの刻も経っていないというのに、それはとうの昔のような出来事に思えて。
一瞬だけ感じた、あの嫌な気配は、紛れもなく、あの人の死を教えてくれたのだろう。
もし、この身体が動いたのなら、近藤さんが護った土方さんを、この手で、この身体を犠牲にしてでも護りたかった。
それすら叶わなかった僕に、一体、何の価値があるというのか。
それを千鶴が教えてくれるわけではない。
只、寄り添ってくれる存在。
しかし、その存在に救われているのも確かだ。
いつか、この生を終えるときに、彼に会うことがあったなら伝えたいと思うことがある。
「…………────嫌いじゃなかったですよ」
僕の呟きは、強い風に紛れていった。
それならば、遠く空の彼方に届いてくれればいいと思う。