14.07.19 ケーキ(結衣←尊)
────「ケーキを作ろうよ、ケーキだよ」
アポロンの馬鹿が突然大きな声で叫んだ。
「は?」
「タケタケもだよ。タケタケも一緒に作るんだからね」
俺が不満そうな声を上げると、アポロンは眉を下げて俺の前へと移動してきた。大きな声が耳障りに感じるのは、別にアポロンが嫌いだからというわけではない。
「何でだよ」
「だって、妖精さんにあげるんだから、皆で作った方がいいでしょう?」
何故、そうなるのか。
これはアポロンが勝手にこの間のお礼を雑草にしたい、と言い出した話ではなかったか。過去の女の亡霊に縛られて、その命まで落としそうになっていたのを助けたのは、紛れもなく雑草で。
ならば、アポロン一人でケーキを作ればよいのではないか。
俺がそれを口にすると、アポロンは首を横に振った。
「それはそうなんだけどね、妖精さんは、僕ら皆で作った方が喜ぶと思うんだよ」
一人で作って、一人で渡せば、その方が好感を得られるとちうものではないか。だというのに、こいつは折角の機会を皆に均等に振ろうとしている。勿論、善意で。
自分がどうとかいうより、あいつに喜んでもらえる方を選ぶというのは、太陽の神であるこいつらしいのか。それとも、すっかり生徒会長というものが板に付いているのか。
……いや、きっとどちらも違う。
純粋に、あいつが更に喜ぶ方を自然と選択しているだけなのだろう。
「手伝います。アポロン・アガナ・べレア」
「私も手伝うよ」
「まあ、オレも少しならいいよ」
「俺も手伝おう」
「結衣さんには常日頃、お世話になってるしね」
「ロキの監視をしつつ、手伝う」
各々が口を開き、ここで俺だけやらない、というわけにもいかず、わかったよ、と声を出した。
何より、あいつがそれで喜ぶなら、と思った。
「よーし、じゃあ、早速作るよ。作るんだよ」
皆が賛成してくれたことに嬉しくなったのか、アポロンは笑顔で大きな声を出した。
────それから四苦八苦。ケーキ作りの経験なんてない俺らが、一つのケーキをまともに完成させるのは思いの外大変だった。
粉をひっくり返したり、オーブンの温度を間違えたり、湯煎の意味がわからなかったり。ほぼ一日懸けて、何とか見れるケーキが完成した。
生徒会室にケーキと紅茶をセットして、雑草を呼ぶと、雑草はその光景に微かに目を潤ませた。
入学当初、あんなにばらばらだった俺らが、一丸となって何かを出来るようになったのが嬉しいのか、それとも、自分の為にこうして何かをしてくれるのが嬉しいのか。
それは俺には判断出来ないが、兎も角雑草は嬉しそうにしている。
アポロンに背を押されてソファに腰を下ろし、バルドルが切り分けたケーキを受け取り、あにぃが淹れた紅茶を飲む。
こういうとき、自分から何かを出来ないことは正直ちょっともどかしく思う。けれど、誰かが何かをすることで喜んでいるなら、とも思う。
────多分これが、人間らしい感情なのかもしれない。
それを教えてくれたのは、紛れもなく、此所で笑う、こいつなのだ────。
「ところで、何で急にケーキなんですか?」
「皆、いつも妖精さんにお世話になってるからだよ」
さらりと、自分の好感度上げを捨てる奴には敵わない、と少しだけ思った。