学生の頃からよく花を見ていました。花は桜木人は武士といいますが、桜は実に美しいですね。私が好きな花木のひとつです。また、桜の咲く少し前に椿が咲きますでしょう。三月の花です。花の美しさは散り際に集成するものです。椿はぽとっと、あなたもご存じの通り、首が落ちるように散りますね。縁起が悪いと言われるようですが私は潔くて大変好きです。綺麗だと思いませんか。私もあのように死にたいのです。

イタチさんはぽつりぽつりと語った。あの人が独り言のように長談義なさるので私は口を挟めなかった。窓から差し込む日差しが彼の老いた白い手に刻まれた皺の、影の織りなす濃淡を眺めていた。計算されたようだが優しげな美しい皺である。指は時々何かに反応するように軽く上下した。

あなたは若いんだから私なんか放ってどこへでも行けばいいのに。
それはできませんよ。もう情が移ってしまいました。

彼が学生であったのは大昔であり私は若い頃の彼を想像できずにいたが、この話を聞いてから彼の若かりし頃がありありと目に浮かぶようになった。彼は年を召しているが、彼の心は青年のままらしかった。延命治療に肘鉄砲を食らわせて、イタチさんは清々しい顔をしていた。そういう人なのだ。
私は病褥を見つめ直し、イタチさんの布団の襟を整えた。彼は弱々しい声でありがとうと言った。窓の外を見やると快晴である。桜が咲いている。

イタチさん、今日はよい天気ですね。
晴れているのですね。
見えないのですか。
もうほとんど見えません。
かわいそうに。
……あなたが長幼の序をまるで無視するからですよ。

臨終の言葉のような気がして床に伏す彼の手を握ると、私の愛する皺は一切消えてなくなってしまっていた。まっさらな手のひらはそれはそれで美しかった。私は病躯の影もないただ健やかなその手を撫でた。それからより強く圧した。彼はまた力強く握り返してくれた。若いイタチさんは長く黒い髪を一本にくくり、斜交いを向いている。

「……オレは」

思わずイタチさんの頬に手を当てていた。半ば無理矢理視線を交わしたので彼は僅かに驚いたような顔つきでしかし私をまっすぐ見つめた。その何かに一辺倒な声に、薄く膜の張った瞳に、手が震えた。声色は少し違ったが、同じ眼をしている。彼は今も昔も同じ眼をしている。

「花の美しさは、散り際に集成すると思う。あなたはどう思う」

女のような顔をした青年は目を細め日だまりに映える花のような笑みを浮かべた。まったくだ。桜は早くに散ってしまうから美しい。しかしそれだけではないように思う。

「私もそう思いますよ。イタチさん」

大きく深い息を吐きながら彼はついに瞳を閉ざした。皺だらけの手も頬も、まだ温かい。

ですがあなたは、いえあなたに限らず、生も死も老いも、美しいものですよ。





桜の花がちょうど散るころ行き違いで白い花が咲きます。辛夷です。よい香りがします。あれはあなたに似ています。私の好きな花木のひとつです。


110416

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