14.05.17 スーツ(うたプリAll)
────まるで、別人みたいだ。
春歌は目の前で居心地の悪そうにしている者達を見て思った。
バラエティー番組の収録で皆がスーツを着ることになった。その衣装合わせに参加させてもらったのだが、皆、いつもと全く違って見えた。
「どう、レディ。こういうシックなのも似合うでしょ?」
レンが春歌に向けてウィンクをしながら訊いてきたので、春歌は、はい、と思わず返事をした。
グレーの光沢のあるスーツは、レンの均整のとれた身体によく似合っている。
「なんっか、落ち着かねぇな」
細身の薄いブルーのスーツは翔のイメージではない、と最初は思ったのだが、いざを袖を通してみると、大人っぽい雰囲気が出て良い。
「大人っぽく見えます」
春歌が言うと、翔はそうか、と言って少し照れたような顔を見せた。
「ハルちゃん、僕はどうですか?」
次に那月が両手を広げてくるりと回った。漆黒のスーツはいつもの那月のふんわりとした印象を消していて、落ち着きがあるように見える。
「とても素敵です」
春歌の答えに、那月はふふ、と笑い、もう一度くるりと回った。
「でも、何か窮屈だよねぇ」
今度は音也がスーツの裾を摘まみながら言う。赤のスーツ。音也のイメージによく似合っていて、見ているだけで元気になれそうだ。
「司会のお仕事とか、似合いそうですね」
春歌はまじまじと音也の姿を見ながら言う。それに音也は嬉しそうに、そうかなぁ、と頭を掻いた。
「これより、先程の方が良かったか」
藍色のスーツを身に纏った真斗がもう一着の紺色のスーツを手にしながら悩んでいる。
「いえ、此方の方が、聖川さんの髪や瞳の色と合っていると思います」
春歌の言葉に聖川は、お前が言うならそうなのだろう、と手にしていたスーツを戻した。
「マイプリンセス。ワタシはどうですか?」
セシルが春歌の手を取り、一歩前へと踏み出した。淡いグレーのスーツはセシルの褐色の肌がよく栄える。
「王子様みたいです」
春歌が笑顔で言うと、セシルはそれは光栄です、と言って、春歌の掌にそっと口づけた。
「全く。衣装くらい、自分の判断で選べないのですか?」
最後に、ベージュのスーツを着たトキヤが呆れたように言う。
「……一ノ瀬さん、とてもかっこいいです」
それは、自然に漏れた言葉だった。
普段からすらりとしているが、このスーツを着ていると、更にそう見える。厳しい雰囲気を漂わせながらも、色合いが淡いので優しい印象も見受ける。
兎に角、いつもと全く違っていた。勿論、普段からトキヤには洗練されたような美しさがあるのだが、今日はそれとはまた違う。
着るもの一つで、ここまで変わるものなのだろうか。
流石アイドル、といったところか。
「え?」
春歌の不意な発言に、トキヤは驚いたような顔をした。
「あの、いつもと雰囲気も印象も違って、凄く素敵です」
春歌は何故か賛辞の言葉を力強く述べた。するとトキヤは小さく目を逸らし、ありがとうございます、とだけ返してくれた────。
「トキヤだけずるいっ」
「俺らも普段と違うと思うんだけどな」
「ま、しょうがないんじゃね?」
それぞれが口々に言っていたが、トキヤのスーツ姿に見惚れる春歌の耳には届かなかった。