14.06.13 眼鏡(千鶴×沖田)







────「見て見て、千鶴ちゃん」

沖田さんがにこにことしながら近付いてきた。それはもう、不安以外何物でもない。

「……どうか、されましたか?」

上機嫌な沖田さんというのは、何故か不安心を煽る。それが物凄く失礼なことだというのは重々承知してはいるのだが、沸き上がるものを抑えるというのは無理なことだ。

「似合う?」

沖田さんはそう言うと、袂からあるものを取り出して、顔へと付けた。

──眼鏡。

そして、その眼鏡には凄く見覚えがある。

「あの……沖田さん、それ」
「ねぇ、似合う?」

似合うか似合わないか、で言えば似合うとは、思う。けれど、沖田さんに眼鏡、というのは合わない気もする。

それは別に沖田さんに知性や教養がないというわけではなくて、くるくると動き回る剣の振り方をする沖田さんには邪魔なのでは、ということだ。

……そんなことよりも。

「沖田さん、その眼鏡は……」
「うん、山南さんのだよ」

沖田さんは眼鏡を掛けたまま、何喰わぬ顔で言ってのけた。

「直ぐに返しましょうっ」

私はやはり、と得心すると同時に慌てた。今朝の山南さんの様子はよく覚えている。

珍しく朝から山南さんにばったりと会ったのだが、その機嫌は頗る悪いようで、挨拶をしても、ちらりも目線を合わせ、小さな声で、ええ、と返してくれただけだったのだ。

朝陽が辛い、というのも勿論あるのだろうが、それだけではないように見えたのだ。

「平気だよ。山南さん、具合悪いのかすっかり寝込んでるし」
「なら、その隙に返しましょう」

私は沖田さんから眼鏡を奪うように手を伸ばしたが、当然届くはずもなく、更にひらりとかわされてしまった。

「沖田さんっ」

沖田さんは山南さんの眼鏡を掛けたまま、とても楽しそうにしている。本当に、こんな恐ろしいことは早々に片付けてしまいし、出来れば巻き込まれたくはない。

なので、沖田さんはわざと、私の近くに来たのだろう。

「沖田さん、お願いですか……ら……っ?」

沖田さんにもう一度手を伸ばした瞬間、態勢を崩してしまい、思い切り沖田さんへと体当たりする形になってしまった。その突然の勢いで沖田さんも後ろへと倒れ込み、私はその上に覆い被さる形になってしまった。

「千鶴ちゃん、大丈夫?」

沖田さんを下敷きにしたお陰が痛みは全くなかったが、寧ろ、痛みがあったほうがよかったとさえ思える。

私は恐る恐る沖田さんの顔へと視線を向けた。

飛び退くよりも、先に。

すると沖田さんは意外にも不愉快そうな表情はしておらず、寧ろ、心配げな表情を向けてくれていた。

「大丈夫ですっ。すみませんっ」

私はそれに安堵すると同時に慌てて沖田さんの身体から離れた。それから、あることに気付いた。

「……あの、沖田さん、眼鏡は?」

沖田さんの顔には、先程まで掛けられていた眼鏡がない。

「え? ……ああ、ここみたい」

沖田さんは言ってから、自分の身体の下を顎で示した。沖田さんはよいしょ、と言いながら起き上がり、そこにあるのものを摘まんだ。

「あーあ、壊れちゃったみたい」

沖田さんが摘まんだ眼鏡は見事に割れていた。

「え、あの、怪我とかしてませんか? あ、えっと、山南さんに何とお詫びしたらいいか……っ」

次々と言葉が出てくる程に焦った。まさか、山南さんの眼鏡を壊すなんて。

勝手に持ち出したのは沖田さんではあるが、壊れた原因を作ったのは私だ。

「取り敢えず、指、見せて下さい」

山南さんには深く詫びるとして、今は沖田さんが割れた眼鏡で怪我をしていないかが先だ。

「く…………あはははは」

だというのに、沖田さんは何故か大笑いを始めた。

「え……沖田さん?」

私は沖田さんが何故笑い出したのかわからず、呆気に取られた。

「いや、だって、君、そんなことよりも、山南さんを誤魔化す術を考えるのが先じゃないかなって」

沖田さんは一頻り笑った後に、まだ込み上げる笑いを堪えながら言った。

「壊れてしまったものは仕方無いです。誤魔化しようもないので、誠心誠意謝って、弁償させてもらうしかないと思います。だから、それよりも先に、沖田さんが怪我をしていないか確かめたいんです」

私は廊下に正座をし、真っ直ぐに沖田さんの目を見て告げた。

「…………へぇ。やっぱり君って、変わってるよね」

沖田さんは、すぅ、と目を細めてぼそりと言った。

「私が変わっているかなんて、どうでもいいんです。手を見せて下さい」

私がずい、と掌を出したところで、すぱん、と障子が勢いよく開く音がした。

「幾ら昼最中とはいえ、少々五月蝿いですよ。寝ている人もいるということを考えられないのですか」

低い声で姿を現したのは山南さんだった。どうやら、私達は山南さんの部屋の前で騒ぎを起こしていたようだ。

──あれ。

私は静かに怒る山南さんの顔に違和感を覚えた。

「山南さん、眼鏡は……」
「眼鏡がどうかしましたか?」

それもそのはず、山南さんはいつもの眼鏡を掛けていたのだ。

「あ、いえ、なんでもないです」
「でしたら、早く片付けて此所から去って下さいね」

機嫌が悪いらしい山南さんはぴしゃりと言い放つと、障子を静かに閉めた。

「ごめんね。これ、昨日の巡察の途中に買ったんだ。山南さんの眼鏡とよく似てるでしょ?」

……ということは、全て騙されていたということ。

安堵と落胆が一気に訪れ、とてつもない疲労感に襲われたのは言うまでもない────。



「ところで沖田さん、怪我はしてませんか?」
「……怒らずにそこを気にするとか、やっぱり変わってるよね」

沖田さんがぼそぼそと何かを言ったが、背の低い私の耳には届かなかった。











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