14.06.14 おとぎ話(千鶴、沖田、原田)
────「やっぱり鬼は悪者なんだって」
沖田さんが珍しく本を広げながら言った。
「お、どうしたんだ、総司。本なんて珍いな」
私の部屋で寝転がって本を読む沖田さんを、通り掛かった原田さんが見付けて声を掛けた。襖を開けているのは、今日は天気が良いので部屋の風通しをしようと思ったからだ。
「八木さんとこの子に貰ったんだよ」
屯所を構える前川邸の隣には八木邸があり、八木さんの家の方々は新選組の世話をしてくれている。そして、そこには小さな息子さんが二人いて、沖田さんはその子達とよく遊んであげていたのだ。
以前の屯所を離れる際にでも沢山貰ったのだろう。
「で、何を読んでるんだ」
「ん? なんか、昔の話」
「曖昧だな、おい」
原田さんは言いながら沖田さんの隣に腰を下ろした。どうやら巡察から帰ってきたばかりのようで、額には汗をかいている。
「桃太郎とか、鬼の話だよ。その昔、京に訪れた鬼を、偉い人の家臣が倒した話とか」
「ああ、それなら知ってるよ。なんでも、刀に鬼を斬ったことから、鬼斬丸って名前までついたんだろ?」
私は初めて聞くおとぎ話に耳を傾けた。
どの話も、鬼は悪者なのだ。
私は自身の腕を見た。ここにも、そんな鬼の血が流れているのだ。
「じゃあさ、その刀があったら、風間って鬼も簡単に斬れるのかな」
沖田さんは本を閉じながら言った。
それはあくまでもおとぎ話、と思えないのは「鬼」という存在を知っているからだろう。
本の挿し絵に描かれている鬼は辛うじて人形に近いというだけで、それは紛れもなく異形の姿をしている。けれど本当の鬼が人間と変わらない姿をしていることも知っていた。
どうして、鬼は存在しているのだろう。
「鬼を斬れる刀といえばさ、かの酒呑童子を斬った刀ってのもあるよな」
原田さんが沖田さんが閉じた本をぺらぺらと捲りながら言った。
多分、この人達はつい最近まで、鬼という存在など、おとぎ話の中のものだけだと思っていただろう。あの、風間さんやお千ちゃん、そして私が現れるまでは。
私だって、そうだった。
けれど、今は、その存在を確りと刻み込んでいるに違いない。
「ま、でもさ、こんなのは言い伝えだ」
不意に、原田さんの明るい声が耳に届いた。
「まあね。別に風間だって人間に悪さしてる、て訳じゃないしね」
続いて沖田さんの声がした。
私はそれに、いつの間にか俯いていた顔を上げた。
「かのおとぎ話ではさ、鈴鹿御前の美貌に惚れた坂上田村麻呂が妻にめとったって話もあるしさ。女鬼ってのは美人なんだな」
原田さんがそう言い、私の頬に軽く触れた。
「……確かに、お千ちゃんも君菊さんも綺麗ですよね」
私は触れられた部分が熱くなり、なんと答えたらいいかわからなくなってしまった。
「千鶴もだよ。な、総司」
「まあ、ね」
私は何故か焦り、ありがとうございます、とだけ呟いた。
原田さんは落ち込んだ私に気付き、話を変えてくれたのだろう────。
「じゃあさ、その刀のどちらかを手に入れたら、土方さんのこと斬れるかな」
「何でだ?」
「ん? 「鬼」の副長だから」
沖田さんは言いながら笑い、また本を開いた。