苦労して入った大学は自宅から約五百キロほど離れた中部にありこの春先泣く泣く故郷を捨て一人暮らしを始めた訳だが当時の内気な私に友はなくあまりにも大きすぎる寂しさと孤独に押し潰されそうになりつい大学のあるその町に古くから存在する安全右顧左眄の会という胡散臭さ山の如しな会に入会してしまったのだった。それを悔いてから早いもので八ヶ月が過ぎようとしている。

安全右顧左眄の会とはリア充という言葉が流行語大賞にノミネートされる以前それも事の発端とも言える私の通う大学が竣工する頃から存在する非リア充の者のための秘密結社である。活動内容は「世のリア充を法に触れない程度で済し崩しにする」であり私のような下っ端ですら入会から既にひゃっぺんくらい耳にした会員の全てが仰ぐ合い言葉だ。実は「法に触れない程度で」の部分は後世に付け加えられたもので結社設立の頃はリア充を済し崩しにするため殺人以外なら何でもやったという血塗られた歴史を誇るらしい。私はそれに関して全く恐ろしく感じないのだがこの八ヶ月の間で感覚が安全右顧左眄の会に感化されたとみて間違いない。

「大昔に幹部が捕まり、それでその時付け足された文句だそうだ」と私に分かりやすく解説した隣にしゃがむ男の寒さに赤らむ頬を見て、この寒空からふわふわと雪が舞い落ちていることに気が付いた。まさかのホワイトクリスマスではないか。…ハッ今日はクリスマスではないか!

「なんだ、今更だな。早くラーメンを食べないと伸びるぞ」
「あ、はい」

只今私はうちは先輩とこの町で最も巨大なデパートの屋上にて夜食である即席ラーメンに舌鼓を打っていた。辺りに灯りはほとんどなくまだ新しい方であろうデパートの屋上は無難に駐車スペースとなっておりしかし車は一台も停まっておらずテニスコート数面分ほどの空間が虚しく広がっていた。

「先輩、何故車が一台も停車してないのでしょう」
「それはオレが手を回したからだ」
「なる程」

私は確信が欲しかったため分かりきったことを敢えて質問したようなものだった。ほぼ間違いなくこの屋上の眼下に広がるデパートの広場に集まったリア充者達が今回のターゲットであろう。何故なら今日はクリスマス、私が席を置く大学の学部が主催し毎年近隣住民のささやかな楽しみとなっていることだろうこのデパートにて大掛かりなイルミネーションの点灯が行われるからだ。リア充者達がそれを見逃す訳がなく必ず町中のリア充者達がこのデパートにやってくる。そこでだ。イルミネーションの点灯が行われなかったら。安全右顧左眄の会いやうちは先輩の狙いはここである。

「しかし先輩いいんですか。先輩は安全右顧左眄の会幹部である以前に大学の学部生ですよ。広場ではリア充者達だけではなく非リア充者達を含めた学部生が寝ずに作り上げたイルミネーションの点灯を待っていますよ」
「残念だがオレは大学の学部生である以前に安全右顧左眄の会幹部だ」

うちは先輩は抜かりない。このイルミネーションに関することはデパート大学学部近隣住民側から全て一任されており彼が学生という立場でありながら責任者なのだ。彼がそうなり得たのも地域に根強く関与している安全右顧左眄の会の力に因るものだ。

春先一人寂しく大学敷地内のコンビニでずんだ餅を買っていた私の前にうちは先輩はポッと現れ要約すると安全右顧左眄の会でキミだけのサクセスストーリーを掴まないかい的な高校の勧誘パンフのような甘言を吐かれ私はコロッと入会してしまったのだ。今だからこそ分かるが結社は女性を勧誘する時このうちは先輩をやたら起用したがりそうするのは最早定石だった。何となればうちは先輩はイケメンだからだ…そう言えば先輩はギョッとするほど整った容姿の持ち主であった。
はてどうしてその様な人が安全右顧左眄の会などに身を置きそれに甘んじているのだろうか。何でも彼は旧家の出でありながら中坊の頃から安全右顧左眄の会に身を置いているという。彼ほどの実力を擁していればリア充者達の仲間入りなど零コンマ一秒で成せるはずだ。

「そろそろ頃合だな」

うちは先輩は片頬に隠しきれない笑みを滲ませしかしいつも通りの落ち着き払った声色で呟いた。手近にはペンチやスパナなど工具がそれらしく散らばり彼の手中には何やらスイッチのようなものが握られている。不意にうちは先輩は私の手を取り自らの手に重ねた。

「押すぞ」

これが安全右顧左眄の会が安全たる所以すなわち連帯責任である。うちは先輩の外気と金属製の工具に冷やされ血の気の失せた白い手は他者の特に女の手を握るためのごく自然な力加減を知っている。そこに更に力が込められる。
…先輩、あなたもしや。

「フラれたんですか」

ブーンと静かな音を立てついに僅かだった光詰まるところ学部生の努力が冬の空に消えた。一瞬の静寂に包まれ遥か下方からざわめきが伝わってくる。暗闇の中でうちは先輩は無表情に私を黙視し脈絡なしに喉を鳴らすような笑い声を上げ工具を片付け始めた。あれは私に向けられた笑顔ではないのだろうと確信しながら私もそれを手伝い屋上をさっさと後にしようとするうちは先輩の背に向かって声を張り上げた。

「フラれてやさぐれて安全右顧左眄の会を一期と思ったんですか」

先輩は勢い良く振り向きすっかり色を損じそんな訳がないと一蹴した。なる程確かにフラれたらしい。私は何が悲しくてこんな美青年と無糖ホワイトクリスマスを過ごしているのだろうか。条件は十二分に揃っているじゃあないか。

「何だ。笑いたければ笑え笑っていいぞオレが言うんだから笑え」

私は駆け寄って先輩の腕を取った。


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