14.05.12 沈黙(千鶴×斎藤)
────静かな時間がただ、流れる。
そこに身を委ねるのは嫌いではなく、寧ろ好きだ。言葉数の少ない人だというのは、端から知っていた。
短い言葉を精一杯紡ぎ、大切な想いを伝えてくれる人。
私はだからこそ、彼が何かを考えているのであろう、この時間がとても好きなのだが、彼はそうではないらしく、沈黙の中で、瞬きをしたり、何度も口を開こうとしている。
私はそんな一さんを見て、笑みを溢した。
何かを考えながらも饒舌に喋れるような人であれば、好きにはならなかったかもしれない。
ひたすら真摯に、前向きに一つのことにしか目を向けられない人。心を向けられない人。
そんな一さんだからこそ、好きになったのだ。
とはいえ、彼がそんな表情をしているのは、この沈黙で私が退屈していないだろうか不安なのだろう。
そんなところも愛しく思う。
けれど、彼の考え事の邪魔をしてはいけないと思い、私から口を開くことはしなかった。
外では新緑の季節が始まり、この極寒の地にも漸く春が訪れた。短い春と夏はあっという間に過ぎ去っていくのだろう。
私は外の景色に目を馳せたが、一さんが声を掛けてきた。
どうやら、退屈の余り、景色を見ていると思ったのだろう。
「あんたの……昔話を聞かせてくれないか」
他愛の無い会話をすることさえ苦手な人の、精一杯の話題なのだろう。私はそれに、くすりと笑った。
すると一さんは驚いたように瞬きをする。その表情があまりに可愛くて、私はまた笑った。
「私の昔話なんて、大したものはないですよ? なら、この静かな時間を共に過ごしませんか?」
一度口を閉ざせば、外から風が木々を揺する音や、鳥のさえずりが聞こえてくる。
私は一さんの隣に寄り添い、そっと目を閉じた。
至極穏やかな時間。
緩やかな時の流れを感じる余裕。それが幸せだ。ずっと、そんなことは感じられなかった。
駆け抜けるしか出来なかった時。忙しなく過ぎる時。ずっとずっと、生き急いでいた人達。
それが、こんなふうな時間を過ごせるようになるとは思わなかった。
沈黙さえも愛しいと思う時が来ようとは思わなかった。
ただ、それだけで幸せ────。
「でも、悩んでることがあるなら、仰って下さいね?」
「……いや、今日の夕飯は俺が作る、と言う間を探していただけだ」
些細な会話を繰り広げる時間もまた、愛しい。