14.06.19 電車のホーム(春歌×嶺二)
────うわぁ、と歓喜の声を上げてしまいそうになった。
そこには巨大な映画のポスターがあり、若い女の子達が立ち止まって写メを撮っている。中にはスマホやケータイではなく、デジカメで撮影している子もいた。
電車のホームから見えるところに、寿先輩が主演を務める映画のポスターが貼ってあるのだ。
この夏一番の話題作らしく、全面に寿先輩の顔が大きく写っている。
こうして見ると寿先輩は本当に美青年で、とても整った顔をしていて、いつも近くにいる人とはまるで別人のように見えた。
いつも近くにいる寿先輩がカッコ悪いというわけではなくて、そこにいる寿先輩は紛れもなくアイドルなのだという輝きを放っている。
私も思わず、スマホを向けて、そのポスターを撮影してみた。
すると、画面の中いる寿先輩は更に別人のようで、とてつもなく遠い人のように思えてきてしまった。
いつも隣にいて、笑い掛けてくれる人は、本当はこんなにも遠い人なのかもしれない。
私はそのことに少し寂しさを感じ、スマホの画面を暗くした。
寿先輩がアイドルだということなんて、初めからわかっていたこと。むしろ、アイドルより前の先輩を、私は知らない。
アイドルとしての先輩。
「もう一回撮るから、ちょっと待って」
女子高生の声が耳に届いた。
それに、贅沢なのかな、と小さく呟く。
「何が贅沢なの?」
不意に背後から降りかかる声に、私は思わず声を上げそうになった。
「ことぶ……」
しかし、それは大きな手で口を塞がれるという形で制された。
振り返った先にいた寿先輩は、右手で私の唇を塞ぎ、残った左手で、しぃ、と人差し指を自身の口に当てた。
その仕草はまるでCMかグラビアのようで、見惚れてしまう。
「で、何が贅沢なの、春歌ちゃん」
寿先輩は私の唇から手を離し、小さな声で尋ねてきた。けれど、何を考えていたかなんて言えるわけもなく、私は嘘を吐いた。
「あ、あのポスター、とても素敵なんで、欲しいな、なんて考えてました」
すると寿先輩は自身の写るポスターを見上げた。
こんなふうに電車のホームに寿先輩と並んでいるのは物凄く不思議な感じがする。仕事の関係でたまたま電車を使うことにでもなったのだろう。
帽子を目深に被り、縁の太い眼鏡を掛け、自分が寿嶺二だと気付かれないようにしている。
「ああ、あれね。かっこよく撮れてるでしょ?」
寿先輩は嬉しそうに言ってきた。私はそれに、とても、と返す。
「でもね、春歌ちゃん」
寿先輩は言いながら、私の手をそっと握ってくれた。
「あそこに写ってるのはアイドルの寿嶺二で、誰でも見れる表情。けど、こうして君の隣にいるのは、一人の男としての寿嶺二。君しか見れない表情なんだよ」
私の気持ちを察知していたかのように、寿先輩が囁いた。周りに大勢の人がいるので、私にだけ聞こえるような声で。
そんな言葉が嬉しくて、寿先輩の方をちらりと見やると、そこには穏やかな微笑みを浮かべる寿先輩がいた────。
「でもあのポスターさ、アイアイが老けて写ってるって言うんだよねぇ」
「そんなことないです。とてもかっこいいです」
私はそう答えてから、もう一度、ポスターを撮った。