※大人設定、カイは社長


 俺の恋人はいつだって臆病だった。

「おい」
「何だ」
「……いや、何でもない」
「……そうか」
 何とも歯切れの悪い、ユーリの問い掛けだった。実はこんなやり取りが幾度もリフレインしている。

 ユーリは所謂主夫をしている身だった。俺は、決まっていた事のように親の会社を継いだ。当然忙しくなるばかりで、やっと手に入れた休日は、今日で何週間ぶりのオフになったことか。上がりが午後から午前へ越える日なんてザラだ。流石にそんな日は彼は寝顔で俺を迎えるのだが、そうでなければ起きて俺の帰宅を迎え入れてくれた。

 昨晩――厳密に言えば今日――、何時ものように一時過ぎに帰路についた。今日は一日休めそうだ、と事前に伝えておくと、ユーリは主人を待つ飼い犬のように待っていてくれていた。手を洗って適当にスーツを脱いでいくと彼はそれをハンガーに掛けてくれる。何だかこうして顔を合わせるのは久々で、照れを感じた。一緒に暮らしているのに。


「おかえり、カイ」
「ああ、ただいま」

 この挨拶をする度に、同棲が始まった頃を思い出す。ユーリもそうなのか、俺達は二人して苦笑した。「ただいま」「おかえり」このやり取りの習慣が付くまで、精神的に苦労した。俺とユーリ自身、こんな言葉を使う習慣が無かったから。だから面と向かって言うことは勿論、口にすることが既に勇気がいることだったのだ。
 俺はユーリに一歩、一歩と歩み寄った。昔は彼の方が大きかった背丈だったが、今はすっかり追い付いていた。目線なんていとも簡単に絡む。
「カイ」
「逢いたかった、ユーリ」
 彼の華奢な腰に手を回し、顎をくいと持ち上げて唇を奪った。疲労と歓喜と興奮で目眩を感じる。ユーリは肩を強張らせながら、じっと俺の舌に耐える。こうしてユーリを味わうのは何時ぶりだろうか。
 そして俺はユーリを犯した。俺もユーリも久々のセックスだった。当たり前だ。ご無沙汰だった分今までの蟠りをぶつけた。俺自身、大人気なく彼を貪ったが、彼自身も悶々とした日々を送っていたらしく、何度も射精をしていた。イク時のユーリは非常に可愛い顔をする。今思い出してもつい性的興奮を覚える程に、いやらしい。
 寝床の上でのユーリは、豹変して淫らになるかと思えばそうでもなく、建前では強気だった。ただ肉体は恐ろしい程素直だったので、指で肌を、爪で皮膚を掠めてやる度上擦った声を上げた。

「もっと声を出していいぞ? この部屋には俺達以外存在しない」
「黙れ、そういう問題じゃあないだろう!」
「もっとお前の声が聞きたい」
「なっ何を、ちゅ、むう……んっふ……」
 声を遮って唇を奪う。声よりも荒い息を感じてみたくなった。そっと放すと、眉を下げつつも、瞳は吊り上げた怖い恐い目が俺を睨む。ただ、涙が零れそうな程に潤んではいたが。

「貴様は相変わらず我が儘だな!」
「……フン、憎まれ口は乱れて言うもんじゃない」
「あっ! なっ! そっそこは……っ」
 熱く、先走りまでしている彼自身を握った。手っ取り早く、親指の腹で滲み出ている先端を、ちゅっちゅっと音を立てながら擦ってやると非常に良い声で泣いていた。その声は俺の背筋をぞくぞくとさせるのだ。
「あ……やだ……カイっ! そこ……やだぁ……」
「ん? 何故駄目なんだ、言ってみろ」
「な……貴様……っ、わからないのか……っ!」
「お前の性器はこんなに気持ち良さそうに濡れているのに……そうか、気持ち良くないか。悪かったな」
 わざと俺は申し訳なさそうに手を放す。するとユーリは握られていたときよりも辛そうに俺を見上げてきた。
「…………おい」
「どうした」
「あ……いや、ええと」
「言わないとわからないだろ、遠慮するな、言ってみろ」
「……………………」
 非常に長い沈黙だったのは覚えている。早くねだれ、欲しがるんだ。このままではユーリが萎えてしまうんじゃないかと思わせる程、ユーリは理性と闘っていた。そんなごみは捨て去ってしまえばいいのに。
「なあ、カイ」
「どうした」
 優しくユーリに問い掛けた。ユーリは俺のこういう声色に弱い。
「…………頼む、続きを……、さっきのアレ、良かったから……」
「フン、相変わらず貴様は、エッチな奴だな」
「……!」
 ユーリは噛み付いては来なかった。目を瞑り恥辱に耐えていた。俺は先程のように握ることはせずに、フェラチオをしてやった。目を閉じていたユーリは予想外の感覚に思い切り身を跳ねさせていた。

「ああ! カイ! だっダメだ! はあ……っあっああぁ……」
 熱く硬くそそり立つそれは呆気なく精液を吐き出していった。

 そこからは、単純にインサートして腰を動かしていた。一番の性感帯であるペニスで気持ち良くなっていると、もう人間じゃいられなくなっていくのがわかる。狂ったように腰を打ち付けていた。ユーリの相は快楽で既にぐちゃぐちゃだった。唇を重ねて、俺達は一つにまとまって、ベッドの上でエクスタシーを得た。落ち着かない呼吸をどうにかしようと大きく深呼吸して、ユーリと目が合う。彼に乗っていた俺はごろりと横になって、息も絶え絶えなままキスをした。


 重ねて言うが、俺のユーリは臆病者だ。欲しいものすら言えない、求められない、俺にのみ機嫌を窺うのだ。キスをして欲しいと素直に言えれば、抱き締めて欲しいとねだる事が出来れば、もっとお前は幸せになれるのに。しかしユーリはそれはしない。
 だから俺から仕掛けるんだ。

「ユーリ」
「カイ」
 仕事中に終わるはずのなかった量だったから、こうして家で作業をしていたのだが、やめた。代わりに俺はユーリを抱く。何時もユーリは戸惑いながら、目の奥では満足そうな顔をしているのだ。

「愛している」
「……カイ」
 本心も言えない臆病者は、名前を呼ぶ言葉に全ての想いを添えることしか意志を伝えられないのだ。
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