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────見極めることが重要。
そうは言われても、と私はううん、と唸りながら眼前のものを凝視した。
本物か偽物か。
単なる沖田さんの思い付きの遊びだ。
「あそこに、怪しげな骨董品屋があるから、置いてあるものが本物か偽物か見てきて」
巡察中に、沖田さんが笑顔で言ってきたのだ。
ここ最近は不逞浪士は成りを潜めているのか、市中は穏やかな日が続いている。なので巡察といっても、市中を練り歩く以外、とくにすることがないのだ。
御用改めとといっても、長州や土佐の人達が出入りしていると噂も店もない。
なのでこれは、沖田さんの暇潰しなのだ。
「見極めることが重要だからね」
私を骨董品屋の中に置いていくときに沖田さんが残していった詞。とはいえ、私に物の価値などわかるはずもなく。
巡察が終わる頃に迎えに来るよ、と沖田さんは呆気なく私を置いていってしまった。
骨董品屋の主人も、新選組の組長である沖田総司が私を置いていってしまった為、早く帰れとも言えないらしく、只、黙っている。
幸い、客足は少なく、私が他の客の邪魔になるようなことはない。
けれど、何を買うでもなく此処にいるのは少々気まずい。
それに何より、こうして居座っている上に、品物が本物か偽物かを見極めるなど、本当に商売の邪魔でしかないだろう。
確かに売っている品物が偽物であるならば許し難いことではあるが、それは新選組の仕事ではないし、それにそんな重大なことを私が判断していいわけもない。
なので、やはり只の暇潰し。
私は、はぁ、と溜め息を吐いて、一つの簪を手にした。
その瞬間、す、と隣に一人の男が立った。
「買わない方がいいよ」
私は、え、と声を漏らし、その人を見た。
忍び装束にも似たものを纏ったその人は、私より少し年上くらいに見えた。
細い目をしていて、まるで笑顔を張り付けたような表情だ。
「ここ、本当はないって。その値段、ぼったくりだよ」
淡々と、店主に聞こえないくらいの小声で教えられる。
「ほ、本当ですか」
「うん。だって、武市先生が言ってた。ここでだけは買っちゃ駄目だって。でも、本当か偽物かは、さして重要じゃないんだって。重要なのは、本質。本質…………違う、何だっけ。でも、偽物が駄目ってことじゃなくて、要は…………。ごめん、難しい」
男の子、とも呼べるその人はそれだけ言うと、さっさと店を出ていってしまった。彼が動いたその瞬間、覚えのある臭いが鼻腔へと届いた。
────血、だ。
そう、彼からは、沖田さん達からよく香る、血の臭いがしたのだ。
京でそれは、格段珍しいことではない。けれど、あんな男の子から臭うなんて、と眉をしかめたくなった。
「千鶴ちゃーん。どう?」
男の子と入れ違いに、沖田さんが店に入ってきた。
「え、あの、はい。…………偽物、らしいです」
「らしい?」
私の小声に、沖田さんは首を傾げた。
そこで私は先程の男の子の詞を伝えた。
「ふぅん、成る程ね。嫌味かな」
沖田さんはそれだけ言うと、機嫌を損ねたように、店主を捕まえて、ここの店のことを役人に伝えておくから、とだけ言った。
「お、沖田さん。どういうことですか?」
私は店を出る沖田さんの背中を追い掛けた。
「どうもこうも、そういうことだよ。何だ、知られてるんだ」
私は沖田さんが何を言いたいのかさっぱりわからず、只、その背中を見た。
「千鶴ちゃん。真価っていうのはね、本物かどうかなんてことじゃないんだ。そこに潜むものなんだよ。本物でも偽物でも、価値があるのかどうか。百姓上がりだからって、偽物の武士だってことじゃないんだ」
近藤さんのことを言っているのだと、直ぐにわかった。
けれど、あの男の子の詞とは繋がらない。
「けどね、偽物には勿論、粗悪品もあるんだよ。偽物だという以上に、価値のないものもある」
…………────多分、羅刹のことだ。
私は何も言えなくなり、沖田さんの後ろについて、屯所へと戻った。
あの男の子は一体、誰だったのだろうという疑問を持ったまま。
珍しく、心情を吐き出す沖田さんは、私の知らない沖田さんだった。