14.07.25 足首(千鶴×土方)
────土方さんの様子がおかしい。
そう気付いたのは、朝の食事の片付けをしているときだった。そもそも、食事の前に誰よりも早く広間にいる時点でいつもと違ったのだ。
只それは、格段珍しいということでもないので、そのときは気にも留めなかった。
けれど、こうして食事を終え、私と原田さんで膳を片付けていても、土方さんはゆっくりとお茶を飲んでいる。
いつもなら、溜まった仕事を片付ける為に、誰よりも先に広間を去るというのに。
原田さんにそれを告げてみると、原田さんはそういやそうだな、と私の手から膳を取りながら答えた。
誰かとこうして片付けをしていても、重いものを持たされることはない。いつもこうして、例え軽い膳でも持ってくれるのだ。
私が運ぶのは、本当に軽いものだけ。
皆さんの心遣いを嬉しくも、申し訳ない気持ちにもなる。
新選組の屯所に、女など不要、というか、いても役に立たないのだろうな、と思ってしまう瞬間だ。
勿論、皆さんはそんなつもりでなく、只の厚意だというのは理解している。でも、そう思えてしまうときがあるのだ。
「具合でも悪いのでしょうか」
私が言うと、原田さんは、かもな、と小さく答えた後に付け加えた。
「だとしても、土方さんがそれを自分から言うことはないしな。千鶴、頼んだぞ」
何をどう頼まれたのかわからないまま、幾つかの茶碗を原田さんと共に炊事場へと運んだ。
頼んだぞ、と言われても。私は考えあぐね、広間の前で立ち止まってしまった。
「千鶴ちゃん、何してるの?」
そんな私の様子を見た沖田さんが、不思議そうに訊いてきたので、私は先程の原田さんとの会話を沖田さんへと伝えた。
すると、沖田さんは、ふうん、と小さな声を出してから、うん、と頷いた。沖田さんの様子を、今度は私が不思議そうに見た。
「うん、千鶴ちゃん、土方さんのこと宜しくね」
沖田さんはそう言うと、笑顔で私の肩を軽く叩き、去っていった。一体、何だというのだ。
そして、頼まれたり、宜しくされたりしても、私には何をしたらいいのか、さっぱりわからない。
──具合、悪いんですか。
そんなことを訊けるわけもないし。
──どうかされましたか。
そう訊いたところで、土方さんが素直に訳を話してくれるとも思えない。
私は唸り声をあげそうな勢いで悩んだ。
「何してるんだ」
すると、突然、頭上から声が降り掛かり、私は慌てて顔を上げた。
「え、と、あの、その、何処か具合……じゃなくて、何かありましたか?」
口から出てきた精一杯の言葉はそれだった。
恐らく、原田さんも沖田さんも、正面から訊け、なんてことを言っていなかったのはわかる。然り気無く、気遣え、ということだったはず。
けれど私にそんな術は思い付くはずもなく、言えたのはそれだけだった。
「……何の話だ?」
土方さんは眉根を寄せて言った。
失敗だったのか、そもそも様子がおかしいと思ったのが勘違いだったのかもわからない。けれど、それだけ言って去ろうとする土方さんの異変に直ぐに気付いた。
「土方さん、足……」
私が言うと、土方さんは袴の裾を少しだけ上げ、足首を見せてきた。そこはうっすらと青紫色に変色している。
「どうされたんですかっ?」
土方さんは何となくだけ、足を引き摺っていたのだ。それは注意して見なければわからないほど僅かにだけ。
「……昨日、少し傷めたんだ」
「直ぐに手当てします」
土方さんがこんなことを黙っているのは珍しい。別に、怪我をしたと吹聴して回るような人でもないが、必要な手当てはきちんと受ける人だ。
なのに放っておくというのは非常に珍しいことだと思いながら、私は手当ての準備をし、その足首に触れた。
きちんと鍛練を積んだ足首は、私のそれとは全く違う。
私は少しばかり緊張しながら、手当てを施した。
「悪いな。これで歩き易くなった」
確りと足首を固定すると、土方さんは微笑みながら言ってくれた。その顔にまた、緊張に似たものが込み上げてくる。
「それにしても、よくわかったな」
そう言われると、自分でも不思議に思う。土方さんは成るべく皆にわからないようにしていたはず。
原田さんや沖田さんは気付いていたようだが、それは長い付き合いがあるからだろう。なら、何故私は──。
「いつも、土方さんことを見ているからでしょうか」
私が思ったままを口にすると、土方さんは何故か唖然としたような、呆然としたような、それでいて驚いたような表情を作った────。
「土方さんの怪我、僕の悪戯のせいなんだよね」
沖田さんが突然広間に顔を出した。
「でも、千鶴ちゃんにそんなこと言ってもらえたんだから、許してくれますよね?」
沖田さんの言葉に土方さんが怒ったのは言うまでもない。